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わたしはどうしてか長編の小説を読む持久力と集中力がなくて、短編を読むことが多い。たぶん、短い小説を続けて読むリズムも好きなんだろうと思う。
ノンフィクションが好きなので、それだったらどんなに分厚くても一気に読むことができるのだけれど。

志賀直哉の短編が好きで学生の頃から繰り返し読むけれども、とりわけ『焚火』と『真鶴』は清澄度の高い、一編の詩のような美しさを持つ小説だ。


志賀直哉は50代で東京に戻るまで、落ち着いた静かな田舎町を好んで転々と住まいを移り住んだ。そしてその土地土地の美しさやそこで得た経験をよく描写した。

志賀の小説には明らかに創作された小説と、そして自身の体験を基にした随筆のような小説があり、後者は特に「心境小説」と言われて限りなく随筆に近い小説の形をとった。

赤城に住んだ頃の話を題材にした『焚火』には特別な主題はなく、妻や友人たちと共に、夜の湖に船乗りに出かけた時のエピソードと、そこで聞いた友人のKさんの神秘的な体験談が描かれる。
山の空気、夜の湖、Kさんと彼のお母さんの不思議な出来事――これらが短い文章で綴られ、ものすごく透明度の高い澄んだ輝きを生み出している。

わたしは夏より冬が好きな人間で、みんなから変わっているとよく言われるが、それはひとえにスキーが出来る季節であることと、冷たいピリッとした澄んだ空気が心地よく感じられるからだ。

志賀直哉の小説にも同様の清澄さがあって、それがわたしの中で彼の作品(と作風)が好きな大きな理由だろうと思う。彼の作品を「詩のような小説」たらしめているその清澄さは、志賀直哉自身の人柄からくるものでもある。

芥川龍之介は志賀直哉の「心境小説」、特に『焚火』に動かされ、晩年自分もそのような作品を書きたいと目指したけれども、最後まで志賀の描くような作品を書くことはできなかった。師の夏目漱石に「どうやったら志賀さんのような文章が書けるんだろう」と話したら、漱石は「文章を書こうと思わず、思うまま書くからあぁいう風に書けるのだろう、俺もああいうのは書けない」と答えたという。

志賀と親交のあった和辻哲郎が、志賀から尾道や城の崎の話を聞くたび、その鮮やかな出来事の描写に驚き、目指していた作家の道をあきらめて学問の道に専念した、というエピソードもある。

志賀直哉に師事した阿川弘之は、

二つ(芥川と和辻)のエピソードは、志賀作品の魅力の本質を解き明かしていると同時に、小説家志賀直哉の、ある意味での弱点も暗示しているかに思われる。「思うまま書く」志賀流は、見方を変えれば「極めて我儘な書き方」ということで、分り易くとか、読者のためにとか、新聞雑誌の約束事にしたがってとか、その種の配慮を、直哉は生涯を通じてほとんど払っていない。外部から何かの制約が加わると、書けなくなるか、書いて失敗するかのどちらかであった。ある事柄に関し、これは説明を添えておかないともはや一般読者に通じにくいかも知れぬ、しかし説明すれば全体の調子が弱くなる、そういう場合、迷わず、説明しない方を取った。それ故、「暗夜行路」の中にも、今では何のことか、研究者ですら分からなくなってしまった表現がいくつかある。  (中略)
小説家が原稿の書き直しをすると、多少とも枚数が増えるのが常なのに、志賀直哉は書き直す度枚数が減ったという伝説がある。多分事実で、説明を避け、対象にじかに迫った的確な描出をしようとすれば、どうしてもそうなるらしかった。

と、文庫のあとがきで紹介している。

癇癪持ちで自我が強く、でも嘘が嫌いで不正を憎む(青年期に内村鑑三からキリスト教を学んだところからくるもので、それゆえに父親との対立も深まった)、そういう性格が彼の作品の透明度を高めているのだろうと思う。

そのあたりの人間性というのは村上春樹にも少し当てはまるものがあるのではないだろうか。彼のエッセイを読むとそう感じる時が少なからずある。(もちろん村上さんが癇癪持ちという意味ではありません)

『焚火』と同年の大正9年に発表された『真鶴』は、文庫にしてわずか6ページ足らずの瑞々しい短編だ。
これは志賀の幼い頃の記憶と後に軽便鉄道で彼が見かけた子供の兄弟を小説の題材にしている。
この2年後に芥川龍之介は『トロッコ』を発表するわけだけれど、やはり少年が主人公であること、軽便鉄道の小田原~熱海を描いていること、ようやく家に辿り着いて安堵感から泣いてしまう様子など、志賀の『真鶴』を連想しないわけにいかない。こちらも少年の心理を鮮明に描き出している名作だ。

もう何年も前に、とてもお世話になった人が病気で茅ヶ崎の病院に入院された。
出張で東京へ出た帰りだったので、茅ヶ崎へ寄って、帰りは東海道線で小田原まで出てそこからこだまで新大阪に戻った。
東京~大阪間は新幹線で一気に移動するのが常だったから、大学のゼミ旅行以来、東海道線でのんびりと海を見ながら移動した。その時、『真鶴』が収録されている文庫本を携帯していったので、夕暮れに電車が真鶴を通過する時に小説のことを考えながら伊豆半島の海を眺めた。

『真鶴』を読むといつもこの時の光景が思い出される。
かならずKさんを茅ヶ崎に見舞った時のこととセットになる。
小説自体はそんなこととは無縁の、幼い兄弟が真鶴から小田原へと短い旅をし、その間の出来事と兄の心理が綴られる短い話なのだが、小説の描写と実際の風景がリンクして蘇ってくる。

地下鉄で『真鶴』を読んでいて、父から自分たちの下駄を買うよう渡された駄賃を持って小田原に買い物に来たが、兄が別の店先にあった水兵帽に魅せられてもらった金をはたいてそれを買ってしまう、その件の二、三行でなんだか涙が出そうになって困った。
その短い旅で少しだけ成長する兄の姿を、志賀は簡潔な文章を重ねて瑞々しく描く。

お見舞いに行ってから1年ほどしてKさんは亡くなられた。
『真鶴』を読むとKさんを見舞った時のことが思い出され、あの夕暮れの相模湾の風景が蘇って切なくなる。
そんなことがあって尚のこと『真鶴』はわたしにとって特別な短編になってしまった。

 







ブログを読ませていただき、共感しました。わたしも「真鶴」や「焚火」が大好きです。

「真鶴」は客観小説に分類されるでしょうが、作品から受ける清澄度は、心境小説と同じですね。生き生きとした子どもの心を、自然のままに写しとって、静かですが深い感銘を受けずにはいられません。


志賀直哉のなにげない日常の描写に魅せられています。
【2011/04/18 14:23】 URL | beatle #-[ 編集]
◆ beatleさん

こんにちは、コメント有り難うございました。
このエントリーを書いたのはもう5年半ほども前だったので改めて本分を読み直しました。(笑)

「真鶴」と「焚き火」は今でも大好きな短編です。
毎回読む度に感じるのですが、どうして人生経験が豊かで多くのものを取り込んでいる人なのに初めて感じたかのように瑞々しい文章を書けるのでしょうね。 幼い少年の心理が今しがた体験したかのような初々しさで読み手に伝わってくる、その感性の鋭さと卓越した描写力に感心せずにはいられません。 これは志賀直哉の類い希なる才能ですね。

【2011/04/22 23:09】 URL | el sur #pYrWfDco[ 編集]














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