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昨日のピクニックがあまりにも快適だったので、ついこのエントリは後回しに。

連休中に『医龍』の第4話&5話を見た。
バチスタ手術も近づいて、ますます面白くなってくる。
なるほど、これは医学界がテーマの ”スポーツマンガ” という構造なわけですね。
チームメンバーを厳選していき、それぞれのキャラクターを見せる。
外科手術という、一般には馴染みの薄い種専門分野の職業を、バスケットチームやサッカーチームのようにそれぞれの役割分担を紹介しながら見せていく。
しかし、面白ーい!
フジの木曜10時はスマッシュ・ヒットが多いですね。



例えば手術のオペ看(看護師)には「外回り」と「器械出し」という役割があって、「外回り」は手術に必要な道具や使用済みの道具を運んだりする。「器械出し」はよく手術シーンに登場する、執刀医にパシッとかっこよくメスを渡したりする看護師ですね。

計器に接続された患者の脈拍や血圧などを管理する臨床工学士とその補佐、そして麻酔医もいて、内科医もつく。

このドラマの場合、天才的な麻酔医として阿部サダヲ演じる荒瀬という人物が登場するわけですが、目測で人の体重を当てることができる(瞬時に患者の体積がわかる)、またゆっくり数えて必ず7つのタイミングで患者に麻酔を効かせることができる(人それぞれに最適の麻酔量を見極める)、それらが麻酔医としての優れた才能の一部であるということも学びました。(笑)

しかし、荒瀬は1回目のバチスタ手術の麻酔医ではなかったんですねぇ。そうするとどうなるの?彼の活躍する手術はまた別にあるということ?わたしはてっきり彼も今回のバチスタ手術からメンバーになるのかと思ってました。まぁ、まだ中盤ですものね、これから新展開が待っているのでしょう。(わくわく)

前にも書いたけれど、このドラマは音楽が感動的でいいですね、特にドラマが盛り上がる部分でいつもかかるオーケストラで演奏される、あの曲が。
ドラマの盛り上がりと気分の高揚が重なるように、すごくいいメロディとアレンジで。この音楽が場面場面の説得力にものすごく貢献している。
ただうちのTVのオーディオシステム(ステレオ&スピーカーにつないである)のせいなのか、音楽のレベルが大きすぎてセリフが聞き取りにくい。
仕方ないのでヘッドフォンをして見るのだけれど、それでも音楽の音が非常に大きくフィーチャーされているので、これは元々の設定の問題?
いい音楽だから決して耳障りなわけではないのだけれど、さすがにセリフが聞き取りにくいのはちょっとなぁ。
うちだけかな?

第5話のラスト、バチスタ手術の当日の朝。
日本初のバチスタ手術を、大学病院各科の教授陣がガラス張りの天上から見守っている。そこにあの例の音楽が流れ、黙々と手術の準備を進めるチームメンバー達が映し出される。
このシーンは緊張感と共にこれから始まる大試合を前に、ワクワクドキドキする高揚感をもたらす秀逸な演出。
あラヴェルの「ボレロ」のように、鼓笛のタタタタッ、タタタタッというリズムがますます緊張感を高めます。

聞こえるのはあの音楽だけ。
患者を手術室にストレッチャーで運ぶ医師と看護師たちがスローで映される。まるでフィールドを目指す選手達がロッカールームを後にしてスタジアムに向かうように。
そして映像は手術室でこれから始まる大手術の準備を進めるチームメンバーを、一人ずつストップモーションで名前のクレジットと共に映し出す。

  • 第二助手/伊集院登(小池徹平)
  • 看護師(外回り1)/村田美恵子
  • 看護師(外回り2)/川田奈々
  • 臨床工学士/市井重成
  • 臨床工学士補佐/前田新志
  • 麻酔医/戸塚蔵一
  • 内科医/藤吉圭介(佐々木蔵之介)
  • 看護師(器械出し)/里原ミキ(水川あさみ)
  • 執刀医/朝田龍太郎(坂口憲二)
  • 第一助手/加藤晶(稲森いづみ)

手術にはこんな人たちのチームワークが必要で、そして彼らの優れた技術が患者の命を救うのだというこれまで表に見えてこなかった世界を見せられる興奮。

なるほど、医療チームをスポーツチームとして捉えて見せる手法があったのですね。わたしは2週遅れで見ているから、なるべく先の内容を知らないようにするのに必死!

次回は遂にバチスタ手術の内容なので、かなり期待しております。





『医龍』の第4話と第5話の感想を書いていたのだけれど、あまりに美しいお天気とそよ風に吹かれ、心地よい時間を過ごしたので、ピクニックの記録に変更。

CRお昼過ぎに Charles/MGH の駅に友人たちと集合してランチを買いに近くのWhole Foods (スーパー)に立ち寄り、チャールズ・リバー河岸に向かう。
さすがに祝日で好天なので人出が多いかと思ったけれど、それほどでもなかった。犬を連れての散歩、ジョガーやローラースケーターが混み合うこともなく通り過ぎていく。

CR3チャールズ・リバーはボストンエリアの中心を流れる川で、街を横断するように、東西に流れている。川を挟んで北側がハーバードやMITがあるケンブリッジ市、南側がボストン市になる(わたしは南側に住んでいて、毎日電車で北側に渡ります)。


ボストンと言えばチャールズ・リバー、”The heart of Boston”というわけで、ボストニアンの心の故郷です。ボストンの観光名物「ダックツアー」の水陸両用車もこの川を渡り、ハーバード大のレガッタレースもこの川で行われ、7月4日の独立記念日のイベントはこの河岸の「ハッチシェル」という野外音楽堂で開かれ、そして花火もここで上がる。
かの村上春樹氏のマラソン練習コースもこのチャールズ・リバー沿いなのです。

ボストンを舞台にした映画には必ずといっていいほど登場していて、『グッド・ウィル・ハンティング』ではマット・デイモンとロビン・ウィリアムスがこの河岸のベンチに腰掛けて語り合い、『ミスティック・リバー』では上空からの空撮でこの川とボストンの街が映し出され、そして『エターナルサンシャイン』では真冬の凍った川面にジム・キャリーとケイト・ウィンスレットが寝そべって冬空を見上げていた。


わたしたちは川沿いの木陰のある場所を確保してブランケットを広げ、お喋りしながらランチを食べた。
学校で一緒だったけれど仕事場は違うから、近況報告なんかしながら「彼氏と上手くいってない」とか「今度はどこへ旅行する」とか、そんな他愛もない話をした。

ちょっとお腹がふくれ、さわやかな風に吹かれて一服した後、私以外の友人たちはちょっとエクササイズが必要だからと持参してきたバトミントンのセットを持って広いスペースへと移動した。

