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『新選組三部作』もついに3作目の『新選組物語』に突入してしまった。

3作には重複して登場するエピソードがいくつもあるので、「あぁ、この話は前にも出て来たな」なんて思いつつ読むのだけれど、永倉新八翁、八木為三郎翁、近藤勇五郎翁、篠原泰之進翁らの談話が効果的に挿入され、彼らが残した出来事がいかに「事実は小説より奇なり」であったかを物語っている。

子母澤寛の新選組のエピソードを全くの事実と受け止めるにはいささか疑わしい点もあるようだけれど、それでも新選組を「実体験」した人たちの話というのはわたしにはものすごく興味深い。遠い遠い「歴史」の彼方にあったものが、すぐ目の前に登場したような気持ちだ。
実際、遠い歴史と言ったって、新選組が活躍した時代からはまだ150年も経っていないのだ。そんなに遠い過去でもない。
60数年前にはまだヒットラーだって生きていたのだもの。

ところで、ここからはあまり気持ちのよいお話ではないので、お食事中の方、興味のない方は読み進めないことをお薦めいたします。


それにしても、『燃えよ剣』以来、あまりに続けて新選組物を読み続けているせいか、何だか感覚が麻痺してきた。
何の感覚が?というと、「人の首を斬る」という感覚です。

あまりに頻繁に「斬首」「落首」「首を落とし」「見事に首をはね」「斬った首を腰にぶらさげ」「首が胴から完全に離れ」「首の皮一枚でつながり」等々の文章が登場し、《肉体の一部を欠損する》という状態が最も恐ろしいわたしにとっては気の遠くなるような表現がてんこ盛りなわけです。

現在のわたしたちには「首が胴体と離れる」という事象はあまりに非日常的であり、ショッキングであり、そして残酷な出来事だけれど、150年前の日本ではそれはさして驚くべき事でもないような、日常茶飯の出来事だったのだというのを強く感じた次第。

こういった血なまぐさい事件も、人が予期せずに死ぬということも、本当に身近な生活の一部として存在していた――そう思うとわずか150年であっても時代の隔たりを感じずにはいられない。
もちろんこれは日本だけの話ではなくて、西洋の歴史であっても首を刎ねるという行為はとりわけ珍しいことではないので、結局のところ人間の行為というのは根底は皆同じなのだと思うのだけれど。

以前、チェコ出身で弁護士だったクラスメートが「ロースクールの授業で習った」と前置きして「西洋の拷問の歴史」というプレゼンをしたことがあった。
ものすごいテーマに一同「おぉっ!」とざわめいたけれど、プレゼンを聞き進めるとこれが人間の心理を深く突いたもので、いかに効率よく、いかに残酷に人を苦しめる方法を人間は考えつくものかという、人間の本質を見たり、というような内容だった。ナチスのアウシュビッツを例に挙げるまでもないのだけれど。

そして面白いことに、全く西洋諸国との交渉もなく、全く文化も違う東洋の島国・日本においても、当時、西洋で発達した拷問方法や道具とほとんど同じようなものが独自で開発されていたという事実。つまりは行き着くところ、人間は皆同じだということだ。

『新選組遺聞』にも『新選組物語』にも、近藤勇の処刑後に遺族が勇の首のない胴体を故郷の多摩に葬るために、夜中に板橋刑場へ奪還しにいく話が登場する。
勇の長兄・音五郎が勇の屍を掘り返す時に、「ここ(板橋の刑場)にある死骸はみんな首がないのだから、他人の死骸と間違わないように」と同行した者たちに言って、提灯明かりで勇の遺体を確認したという。
確かにそうだ、首がないのだから誰が誰だかわかんないよなぁ。

彼らは左肩に一銭銅貨ほどの大きな窪み(親指がすっぽり入るぐらい深い傷だった)を発見し、これが墨染で勇が狙撃された時の傷だと確認できたので、その遺体を棺箱(桶にあらず)に入れて駕籠で担いで多摩に運んだという。
音五郎は首のない勇の遺体を抱いて「残念だったろう、残念だったろう」と泣き、周囲の者たちも同じように泣いた、と勇の娘婿・勇五郎翁が語り残している。

NHKの「その時歴史が動いた」は、ノンフィクション好きのわたしには楽しみな番組だったけれど、新選組は番組の歴史の中でも最も頻繁に取り上げられたテーマの1つだろうと思う。
もちろん、大河ドラマが放送された影響もあるだろうが、やはり日本人は「敗者」に対して情を深くする文化を持ち、そして何かに対して一途であろうとする者を美しいと感じる文化なのだと改めて思う。

「その時歴史が動いた」の新選組SPの回の解説に、

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幕末から明治にかけて、最後まで反幕府勢力と死闘を繰り広げた新選組。そこに集ったのは、局長・近藤勇以下、農民や浪人など社会の底辺に生きる若者たちだった。国の行く末を憂えた彼らが政治に参加する唯一の道。それは、剣の腕前を上げることしかなかった。幕府が初めて公募した将軍の護衛役に近藤たちは勇んで志願し、遂に念願を果たす。しかし、幕府によって抵抗勢力との戦いの矢面に立たされた彼らは、何のために戦うかというビジョンを持てぬまま、悲劇の結末へと巻き込まれていく。
 番組では、近藤が胸中を綴った書簡や隊士の記録などをもとに、幕閣が官僚化し、武士道が失われていた幕末に、一生懸命に志を掲げ、国に尽くそうとした近藤たちの「けなげさ」と、その純粋な思いがやがて幕府中枢に利用され、理念を持てぬまま、最後のサムライとして死に追い込まれていく「哀しさ」を二部構成で描く。

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とあって、そう、彼らのその「哀しさ」が、わたしたちの中に流れる「日本人気質」を刺激するのだなぁ、としみじみ思ったりする。
彼らは赤穂浪士ほど「悲劇のヒーロー」ではないのだけれど、そして時代を変えようと闘った人物たちからすれば、全く無益な殺人者でしかなかったろうけれど、それでも自分たちの信じるものに殉じて忠義を尽くそうとする姿に、わたしたちの心は動かされる。

三部作も3つ目まで読み進めると、さすがにもう首を斬る話を読んでも動揺が少なくなってきた。
「近藤の首が三条河原に晒される」という表現すらも、ただの言葉上のものではなく、イメージすらリアルに湧いてくる。そしてもうそれは恐くもなくなってきた。もうずいぶん武士の世界にも慣れてきたのかしら、と思ったけれど、油小路の事件の逸話で、あの激闘の翌日に近所の人々が現場を歩くと

「たくさんの指がバラバラと地面に落ちていた」

と語っていて、また《肉体一部欠損恐怖症》のわたしはその表現にクラクラしたのだった。
やはりわたしはあの時代に生まれなくてよかった、としみじみ感謝するばかりです。





















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