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2週に一度のお楽しみ、「時効警察」の第5回と第6回を見ました。

それにしても今回も相変わらずの面白さ。
第5話「殺しのキス事件」、笑いのツボは数々登場したけれど、秀逸だったのは(やはり)霧山くんと諸沢さんの会話。

諸沢 「だけど惜しかったなぁ、正式名称、”アナフィラキシー・ショォーック!”」
霧山 「えっ?! シノヤマキシン・チョップゥ ?! 」
諸沢 「ア ・ ナ ・ フィ ・ ラ ・ キ ・ シー ・ ショォォォォック!

もう、光石研のね、あの真顔で首をいちいちヒネリながら言うのがホント可笑しくて。

それにしてもなんで注射打たれて腕をもみながら病院を出てくる霧山くんはニヤニヤと微笑んでいたんだろ。(笑)


それに霧山画伯が白墨で路上に描いた三日月くんとトンチンカンの絵は味がありました。特にトン吉が。

それにしても今回は診察という名目(?)で、オダギリくんの裸体サービスカットが多かったですね。(笑)上下ジャージも初めて登場したし!
ちなみにわたしは玉子酒を一度も飲んだことのない人間なので、どう美味しいのかわからないのだけれど。
オダギリくんの目の下のクマと紫色の唇が回を増す毎にひどくなっている気がして、やっぱり忙しい生活を送っているのかと無用な心配をしてしまいます。

さて、今回のエンディング・クレジットは

     こころ  公正であれ
          大胆であれ
          輝いてあれ
     はテレビ朝日の社是ですが
     このドラマはフィクションであり
     登場人物・団体名等はすべて
     架空のものです。

でありました。

第6話は、これ、秀逸でしたねぇ!変化球でしたねぇ!
これまでで最もいい出来だったのではないでしょうか。ゲストがみんな良かったし、霧山くんの時効事件に対する苦悩も、十文字さんの時効前に逮捕しなければならない葛藤もストーリーの中で十分に生かされていたし、しかもいつもの笑いの中にもペーソスがあってよく出来ていた。いやいや、園子温さん、いいですね。

笑っちゃったのは、美容室でパンクモデルにされちゃった三日月ちゃんのBGMがピストルズの「Anarchy In the U.K.」で、霧山くんを薬局に迎えに行った時の霧山くんの第一声が「わぁぁ、どぉ〜したんだよ、ナンシ〜!」っていうところ。(笑)

森口瑤子の娘役を演じていた吉高由里子ちゃんが可愛かったなぁ。最初はちょっと硬くて ”大丈夫?”って思ったけれど、物語が進むにつれてものすごく自然になって、母親を思いやる娘の姿をとても愛らしく表現していた。

森口瑤子、芸達者でしたねぇ。きれいな女優さんなのに線が細いせいなのか綺麗すぎてアクがないせいなのか、わたしの中では今ひとつパッとした印象がないのだけれど、今回はコメディエンヌの顔ものぞかせておりました。

十文字さんこと豊原功補は毎回美味しいですねぇ。というか、このドラマではどの脇役も美味しいんだけど、今回は特に十文字さんのための回でしたから。

霧山くんが休暇を取って旅に出た場所はどこだったんだろう?
着いた時に「ここだ、ここだ」って言ってたけど、その後の説明はないんだな。
霧山くんが十文字さんにスナックのママ・レイコの時効が来る前に逮捕すべきだと強く説得する場面(同じ場にいるにも拘わらず、直接離しづらくて携帯で会話するところ)はよかったな。

霧山くんの「十文字さん…十文字くん…十文字ぃーっ!ちゃんとしてください。…ちゃんとしろーっっ!」という叫びは言ってる本人も葛藤がある、というのが見えて。
最後までいろんなパターンで歌われた「もしも明日が」も上手い使い方。
いつもは全く役に立たない(?)「誰にも言いませんよカード」も、今回は娘・真弓ちゃんを助ける意味があって効果的でした。