Diane Arbusわたしは『翻訳教室』を持っていこうかと思っていたけれど、昨日出かけた時に立ち寄ったBook Smith でダイアン・アーバスのバイオグラフィー、『Diane Arbus』を買ったので、それが読みたくなってそっちを持ってきた。
Book Smith の棚の一角に ”Book Smith Recommended” のサインがつけられていて、何気なく心惹かれて買うことにしたのだ。

ダイアン・アーバスは特に60年代以降の現代アートの世界で、ポートレイト写真に衝撃をもたらしたカメラマンで、シンディ・シャーマンと共に現代のアメリカ女性写真家として必ず名前の挙がる人だが、残念ながら71年に自殺している。

アーバスのポートレイトは人の美しい部分だけを切り取るものではない、と言わんばかりに、社会からはみ出した人たち―性倒錯者、小人、巨人、精神病院の収容者―いわゆる異形の人たちを撮り続けている。そのため、時には《FreaksShow》などと言われたりもした。
独自の視点(彼女の写真のほとんどは真正面から被写体と対峙する位置で撮影されているのが特徴)でリアルな現実社会を切り取って撮り続けた彼女の写真は生前には写真集として発表されることなく、死後に発表された作品集がベストセラーとなって伝説の人となった。

CR2友人たちがエクササイズしに出かけた後、ひとりブランケットに寝っ転がってサワサワと風に吹かれながら、この『Diane Arbus』を読んだり、ヘッドフォンをして(未だにどっぷり)くるりや中村一義を聴いたり、写真を撮ったり、そして時々昼寝したりした。

湿気がないから汗もかかない。
川からくる風が気持ちよく、岸田くんの柔らかい歌声で「男の子と女の子」が耳元で鳴ったりした。

ちょっと陽にあたったから心地よい疲労感。
こうしてわたしの連休は過ぎていく。


【本日のBGM】  春風 / くるり 


《追記》
くるり関連で、レイ・ハラカミ氏の昨年リリースのアルバム『Lust』に収められている細野さんの「終わりの季節」のカヴァー、「owari no kisetsu」を試聴して完全にノックアウト。ヴォーカルもハラカミ氏自身だが、これはすごい。
うー、ちゃんとフルコーラスで聴きたい!





いやっほぅ!
月曜(明日)がメモリアル・デイの祝日ために今週末はLong Weekend。
一体何ヶ月ぶりの連休なんだか。
アメリカ(というかうちの州が?)は本当に連休が少ない。日本なんかほぼ毎月あるのにこっちは全然。アメリカはお休みが多そうなイメージがあるけど、あれは幻想です。
とにかく素晴らしいお天気。今日の最高気温は23度って言ってたけれど、今すでに24度です。

そしておとついからずっと、くるり。
怒濤のくるり。

きっとふと聴いた「ばらの花」からスイッチが入ってしまったのかな。
くるりのHPに行って岸田くんのブログを読んでしまうぐらい、くるり。


『NIKKI』はボストン郊外にあるスタジオとロンドンのスタジオで録音されたのかー。去年は5月と9月にボストンに来たって書いてあった。
ぶらりと洋服を物色していたら偶然隣でスティーブン・タイラーがいて固まったそうだ。ボストニアンにとってエアロスミスは永遠の地元ヒーローです。
わたしも去年オフィス前でジョン・マルコビッチに遭遇した時は固まった。あんあところであんな人に会うとは思わないもんなぁ。まぁ、「遭遇する」というのはいつも突然なわけだけれども。

そして昨日知った衝撃の事実。
わたしが非常に頼りにしているレンタル屋さんが今月末で閉店になるという。え、そんな突然に。今月末って、あと3日ぐらいしかないよ。
えー、困るよ。ものすごいヘビー・ユーザーなのに!
もう一軒そう遠くない場所にレンタル屋さんはあるんだけど、そっちより行きつけの所の方が借りやすく、サービスもよく、便利だったのに。友人とともにガビーンとなってしまった。

もう一軒の方は昨年のドラマ以外の録画物は年が明けたらすぐ棚から外してしまうために古いものは貸し出してくれない。だから後で気がついて「あ、コレが見たいな」と思っても、もう置いてないことが多いのだけれど、ここはちゃんと2年前ぐらいから置いてくれている。
昨年夏のくるり出演のMステを借りることができたのは最後のLuckだったのか。

えー、困るなぁ。しかも閉める1週間前にお知らせ出されても。返却に来られない人はどうするんだ、そんな急に言われて。(笑)
(レンタル料が安いので)見逃していたものはこっちで見られるだけ見てしまおう、なんて強欲なことを考えていたのは甘かったかな。

あー、それにしても、くるり。
「World's End Supernova」の心地よいダンスミュージックっぷり。「今夜はブギーバック」と「Yumegiwa Last Boy」を続けて聴きたいがために iTunes のライブラリに追加。
「ばらの花」のレイ・ハラカミ・Remixバージョンを聴いてみたいー。
そしたらきっとレイ・ハラカミも聴きたくなるかな。こうやって連鎖はどこまでも続いていくのか。

明日、友人達とチャールズ・リバーの河岸にピクニックに行く予定だけれど、予報では最高気温が31度まで上がるとか。こりゃ暑くなりそうだ。日焼け止め、必携。

雨続きで春らしい日もなく、もう夏になってしまう。
冬がものすごく長くて、春がアッという間という相変わらずのボストンのお天気。
読書中の『翻訳教室』を持ってって、ブランケットに寝っ転がって読もうかな。

今日も素晴らしくお天気がいいので、これからくるりをお供に散歩に行って来ます。


【本日のBGM】  How To Go (Timeless) / くるり

 





ゆうべからずっと、くるり。
「赤い電車」が止まらない。
岸田くんは自身の結婚式で「春風」を歌ったんだそうだ。
新郎として歌うのか。(笑)

これがまたいい曲で、いい歌詞だ。
どの曲も、岸田くんの詞(詩)にはいちいち反応してしまうなぁ。
心憎いフレーズの連続だ。

「赤い電車」は京急だそうだが、電車好きの岸田くんなので京阪電車も以前にどれかのジャケットに登場しているらしい。ホントかな。
それだと「緑の電車」だね。岸田くんは京都だけれど、京阪沿線だったのかな。
やっぱり自分の沿線が登場するというのは何だか愛着がわくものですね。

