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週末はW杯をずっと見ていた。
日本×クロアチア戦は本当に暑そうだったなぁ。体力消耗の激しさがTVのこちら側で見ている人間にも伝わってくるぐらいだった。もちろん敵方にだって条件は同じなんだけど、やはり最後はスタミナのある方が生き残るのか。
肉体的にも精神的にも厳しいとは思うけれど、ブラジル戦で悔いのない試合を期待してます。

空中
そんなW杯を見ながらも、昨年監督のゴシップでも話題になった『空中庭園』をDVDで見た。
小泉今日子主演、豊田利晃の脚本・監督で、家庭の崩壊と再生を描く映画だ。

直木賞作家・角田光代の原作ということだけれど、わたしは未読。
小説は登場人物たちのそれぞれの視点から描いた章が綴られて、短編小説集のようになっているのだとか。


sky
ちなみに関西人のわたしには「空中庭園」というと、あのJR梅田そばの「梅田スカイビル」が思い浮かぶんだけど、もちろんこの映画はそれは何の関係もありません。

←コレが梅田スカイビル。


「家庭の崩壊と再生」というと、主に70~80年代にかけて山田太一が最も鋭く切り取って描いたテーマだった。
『岸辺のアルバム』『早春スケッチブック』『丘の上の向日葵』('94)などで、一見平和で平凡な家族が、実は互いのことを解り合えないままに生きている現実を突きつけられてきた。

だから、何となく今『空中庭園』で同じテーマを見せられても、正直言ってちょっと新鮮味が薄い。深い洞察力によって、家族のつながりという人間の最も深い部分を山田太一の優れた脚本によって既に見せられているから――。
この映画の持つ現実味のなさという点を考えれば、『家族ゲーム』のテイストに多少近いかも知れない。「多少」だけど。

彼らの住む東京郊外(町田?)のかつての”ニュータウン”。
小泉今日子演じる京橋絵里子にとっては憧れの”団地”(実際はマンションに近い)であり、そこが「家庭」のあるべき場所なのだ。太陽光をたくさん浴びる大きなテラスに彼女はベランダ栽培の緑や花をたくさん持っている。人工的な箱庭を作り、彼女は手入れに精を出す。

しかし17年前に開発された平和そうなそのニュータウンは、まるでティム・バートンの『シザーハンズ』に登場したサバーブ(suburb)同様、個性のない人工的な町に見える。
彼らが住む家も築17年には見えないモダンさだし、どうも設定に現実味が感じられず、家庭も容れ物も虚像に見えてしまう。

京橋家は夫(板尾創路)、妻・絵里子(キョンキョン)、長女・マナ(鈴木杏)、長男・航(広田雅裕―広田レオナの息子さん)の4人家族で、「家族間で隠し事をしない」のが唯一のルール。
でも実のところはみんな自分だけの秘密を隠し持っていて、透明性を保とうとするために見せたくない部分を隠そうとし、そして不透明さが増してゆく。

小泉今日子はこの映画でいくつかの女優賞を獲ったということだけれど、実はこの映画で抜群に目を惹きつけ最も評価に価すると思われるのは、彼女の母親を演じた大楠道代だと思う。勝気で自由奔放に生きる女(これは絵里子の視点から)を軽やかに演じている。

夫役の板尾創路は、ちょっと弱腰だけど憎めない飄々とした人物を演じさせたらピカイチですね。今回もまさにそういう役です。愛人たち(永作博美&ソニン)に振り回される情けない(でもどこか憎めない)男を演じてました。

お目当ての瑛太くんは、鈴木杏ちゃんをラブホテルに連れてっちゃう怪しい男。『アンフェア』の時の安藤を彷彿とさせる、ちょっとキレ気味の恐い人です。でも、彼の役の存在意義が今ひとつわからなかった。彼の役はあの映画に必要だった??(笑)

実際には可能だけれど、どうも小泉今日子に高校生と中学生の子供がいる母親という設定がまず現実味がないことと、彼女の生い立ちが彼女の心に暗い陰を落としているのだけれどそれがハッキリしないこともあって、どうも彼ら家族が抱える闇というのが浮かび上がって来ない。

問題提起が明確でないから、崩壊も再生もしきれないという、ちょっと中途半端な印象しかなくて、彼女が吐き出す心に蓄積された鬱憤もよく見えてこない。

彼女は家族を幸せにするために本心も見せなければ、笑顔も絶やさず暮らして来たという。心で泣いていても笑顔を作ってきたという。
日頃は穏やかに波風立たないように生活していて、でも次第にそれに耐えきれなくなってきて彼女の本心を見せる時に何度も登場するのがこのセリフなのだ。

「アンタ、死ねば?」
「死んでよ」

これまでいつも笑顔を見せてきた彼女が、その怒りを代弁するのには確かにわかりやすすぎるぐらいピンポイントな言葉だ。
彼女の心の中に抱えてきた鬱憤を端的に表すのにこの言葉は的を射ているのかも知れない。「ウザい」と同じで、表現者の持つとてつもない憎しみや苛立ちを凝縮して表しているのかも知れない。
でもわたしにはこの言葉の放つ攻撃力と破壊力が過剰に感じられてしまうのだ。過敏に反応しすぎなのかなぁ。でもものすごく違和感があるのですよ。

きっとこれほどのキツい言葉を選ばせてしまうほど、彼女が抱えてきたストレスが大きかったということなのだけれど、それでもそれほどシビアな精神状態にありながら、自分の誕生日を覚えていてくれた家族に喜びを感じて再生へと向かうという結構簡単な片づけ方で、またちょっとスッキリしないのだなぁ。

もうちょっと深い部分での人間の描き方ができていれば、もう少し納得いったかも知れないなぁと思いつつ、エンドクレジットは雑誌の編集後記のページをめくっているみたいで少し新鮮に感じました。


【本日のBGM】  犬と猫 / 中村一義

*鈴木杏ちゃんと同級生の勝地涼くんがラブホテルに行った時、部屋のカラオケで勝地くんが歌っていたのがこの曲!(笑)

 ♪  ど~ぉ? (ドン)
   ど~ぉ? (ドン)
   ど~ぉ? (ドン ドン!)





















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