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便覧実はわたしは中学の時などに国語の副教材として使われる『国語便覧』が大好きなのです。
…変わってますか?

子供の頃から国語と美術の教科書が大好きで、まだ授業でやりもしないずっと先の作品を教科書をもらったその日から読み始めたり、美術の教科書に載っている名画の数々を飽きもせずに何度も見返すのが大好きでした。後に日本や海外の美術館で実際にそれらの名画に触れるチャンスが訪れ、初めて見る絵であっても「あ、これはボナール」「あ、これはきっとルオーだ」なんて思いながら見て歩くのはやはり楽しい。

そんな、ある種教科書オタク(?)なわたくしが活用していたのが『国語便覧』。国文学や日本の伝統・風俗・文化について図解入りで詳しく紹介してくれる上に、文語&口語文法の手引きや正式な手紙の書き方まで解説してくれる、ハンディで頼もしい1冊なのです。

今わたしの手元にある(ボストンまで持ってきた!)『新詳説 国語便覧(東京書籍)』には、全国の文学館の所在地まで地図入りで載っている!
なんて親切なんでしょう!
中紙業さんがデザインしたようなこの表紙にも味わいが感じられます。


たとえばこの『新詳説 国語便覧』には「補充資料」として差し込みで薄い冊子がついています。
そこには近代文学の名作について、その作品にまつわる資料写真と共に、恐らく学生が一般的に持つであろう作品にたいする疑問・質問に「読みのポイント」として解説が付けられています。

たとえば森鴎外の「舞姫」の例を挙げると、

【Q】エリスが発狂しても豊太郎はずっとそばにいてあげるべきだと思います。

【A】そうですね。それで彼の気がすむのならばね。でも、エリスはもう豊太郎が誰だかわからないのですから、彼女にとっては関係ありません。医者も治る見込みはないと診断しています。とすれば、かりに豊太郎がずっとエリスのそばにいつづけたとしても、それは彼の自己満足にすぎないでしょう。彼の人生の納得の仕方は、彼自身に任せていいのではないでしょうか。<愛の奇跡>を信じたいなら、それでもかまいませんが、それは他人に要求することではありません。

うあ~、なんてドライな回答なんだ。ドライすぎるぜ!
確かにそれが大人の世界だ。どこかで決着をつけなければならない時がいつかはやってくるのだが…。この回答の潔さがいいですね。

また、わたしの心のバイブル、志賀直哉の『城の崎にて』の場合はなかなか奥深く哲学的な回答です。

【Q】「城の崎にて」を読んでも、いまひとつピンときません。

【A】そうですね。ケガの「後養生」に温泉に出かけるという習慣(これを湯治といいます)も今日ではめったに見られませんし、また十代の頃は、目前の人生を生き抜くことに精一杯ですから、<死>の話もどこか縁遠く感じられるでしょう。
 ところで<対概念>ということばがあります。右と左、上と下、女と男、幸福と不幸、といった概念(ことば)の組み合わせをそう言います。国語辞典を引くと、右は左の反対、男は女の反対で女は男の反対、と説明してあります。すなわち、これらの概念は二つで一対(ペア)になっているので、いずれか一方が存在しないと、残る一方も存在できません。
 <生>と<死>も、この対概念の関係にあります。もしこの世の中から死ぬことがなくなると人間は物理的には永遠に生き続けますが、そのことを「生きている」と感じることはなくなります。なぜなら「生きている」とは「死んでいない」という意識だからです。したがって人間の意識の上においては、<死>があるから<生>があり、<生>があるから<死>があるのです。
 そういう目で「城の崎にて」を読み直したらどうでしょう。作品末尾近くに「生きて居ることと死んで了っている事と、それは両極ではなかった。それ程に差はないような気がした。」という一節があります。ここには<死>と至近距離で向き合うことで、<生>の感触を手にしている「自分」の姿が読みとれます。いきいきと生きようと思うなら、死から目をそらしてはいけません。

わたしがこの作品から感じたこととこの解説とは多少違うのだけれど
(教訓めいたものより、作者の達観した心境の方に重点が置かれていたようなので)、こういうのを読んでいると「ほほぉ」と勉強になったりして。

しかし、わたしが国語便覧のファンである理由は、もっと他にもあるのです。それは、何を隠そう、ドドン、「近現代文学史年表」です。

この文学史年表の何が好きかと言いますと、近代文学の作品名と作者名が年表に長々と綴ってあるわけなんですが、列挙された作品タイトルの美しさ、これが味わえるという、非常にオタク的な楽しみがあるのです。
呆れてますか。きっと呆れてますね。

とりわけ言文一致運動の後に登場する時期の作品タイトルがね、味わいがあっていいのです。

泉鏡花 『高野聖』
与謝野晶子 『君死にたまふこと勿れ』
森鴎外 『うたかたの記』
上田敏 『海潮音』
薄田泣菫 『白羊宮』
永井荷風 『ふらんす物語』
夏目漱石 『それから』
有島武郎 『惜しみなく愛は奪ふ』
佐藤春夫 『田園の憂鬱』
谷崎潤一郎 『陰翳礼賛』

などなど、枚挙に暇がありません。
有島武郎の「惜しみなく愛は奪ふ」なんて、なんて本質を突いた深いタイトルなんだ、と。子供にはわかるまい、と。

そんなことをはるか地球の裏側で思い出しつつ『国語便覧』を手元に置いて愛用している人間がいるということ自体、やっぱり変っちゃぁ変です。

蛇足ですが、巻末に「難読語の読みと意味」という項目がありまして、消えゆく脳細胞に活を入れるためにも、時々目を通したりしています。
先日「纏める」という字がどうしても思い出せず、ちょっとマズイぞ、と思い始めました。

結構重宝しますよ、『国語便覧』。
もういらねぇや、と捨ててしまわず。
是非、一家に一冊。







◆ AAAさん

拍手コメント、有り難うございました。
もう4年近く前に書いた記事だったので、超久しぶりに読み返しました。(笑)
未だに『国語便覧』は活用中です!
【2010/02/05 06:02】 URL | el sur #pYrWfDco[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2010/02/05 22:44】 | #[ 編集]
◆ 【2010/2/5 22:44】にコメントをくださった方へ

You're my 1st BINRAN friend !!(笑)
うふふふふ、始めて便覧好きな方に出会いました、わたし。 便覧の楽しさを共有できて嬉しいです。
 
わかります、わかります、わたしも日本史の歴史年表とか世界史の解説用語辞典とか未だに高校の時に使っていた副教材は手元にあります。
図鑑も結構飽きずに眺めていられるし、美術展や博物展にいくと図録を買ってしまうタイプです。

うちは母が世界地図が好きで出版社が違う(なんか画集みたいな)世界地図帳がやたら何冊もあります。 福井の恐竜博物館は入ったことはないけど近所を通ったことありますよ~!
それにしてもこんな繋がりで便覧愛を語れるとは思ってもみませんでした、ふははははは! 同じ嗜好なんですね。 嗚呼、マニアック。(笑)
ちなみにわたしは迷わず「びんらん」って読んでました。
いやぁ~、奇遇です! うふふふふふふふふ。
【2010/02/06 13:38】 URL | el sur #pYrWfDco[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2010/02/06 20:53】 | #[ 編集]














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