こちらの京阪沿線出身の友人が「いま、樟葉がすごいことになってるらしい」と教えてくれた。樟葉っつったらゴルフコースと子供の頃よく行ったスーパーよりちょっと大きい松坂屋と古いショッピングモールぐらいしかないと思っていたら、今や何でも大規模なショッピングモールに生まれ変わっているらしい。
「倉木麻衣がそこのマンションを買おうとしていた(買わなかったらしい)ぐらいで」という友人の表現がすごく可笑しかった。
なるほど、それほどすごいぞと。(笑)

そうか、そんなにすごいことになっているのか、樟葉ったら。
いやいや、V6の岡田准一くんだって、森繁久弥だって、内藤剛志だって、マヨ川崎だって枚方出身なのだ。
きっと樟葉もすごいことになっているはずだ。
ちょっと楽しみです。

あぁ、頭の中は「赤い電車」が巡っている。

♪ 赤い電車は歌いだす
  ファソラシドレミファソ〜 


【本日のBGM】  赤い電車 / くるり


《追記》 レンタルで昨年くるりが登場した回の「Mステ」を借りてきた。
メガネをかけていない「動く岸田くん」を見るのは初めてです。
なんだかメガネがないと雰囲気も違うもんですね。





ここのところずっと忙しく、本当は今日もお休みを取ろうと思っていたけれどあきらめた。元来夜更かしなのに、もう11時を過ぎたら眠たくて起きていられない。夕べも友人が11時すぎに携帯に電話してくれいたのに、それに気がついたのは朝起きてからだった!わたしが友人に留守電を残しておいたのでコールバックしてれたのだが、「留守電の声が死んでた」と言われてしまった。

朝はいいお天気で、25度まで気温も上がるといっていたのに午後から激しい雷雨になってしまった。帰りに寄り道しようと思っていたけどこれもあきらめた。

なんて人生にはあきらめなければいけないことが多いのだ。

そんなわけで、《30粒増量》 と謳ってある「Super B-Complex」というビタミンBのサプリメントを飲んで、ちょっと疲れを癒そうと思います。
ちなみにビンには ”COATED FOR EASY SWALLOWING ”(飲みやすいように(タブレットの表面に)コーティングしてあります)と注意書きしてあるのだけれど、そのタブレットは細長い楕円形で長さが2cm近くもあるのです。
コーティングで飲みやすくしてあっても、長すぎて飲みにくいっての!

なんて世の中にはままならないことが多いのだ。



【本日のBGM】 
スプリンクラー / 山下達郎 (冒頭の雷のSEが今日の気分)





人気漫画が原作のドラマや映画というのはどうも実写化すると原作のイメージから遠ざかってしまうために満足度が下がってしまうことが多い。だから通常は(スタッフにもよるけれど)あまり期待しないのだけれど、原作を全く知らないとそれはそれで先入観がない分、楽しめることもある。

青年誌・少年誌の漫画をほとんど読まないわたしは当然ながら『医龍』も読んだことないのだけれど、『アンフェア』同様、脇役キャストの豪華さがものすごく魅力的。

岸部一徳、夏木マリ、阿部サダヲ、佐々木蔵之介、北村一輝、池田鉄洋(+小池徹平、稲森ずみ、水川あさみ)。
おぉ〜、惹かれます。
あ、忘れてましたが主人公は坂口憲二。どうもこのメンツでは主役としてのオーラが少ない気が…。
ちょうどわたしがこちらに来た頃から彼の人気もグングンと上昇したということで、彼の人気度について実はわたしはよく知らない。わたしが初めて彼を知ったのが2000年の『池袋ウェストゲートパーク』だったので、わたしの中ではいつまで経っても彼は「ドーベルマン山井」なのだった。
いいですよね、『IWGP』のドーベルマン。


それにしても阿部サダヲ、佐々木蔵之介、北村一輝の魅力的なことよ。
漫画のキャラクターを演じているとはいえ、みんなシャープでいいですね。
特に北村一輝のあの冷たい美しさはなんだ!
ダークスーツに細メガネ、そしてトドメにあの髪型は反則です。『夜王』でも主役の松岡くんを完全に喰ってたそうだけれど、かなり痩せたのではないですか?あのアゴのラインは素晴らしいですねぇ。

もともと細身だけれど、佐々木蔵之介も痩せてちょっと青白くなった気が。
首の長さがますます伸びた感じがします、ひゅ〜っと。まだ3話までしか見ていませんがジャージ姿も登場した。(笑)
あ、『アンフェア』で篠原涼子の娘を演じていた美央ちゃんが佐々木蔵之介の娘役でまた出てる。相変らず可愛かったな。

阿部サダヲも金髪が似合ってる!
これからだんだんと彼の天才麻酔医としての才能を知ることができる展開になるのが楽しみです。ほんと、第2話の彼の可愛さは尋常じゃないですね、わずかしか登場しないのに!

岸部一徳の無表情な不気味さも相変わらず静かな凄味があってさすがです。これから彼の冷たい怖さがジワジワと登場するらしく、こちらも楽しみです。

それにしても小池徹平くんはわたしの友人にソックリだ。
その友人はアメリカ人女性なんだけれど、ちょっと少年っぽくて(いや、小池徹平が女の子っぽい?)、ほんとによく似てるんだよなぁ。このドラマを見るたびに彼女の顔が浮かんでしかたないです。

音楽もいい。
『白夜行』は見てないけれど、河野伸は売れっ子なのですね。
もう一人の澤野弘之という人は全然知らない。
どういう風に二人で作っているのかわからないけれど、ロック系の音楽と弦を使ったメロディアスな音楽が場面毎に効果的に使い分けられているので、お二人それぞれに分担があるのかな。

「ゴッドハンド」と言われる腕を持つ敏腕外科医を北村一輝が演じていて、彼がオペする時にクラシックのピアノ曲を流しながら手術するシーンが出てきますが、あれはあながち嘘ではありません。わたしの知っている病院では手術室でモーツァルトが流れておりました。

さて、まだ3話の時点ではバチスタ手術を行うためのチーム・メンバー集めをしている途中のなわけですが、一人ずついい人材を捜していく過程がまたわたしの好きな『水滸伝』というか『ロード・オブ・ザ・リングス』方式でいいですね。楽しみです。

ところで、北村一輝のせい(?)で、全然見る気のなかった『夜王』の彼を見たくなってしまったー。


【本日のBGM】  Storm Remix / Lenny Kravitz  feat. Jay Z





bee house
もう4年ほど前にこちらの雑貨屋さんで白いティーポットを買った。
偶然にこれは日本製で、その丸みのあるデザインといい洗いやすい大きい口といい、わたしの好みにピッタリだった。
やっぱり日本の雑貨はいいなぁ。

元来お茶飲みのわたしには必需品だったのだが、今はすっかりコーヒー飲みになってしまったために時々しか活躍しない。その代わりルームメイトのエスプレッソメイカーを我が物のように使っている。
逆にお茶のみのルームメイトはわたしのそのティーポットを愛していて、自分も欲しいといってずっと探していた。

わたしが購入したお店は今はもうなく、どこを探しても見つからないとガッカリしていたのだが、何気なくインターネットで検索してみたらザクザク検索にひっかかってきた。
日本の「BEE HOUSE」というメーカーのティーポットで、海外でも広く輸出販売しているみたいだ。

ルームメイトはもうすっかりウキウキしている。買う気満々だ。
そのティーポットで先日彼女がインターネットで注文して香港から送られてきた上質のジャスミンティーを入れてくれたので今飲んでます。
うーん、いい香りだこと。

このティーポット、気に入っているので日本に持って帰りたいんだけど、割らずに持って帰れるかなぁ…。


【本日のBGM】  70%―夕暮れのうた / Chara  (渡辺善太郎のいい仕事)





バブル全盛期の80年代以後半から90年頃にかけて、TBSで村上龍がホストをつとめる『Ryu's Bar』というトーク番組があった。
村上龍と親交のある著名人が毎回ゲストで登場し、JazzをBGMに、村上龍がバーのオーナーという設定(なのか?)で、ゲストとお酒を飲みながら話をする、という設定。チーママ、いえ、アシスタントは岡部まりでした。

村上龍の著作は『コインロッカー・ベイビーズ』(なぜかこれだけは単行本で持っている)以外読んだことのない村上龍オンチなわたしですが(ゲストが誰かによるけれど)、割とよくこの番組を見ていた。

彼の友人である坂本龍一がゲストの回は録画したので今でもよく覚えているのだが、あれはちょうど教授が出演した『ラストエンペラー』が公開される直前ぐらいだったんじゃないだろうか。


今でも鮮明に覚えているのは、村上龍と坂本龍一が自分たちのフィールドにおける世界と日本のギャップの話をしていたことだ。

「今やさぁ、日本の経済とファッションは完全に世界と同じスピードで走っているわけよ」

村上龍はそう言った。
そしてものを書くという職業は、構想を練り、文字に起こし、そしてそれを出版して初めて評価の対象になるわけだから、世に出るまでに時間がかかりすぎる、とも言っていた。
もちろん言葉の問題だってある。

YMOの音楽が(後期は日本語の歌詞も歌ったけれど)インスト、あるいは英語の歌詞にこだわったのも、日本と海外との境界線をなくすためであり、先に海外で評価を受けた彼らが日本に逆輸入されて人気に火がついたのも、彼らにとっては至極自然のなりゆきだったのだ。

「日本のマーケットでは一億二千万人に向けてしか発信できない」

決して傲慢な気持ちからの言葉ではなく、世界的に自分の音楽を受け容れられた坂本龍一だからこその言葉だったのだと思う。

村上龍は、「経済もファッションも、日本は世界の先端を走っている。音楽だって追いつくかも知れない。でも出版業はまだまだ遠い。みんなより10年遅れてついていけばいい、てことか。」と言って苦笑いしていた。


なぜこんなことを思い出したのかというと、ちょうど今『翻訳教室』を読んでいて、村上春樹が授業の特別ゲストで登場したチャプターを読んだからだ。

村上春樹は「作品を書いている時はもちろん後に自分の作品が英語に翻訳される時のことなどを考えて書いているわけではない」と生徒からの質問に答えていた。
日本の読者に向けて日本語で書いている、と。

しかし今や彼は日本で最も次回作を期待される小説家の一人で、しかもベストセラーを約束されていて、そして海外においても最も愛読者の多い日本の作家となった。
こちらで行われた彼の講演会に参加してみればわかるが、日本人のファンはごく一部で、圧倒的に日本人以外の人たちが高倍率の抽選をくぐり抜けて見に来ていたのだ。
これはひとえに彼の創作活動が、元来「英語」という言語と非常に密に関係していることが全てを物語っているわけだけれど。

アジアの東の果てで、日本で生まれ育った彼が自らの感性に基づいた小説を書き続け、そしてそれが世界中の人に愛読されるということのユニークさ。
「個性的である」ということはつきつめれば「普遍的である」という真理。

万が一彼がノーベル文学賞を受賞したりすると静かな生活が奪われてしまうために、また日本脱出を図ったりするのだろうか。

十数年前に村上龍は「出版業は10年遅れて皆についていく」と言っていたけれど、村上春樹に関してはそんな危惧は当てはまらないみたいだ。


【本日のBGM】 中谷美紀 / フロンティア
 




昨日、友人と出かけた時に立ち寄ったBANANA REPUBLICで茶色の柔らかい皮の財布を衝動買い。
どうしてわたしはこうも皮小物に弱いかな。

おとついは22度まであったというのに、昨日・今日の寒さときたら。
今日は友人の卒業式のパーティがあったので参加してきたけれど、ボストン・ハーバーの近くだったから寒かったなぁ、ほんとに。

公の場で軽やかに踊れる人が本当に羨ましくて仕方ないのだけれど、今日も「踊れー、踊れー」とフロアに引っ張り出されないよう、なるべく目立たない場所を確保したつもりが、やっぱりそれは許されなかった…。

DJが Wild Cherry の「Play That Funky Music White Boy」をかけた途端にフロアはグルーヴと熱狂の嵐に叩き込まれてしまった。


      Yeah, they were dancin' and singin' and movin' to the groovin'
      And just when it hit me somebody turned around and shouted
      Play that funky music white boy
      Play that funky music right
      Play that funky music white boy
      Lay down that boogie and play that funky music till you die


このサビの部分を皆が大合唱!
うーん、久しぶりにファンクのリズムに負けて踊ってしまった。
Wild Cherry、恐るべし。”One Hit Wonder” の底力をみました。(笑)
しかし次にKC&The Sunshine Band の「That's the Way」なんかかけるもんだから、フロアは怒濤のディスコ大会になってしまった。

ファンク、恐るべし。


【追】
マドンナの「What it feels like for a girl」の中毒性のある心地よさとカッコよさを再確認。踊るのを忘れて聴き入ってしまった。
マドンナの歌詞はいつもながら素通り、でもこのアレンジは素晴らしい。






柴田元幸さんの『翻訳教室』を送ってもらって読み始めた。
あっと言う間に読み終わってしまうと惜しいから、通勤電車でじっくりゆっくり少しずつ読んでいる。

これは東大教授で翻訳家でもある柴田元幸さんが、東大で行った授業を一冊にまとめたもの。
ただ物語を読み解いて英語を日本語に置き換えるということだけではなく、原作の持つ空気や味わいやテンポなど、文章「+α」のものまでを表現するためのテクニックとその苦心がわかって、英語を専門に勉強したことがないわたしには新しい発見と示唆に富む、とても興味深い本だ。
英米文学の「原作を読む」授業ではなく、「翻訳」をするという技術的な説明が加わるから、より論理的で明解なのも面白い。

授業のゲストに村上春樹が登場するチャプターがあって、我慢できずにそこだけ先に読んでしまった。




確かに現代日本の作家で村上春樹ほど創作と翻訳をこなしている人はいないと思うけれど、村上春樹の翻訳というのは純粋に彼個人の興味と楽しみに基づいて行われるものだ。

きっと彼が訳した本は「村上ブランド」の冠もついて、専門の翻訳家が訳したものよりも相当売れると思うけれど、それって原作を「村上春樹」を通して読むという、一種の追体験を楽しみたいという心理なんだろうな。
翻訳という作業は英語読解の能力と共に、日本語のセンスと文章の技術が必要なわけだから、まさに村上春樹にはうってつけなのだ。
もちろん原作は原作者のものであって彼が書いたものではないんだけれど、そして彼もあくまで翻訳者に徹するわけだけれど、やっぱりどこかで二次的に村上春樹のテイストをそこで楽しみたいという心理が働いてしまう。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』なんかまさにその典型で、サリンジャーの原作と村上春樹の翻訳という、この上ない組み合わせに、やっぱり期待しない人はいないと思う。この「一粒で二度美味しい」(古!でもこのコピーを考えた人は素晴らしい!)感覚というのは翻訳が村上春樹でないと味わえない。

『翻訳教室』の中で、原文に出てくる”you”を訳すか訳さないか、という議論が出てくる。
英語から日本語に翻訳する作業において(あるいは他言語でも同じかも知れないが)、これは避けては通れない部分だと思うけれど、これはものすごく文化的な背景を含んだ問題だ。

学生時代、多くの人が古文のテストで経験したんじゃないかと思うのだが、テキストに『源氏物語』が使われて、そこで必ず出てくるのがコレ。

「この文章の主語は誰か、答えなさい。」

日本語には主語が省かれることが多く、けれど読み手は前後の文脈から誰が主語かを無意識のうちに読みとって判断するから、敢えて書かれていなくても理解することができる。
何事においても「察する」文化なわけで、もっと言えば「主語が明確でない曖昧さ」も受け容れる文化でもあるわけです。

アメリカに来てから面白いなぁと思ったことの1つに「”人称”の意識の違い」というのがある。
小さな子供が母親に叱られていて、その時にその子供が母親に口答えして ” You  ...” と言っていたのだ。もちろん英語では対話者を ”you” と呼ぶことに不思議はないんだけれど、わたしにはちょっと新鮮な驚きだった。

なるほど、どんなに小さな子供と大人であっても対話する上では対等なのだ。もちろん呼びかけの時には ”mammy” ”daddy” だけれど、会話の中ではあくまでお互いに ”you” だ。これは日本語にはまずないことで、親に「あなたは…」とは絶対に言わないよね、普通。

もう一つ面白いなぁと思ったのは、家庭内での家族同士の呼び方。
当然ながら英語では名前で呼び合うけれど、日本だと(名前でも呼ぶこともあるけれど)多くの場合、「役割」で呼び合うことが多い。

両親がたがいに「お父さん」「お母さん」、あるいは「お祖父ちゃん」「お婆ちゃん」とか、複数の子供がいれば最年長の子供は「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」とか。こっちで ”sister” ”brother” なんて呼び合ってるのは聞いたことない。(笑) もちろん、若者文化として仲間同士で ”Brother” とか”Bro” と呼び合ったりはするけれどね。
これは「先生」も同じで、”teacher” とは言わずに必ず名前で呼ぶ。研究者だったら名字に ”Dr” や ”Professor” をつけたりして。

あくまで「個を重んじる」文化と、社会の中での「役割を重んじる」文化の違いが見えて面白い。
呼び方一つでここまで広がるのもどうかと思いますが、つまんないことながらわたしにとっては興味深い発見なのだった。

あらら、翻訳の話から逸脱してしまった。
じゃぁ、逸脱ついでに。

かつて故清水俊二氏(戸田奈津子氏や細川直子氏の師匠です)の本を読んだ時、映画の字幕にすごく興味を持ったことがある。
でも字幕翻訳の方ではなくて、「字幕を書く」人の方ですが。

今は技術も進んだから状況は変わってしまったかも知れないけれど、その昔は映画の字幕は手書きだったのです。
ご存じの通り、映画の字幕には多くの制限があって、1つのセリフに対して何文字・何行までしか字幕が入れられないと決まっているから、その制限の中で何とか読みやすい工夫をしなければならない。
そのためにいろんな努力があって、画数の多い漢字は文字がつぶれて読めなかったりするから、登録漢字にない略字を使って画数を減らし、見やすくする工夫が必要になる。そういうのは手書きでないとダメなんだそうです。そしてわたしはあの字幕の独特の文字が好きなのです。

その当時は英語なんて全然できなかったから、大好きな映画が誰よりも先に見られて、しかも「文字を書く」というわたしの大好きな作業を職業にできるなんて素晴らしいではないか!と真剣に思っていた。
わたしに職人が務まるかどうかは怪しいけれど(でもこういう地道な作業は結構向いてると思う)、これはいいなぁ、と。

道を間違えたかなぁ。(笑)





第二集ようやく届いた『新選組!』のサントラ第二集。
あぁ、キミの到着を心待ちにしていましたよ。

1作目も紛う方なき名曲揃いだったけれど、第二集は作品が佳境に入ってからの音楽が並んでいるのでわたしにとっては『新選組!』ベスト盤のような印象すらある。
もちろん1作目にも大好きな曲はたくさんあって、「失意」「後悔」「衝動」などは今もmp3プレイヤーに入ったままだ。

ライナーノーツにも書いてあるように、もう1年半も前に終了してしまったドラマの、しかもサウンドトラックの続編が発売されるなんて普通なら考えられないことだ。どのぐらいこのドラマが多くの人に愛され、そしてどのくらい服部さんの音楽が多くの人の心を捉えたかという証なんじゃないかな。

このあいだ見終えた『HERO』の音楽も服部さんが担当している。
ちょっと聴けば「あ、服部さんだ」とすぐにわかる。
『HERO』の音楽もドラマを盛り上げるいい曲がたくさんあったけれど、やはり『新選組!』の叙情性溢れるメロディと弦のアレンジはとりわけ美しく、忘れ難い名曲が並んでいる。


これは『新選組!』ファンに共通するところだと思うけれど、このドラマが好きであればあるほど、思い入れの深い場面と服部さんの音楽は強くリンクしている。

あの場面とあの音楽、それらは切っては切れない結びつきを持っていて、メロディを聴くだけで容易にその曲が流れていた場面が脳裏に浮かんでくる。
わたしは音声でも『新選組!』を堪能?したため、”耳で聴く『新選組!』”  も楽しんだクチです。

ライナーノーツに服部さんのインタビューが掲載されているのだが、面白いのは服部さんがどの場面のためにその曲を書いたかという解説と、わたしの頭の中に残っている場面が必ずしも一致しないこと。

もちろん曲の発注と選曲の決定権は演出家が持っているのだろうし、同じ曲が何度も繰り返し使われていることもあるから、1つの場面に1つの音楽と決まったわけではないけれど、思い出す曲と場面によってどのシーンが最も自分の記憶に引っかかっているのかがわかるというのは新しい発見かも。

たとえば「和解」という曲は、確執のあったふでと勇が出自の秘密を明かすことで和解する11話の最後の場面に流れる有名な曲だけれど、わたしの中でこの曲といえば圧倒的に25話の「新選組誕生」の回で暗殺部隊の4人が斉藤一に阻止されそうになるところと、32話「山南脱走」で山南さんを追って総司が馬で街道を行く場面で浮かぶ曲なのだ。

恋心」は近藤と深雪太夫の恋の曲、と服部さんは言っているけれど、これまたわたしの中では山南さんと明里のための曲だ。
深雪太夫が死ぬ時に流れる曲として「別れの情景」が作られたとあるけれど、同じメロディの別アレンジがこの曲の次に入っている「命の灯火が消える時」で、わたしにはこの曲は”総司とおひでちゃんのテーマ”という印象が強い。

ずっとフルコーラスで聴きたいと思っていた「お梅」が収録されているのも嬉しい。これはほんとに甘美で切ない名曲だ。
服部さんも「ひたすら官能的に美しくしようとか、セクシーだけど浄化された美しさを出せたら」と語っているが、その要素は見事に琴の音色で表現されている。

わたしの”涙スイッチ”がオンになってしまう場面の1つ、45話「源さん、死す」で源さんが死にゆく場面に流れる「静かなる激情」は、服部さん自身も個人的に好きな曲だそうだ。
この曲は最終回の捨助が近藤のために刑場に斬り込んでいく場面でも流れるけれど、どちらの場面でも前半の不協和音のような重い流れから美しいメロディアスな曲調に変わっていき、ストリングスが幾重にも重なっていくアレンジが気持ちの高まりと相乗して胸に迫る。
この曲がわたしを泣かせるのは照英の「そんなんじゃダメだぁ!」のせい。思い出しては、じょあー。(涙)

そして「侍泣き」「無念」「山南切腹」と続く曲順はたまりませんね。(笑)
無念」は確か40話で平助が新選組を離れるにあたり総司と最後の別れをする、あの名場面で流れる曲。
総司の「来年のお前が…再来年のおまえが羨ましい」の名セリフで流れていたこの曲を聴くと、ここの藤原くんと勘太郎くんの芝居があまりにいいので『新選組!』を全く知らなかった友人に、この場面を1人2役で演じて見せたことを思い出す。

今回この曲をこの曲順で聴いていて、この曲が「山南切腹」のメロディのバリエーションだと初めて気がついた。もし2曲続けて入っていなかったら気がついていなかったかも知れない。
どちらの場面もあんなに何度も見たはずなのに、なぜか同じメロディの別バージョンだということに全く気がついていなかった。演奏する楽器とテンポが変わると印象も全然違うもんだなぁ…って、気づいてなかったのはわたしだけ?

「未来への扉」は、これです、これです、33話の「友の死」で総司が山南さんを見つけるところで流れるアレです(コーラスは入ってなかったように思うが)。
街道の茶店で山南さんが総司の姿に気づき、目をつぶってから意を決したように立ち上がる、あの「沖田くん、ここだ」の場面の曲。
1作目の「衝動」の中にも別アレンジして部分的に織り込まれていた。

『土方歳三最期の一日』からの2曲(「官軍上陸」と「希望のワルツ」)にはちょっと思い入れの薄いわたしですが、本編で流れた曲はどれも心に残るものばかり。

三谷さんのコメントも掲載されていて、「個人的には一番好きな清河八郎のテーマが入っているのが嬉しい。今も邪悪な心が芽生えた時、僕の頭の中ではこの曲が流れます。」というコメントに大笑い。
あぁ、確かに。邪悪な心を象徴していそうな曲だ。
改めて上手いなぁ、服部さん。

これだけ『新選組!』の名曲たちを網羅してもらっていながらまだ欲深く残念がるのはいけないのかも知れないけれど、わたしが聴きたかった曲が実はもう1曲ある。200曲も作れば全て収めるわけにはいかないのは道理なんだけれども…。

わたしが聴きたかったのは、24話「避けては通れぬ道」で土方と山南さんが新見を陥れる時に流れる、あのウッドベースが印象的なあの曲です。
わたしはこの24話も大好きなのだ。新見をはめるための4者会談の緊張感ったらなかった。
あの照明、あのベース音が入るタイミング、そして曲の音の少なさ――これらが生み出すあのものすごい緊張感は見事だったなぁ。


「謀ったな、ヒジカタ」

「先生ぇーっ!」


わたしの中の『新選組!』の隠れた名曲なのです。





今日、オフィスに1本の電話があった。

それは「リレー・サービス」といって、聴覚障害を持つ人たちの代わりにオペレーターがその人たちからテキストメッセージを受け取り、それをかけた先(receiver)に読んで伝え、返答をまたタイプしてかけた人(caller)に伝えるという、代理電話サービスだった。

電話をとるとまず男性のオペレーターが「こちらはリレー・サービスですが、リレー・サービスのシステムをご存じですか?」といきなり訊いてきた。
わたしは初めてこのサービスを使った電話を受けたので、「知りません」と答えると、上記のシステムを簡単に説明し、「わたしはオペレーターの”6051”です」と言った。



「オペレーター6051」

これはものすごい違和感です。
まるでジョージ・ルーカスの「THX-1138」(ロバート・デュバル!)やアシモフのロボット小説みたいではありませんか。
とてつもなく無機質で非人間的な響き。

オペレーターはわたしの話した言葉を一字一句間違いなくタイプアップして電話の向こうの人に伝るため、ダイレクトに話している風に会話しなければいけない。そして話し終わった後には「…って伝えてもらえます?」と言わないとオペレーターは言い終わったのかどうかわからないので(ただ言い終わって待っていると沈黙が流れるだけ)、言い終わったら必ず ”Go Ahead” と付け加えなければならない。
まさにトランシーバー状態なわけです。

用件はうちのサービスを利用したいということだけれど、この代理電話サービスでやりとりしていると果てしなく時間がかかるので、通話者にこちらのメールアドレスを伝え、メールで内容を送ってもらうようにお願いしたら、すぐにメールが届いた。
「じゃぁ、お返事はメールで送りますから」と返事をして一旦電話を切り、同僚の人に「こういうサービスを受けたのだけれど、こういう場合はどう対処するの?」と訊いたら、彼女は目を鋭くして「No, No, No, No!」と強い口調で言った。

キョトンとしていると、実は以前にもそのサービスを利用してうちに電話をかけてきた人があり、クレジットカードで支払いをするはずが、実際引き落とししようとすると拒否されたことがあったことを教えてくれた。
調べてみたらそのカードは盗まれたもので、少なからず被害を被ったとか。その後、こういう被害が各所で相次いだために注意するように、という通達をアカウンティング会社から受け取ったのだそうだ。

うーん。
今回電話をかけてきた人は同じような手口を使ったものなのか、本当に障害を持っている人なのか。相手が電話、しかも直接会話をしないシステムを使っているからはっきりしない。

過去のその経験から、初めて取引するクライアントでカードでの支払いを希望する場合は、オフィスに来てもらってサインをしてもらう必要がある、と返事をしたら、またメールで「ではクレジットカードの表裏と身分証明書のコピーを送るから」とメールが届いた。

「コピーは受け付けられないので、申し訳ないがオフィスまで足を運んでいただけないだろうか」と丁重に返事をすると(しかし英語にはこういう言い回しがないから難しい)、「わたしはここ何ヶ月か車椅子の生活を送っているのでオフィスには行けない」と返事がきた。

もしこの人が本当に障害を持っている人なら全く非人道的な対応なわけで、人権問題に敏感なこの国では訴えられることだって考えられる。
しかし過去にそれで詐欺にあっているためにこちらも用心深くなってしまう。

オフィスのある人が「この人、前にも同じような内容で電話かけてきた人じゃないか」と言ったので、ますます怪しさが募ってきた。
その時も車椅子だから行けない、と言ったらしい。

そうこうしていると再びリレー・サービスから電話がかかってきて、今度は女性の声で「オペレーター”5124”です」と言った。
そうして(当然ながら)わたしを名指しで通話者に指名した。

「つい今しがたメールで返事を送ったんですが届きましたか?申し訳ないのですがコピーは受け付けられないのです。」

同じ事を繰り返し伝えるしかなかった。
そうするとそれを遮るように オペレーター”5124” は

「もう結構です、どうも。”Go Ahead”」

と言った。

「Thank you for calling...  Bye... ”Go Ahead”」

そう言って電話を切ったけれど、障害を持つ人たちのためのこの善意のサービスを、詐欺を働くために自分の身元を隠す目的で利用していたのなら本当に知能犯だ。
万が一不成功であっても、確信が持てない限り「もし本当に障害を持った人だったら…」、と断った方にものすごい良心の呵責を負わせるのだから。

そうして、今まさに「あぁ、本当に障害を持った人だったら…」と、割り切れない後味の悪い思いをしているわたしがここにおります。

あぁ、真実は藪の中…。





あまりにひどい雨が続いて、ついに今日は" State Emergency " が発令された。
わたしの上司のお宅の地下も浸水してしまったために今日は遅番に。

朝から大量の水をポンプアップしたために腕が上がらないと言っていた。
何年か前に大雪が降った後に急激に気温が上がり、雪が一気にとけてやはりベースメントに流れ込んだことがあったらしい。その時は1mぐらい水浸しになったとか。その時にポンプの必要を感じて購入したそうだが、できればもう2度と使いたくなかった…と疲れた表情で語っていた。

幸いわが家はその被害は免れたけれど、今週もずっと雨が続く予報が。
やだなぁ。本当に5月なのか。いつもなら五月晴れの美しいシーズンのはずなのに。
ボストン名物のダックツアーもビニールシートのフードを水陸両用車(地上&チャールズ・リバーの中も走り?ます)の外に下ろしていた。観光客もさぞかしつまらないだろうな。

この雨続きのお天気のせいで、徒歩で15分ほどのところにある中国系スーパーに筍の缶詰を買いに行こうと思っていて行けずじまい。
仕方ないので職場の近くの日系スーパーでパックの水煮筍を買ってきた。

何のために?
そう、それはわらびの炊き込みご飯を炊くために!


warabi油揚げも干し椎茸も手元にあるのに、どうしても食べたい筍がなかったために作るのが1週間延びてしまった。
えーぃ、すべてこの雨のせいなのだ。

そんなわけで、友人とちょっと長電話になってしまったためにスタートが多少遅れてしまったけれど、今年初めての炊き込みご飯です。
フレッシュなわらびを先週いただいたものの、いろんな食べ方にアレンジしてもそろそろ策が尽きてくるため、満を持して「わらびの炊き込みご飯」を作りました。

飾る木の芽もなく、彩りもパッとしませんが香りはよかった。
炊きたてを少々いただきましたが、久しぶりの炊き込みご飯だったので美味しかったです。
こうなったら自画自賛です。

さて、もう一仕事、炊きたてを”ご飯冷凍用容器”に移して冷凍庫へ。
これでしばらくの間わらびご飯が楽しめます。

これらの作業をしながらの本日のBGMはなぜか中村一義の「ひとつだけ」でありました。

彼の「ひとつだけ」もいい曲だなぁ。





最初「そちらの生活の近況報告も兼ねてブログを始めたら」と勧めてもらってブログを始めたけれども、次第にルーティン化した生活はサプライズも少なくなり、日々の生活に起こったことを書こうと思うとどうしても自分の趣味の話が中心になる。

新生活を始めた当初は異文化に慣れる必要もあったし、新しいものへの興味の方が強いから故郷のことにはそれほど目は向かなかった。
しかし生活にも慣れ異文化への順応性も身に付くと、状況は少し変わってきてしまった。ましてや日々ペーパーとプレゼン準備とテキスト読みに明け暮れるストレスの多い生活を強いられると、どこかでちょっと息抜きをしたくなる。

ある日、何気なくインターネットで「すごく面白い」というレビューを読んでちょっと見てみようかな、ぐらいのつもりで借りてきた『木更津キャッツアイ』が、その後のわたしの生活を一変させてしまった。
わたしが日本を離れる前に最後に見たドラマが『池袋ウェストゲートパーク』で、その後日本のドラマや映画は一切見ることがなかった。
少なくとも3年半ぐらいの間は。

そして『木更津キャッツアイ』を見てしまった。
あぁ、こんなに面白く、斬新で、心躍るドラマをわたしは見逃していたのか。
まさに乾いた砂漠にオアシス発見。
そこから自分が見損ねているワクワクするものを追っかけて見るようになった。あぁ、あれも、これも、見逃して損した気分にさせてくれる作品がいっぱいだ。

「いったいどこで生活してるの?」と問いかけられてしまうほど、こちらの生活に慣れてしまうとプライベートな時間の「日本文化回帰」の傾向は色濃くなってくる。こうなったら住んでいる場所がちょっとみんなから離れてる、というぐらいで、日本との生活の差がだんだんなくなってきてしまった。
もちろん一歩外に出れば、そこは全く異なる社会のシステムの中に生きているけれど、居心地のよさを求めようとするとやはり自分のオリジンに忠実であろうとするんだなぁ。
日本にいればきっと外界が気になり、外にいると日本が気になる。これは必定なのでしょうね。

そんなわけで、怒濤のように続く日本ドラマ・映画ウォッチのわたし。
ここ何週間かかけて見ていた木村拓哉主演の2001年、超高視聴率ドラマ『HERO』をようやく見終わりました。


何となく、以前は数年前のドラマってちょっと今現在の流行とのズレがあったりして、多少の懐かしさなんかを醸し出したりしていたものだけれど、『HERO』を見る限りそういう時差は全然感じさせない。

ひとつは出演者たちが今も頻繁にTVや映画で見かける人たちで、そして5年前と風貌もほとんど変化がないからなのかも知れない。
それにしてもこのキャストはさすがに「月9」だけあって豪華です。
木村くんと松たか子はいいとして、これだけ脇に芸達者な俳優を揃えたら面白くない方が嘘でしょう!という感じですね。

阿部寛、大塚寧々、勝村政信、小日向文世、八嶋智人、角野卓造、田中要次(!)。今この人たちを集めたってやっぱり視聴率は間違いなく高いだろうな。いや、集める方が大変か。

全回30%を超え、平均でも34.2%という驚異の記録的視聴率。
あまりに数字がすごいのでこのドラマを語る時にはきっとこの話題は避けられないのだろうけれど、全話、ドラマとしてもとてもよくできている。
服部さんの音楽もすごくいい。

東京地検城西支部の検事の面々がまず個性豊かでキャラクターが明確。これがこのドラマを単なるキムタク主演ドラマに終わらせていない、群像劇としての面白さを生み出している。
嫉妬深かったりセコかったりとクセはあるけど、嫌な人間は誰一人出てこない。どんなドラマでもそうだけれど、みんなが憎めないキャラクターのドラマって、絶対愛されるものね。

「何を演らせても ”キムタク” 」という評判もあながち否定はできないものの(『ロンバケ』瀬名くんの”気弱な巻き込まれキャラ”は多少他の役と一線を画す?)、やっぱり木村くんの「観る人を惹きつける力」というのに抗うことは出来ない。
カッコイイ役しか演じることが許されない彼の、脇役として登場することが許されない彼の、最大限の魅力がやっぱり出ていると思うのですよ。

「ラブジェネ」の”理子”を彷彿とさせる、意地っ張りだけどカワイイところもある事務補佐官・雨宮を、松たか子が爽やかに演じている。
最終回の、地検の皆に挨拶せずに立ち去ろうとする久利生(木村くん)を追いかけ、2002年のW杯に出場するカメルーン代表選手の名前を全て挙げるところなんか脚本の上手さにホロリときてしまった。

『トリック』の上田次郎ばりに”かっこいいけど情けない男”もOKな阿部寛。
ちょっとワガママでマイペース、でも本当は人情に弱そうな大塚寧々。
思いこみの激しいお坊ちゃんだけど冴えたコミカルリリーフを見せる勝村政信。
いつもながらちょっとホワンとした空気も醸し出しつつ、飄々とした小日向文世。
損得勘定と口の緩さでは誰にも負けない八嶋智人。
上からプレッシャーと下からの突き上げに持病の糖尿が癒える日も遠そうな中間管理職の角野卓造。

みんな芝居を楽しんでいて見事なアンサンブル。
ただ一つ、エンディング曲の宇多田ヒカルの「Can you keep a secret?」 はいい曲だけれど、どうもこのドラマの内容には合ってない気がするんだなぁ。いつもこの曲がかかると唐突な感じがする。
回が進む毎に慣れてきたけれど、テーマ曲もタイトルバックもやっぱりドラマの大いなる一部だと思うので、統一感がないと「あれっ?」っていう感じがしてしまう。

そういう意味では『木更津キャッツアイ』における仲西匡の音楽も、エンディングテーマの嵐の「A Day in Our Life」も、ドラマ全体を通してものすごく機能していた。
特に第5話のエンディング、木更津港にオジーのニットキャップが浮かんでいる映像を見せた直後。または第8話のエンディング、夫婦となった公助とローズが仕事するバーバー田渕の壁にかけられたぶっさんの遺影がアップになった瞬間―― 一拍あって絶妙のタイミングで流れ始める『A Day in Our Life』の演出の上手さ、若さと高揚感はじけるラップのメロディ。
ドラマを見終わる最後の最後まで面白さがギッシリ詰まった感じがたまらなくいいですよね。

「続編はやらない」という木村くんのポリシーを破って、7月にこの『HERO』の続編が放映されるというニュースが。オリジナルキャストが全員揃って、尚かつ中井貴一や堤真一も登場するということで楽しみです。





今日も朝からずーっと雨だ。
美容院の予約を入れてあるのになぁ。
こんな日に髪の毛を切るのはどうかと思うな。
でも来週も再来週の週末も予定が入っているから今日切りに行かないとまた延び延びになってしまう。
うーん、気分じゃないんだけどな。

男の子と女の子
今日はずっとくるりを流している。
「男の子と女の子」をこんな雨の日に聴いているとなんだかせつなくなる。
岸田くんの声は柔らかい。



欲望を止めるなよ
コンクリートなんか かち割ってしまえよ
かち割ってしまえよ

僕たちはみんなだんだん齢をとる
死にたくないなと考えたりもする

愛する人よ もうすぐ気付くだろう
僕のやさしさもだんだん齢をとる

大人になった女の子
僕をどこまでも愛してくれよ



「僕のやさしさもだんだん齢をとる」

あぁ、岸田くんはほんとに詩人だ。








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