それにしても、今回オープニングタイトルに至るまでが長かったですねぇ!16分かかってる!これまでで最遅(?)だったんではないですか。いつまでたってもタイトル始まんないなぁなんて思っていて、すっかり忘れた頃に、「時効を迎えた事件を趣味で解決する男・霧山修一郎。」の由紀さおりのナレーションが出ました。

今回のエンディング・クレジット、

     この回でソノ・シォ〜ンは終わりでショ〜ンボリですが
     このドラマはフィクションであり
     登場人物・団体名は全て
     架空のものです。

でありました。
次回予告(第7話)での葉月里緒菜を久しぶりに見たので、そのやつれっぷりにちょっと驚きましたが、それにしても見事に何と表現してよいかわらかないけれど、「豪華なのにちょっと微妙」というキワキワな路線で登場するゲスト女優陣に降参!





昨日からボストンはものすごく気温が下がっていて雪になった。
最高気温が−5度…寒いなぁ。
外気に触れるだけで身の引き締まるような、そう、まさにゲレンデに立った時のようなピリッとした寒さなんだけど、 "crisp" とはまさにこんな日のためにある言葉です。

関係ないけど "crisp" も "crispy" もどちらも形容詞("crisp" は動詞でもあり名詞でもあるが)なのに、普段 "crispy" って食べ物がカリッとしている、という表現にしか使わない。最も"crunchy" の方を使う頻度の方が高いけど。
なんで同じ意味を持つ "crisp" を使わないのかなぁ…と思って調べたら、"crisp" には「新鮮で」という意味が含まれているから野菜の形容に使う場合が多いのと、"crisp" の後にたいがい名詞が続くからか。"crisp celery" とか"a crisp shirt" とか。
なるほど。こういうのは生活の中で(用法を)体験しないと実際の使い方というのはわかりにくい。自分の覚えのために書いておきます。(笑)

それにしても昨日わが家に悲しい出来事がありました。


うちのアパートでは動物を飼ってはいけない決まりがあります。熱烈なるDogs Loverのルームメイトはとても残念がっている。でも結局1日で家にいるのが夜だけ、というわたしたちには動物のお世話は無理なわけで、それは仕方のないところ。
その代わりにわが家には観葉植物の鉢植えが3つ4つあって、それらを日々大事に育ててきておりました。

しかし、わが家で2番目に長寿だった、リビングにある大きなパキラが突然先々週ぐらいから枯れ出したのでした。土を飼えたり、栄養剤を与えたり、もちろん水も必要な分を与えていたのだけれど、大きく伸びた枝のいくつかが死んでしまった。
えーん。
知人に聞いてみても「寿命なんじゃないか」と。
留守にしている時間が長いから日光が十分じゃなかったのかなぁ。
えーん。

pakila真っ白で色味の少ないうちのリビングを長年に渡って緑で癒してくれていた愛すべきパキラだったのに、細かい世話をしなくても結構元気に育つ手間いらずのパキラだったのに、遂にお別れの時が来たのか。思い耐え難く、まだ元気な部分だけ切り取ってベースに入れて飾っている。
これとて長くは持たないだろうけれど、せめてものお別れに、もう少しだけわが家のリビングにいてもらいたい。

今週はなぜか非常に疲れていて、恐ろしく深く長い眠りに落ちてしまい、ちょっとボーっとした週末になってしまった。その上いつもリビングの隅に当たり前のように佇んでいたパキラがいなくなってしまって淋しい。
生きているものに命が尽きる時が来るというのは、わかっていても悲しいことだ。

さよなら、パキラ。


【追】
耕史君、「音遊人」という音楽番組に出てたのか。
わたしはことごとく彼がギター弾いて歌っている姿を見逃しているのだー。演奏しているところを一度見てみたい。





torinoなんだか日本のインターネットニュースを見ると荒川静香のゴールドメダルですごく湧いてますね。やっぱり今回のオリンピックで初めてのメダルが金だったというのが大きいのでしょうか。
こちらでも彼女の優雅な滑りはとても評価され、 "elegant" "superb" という表現が、どの新聞・メディアでも飛び交っておりました。

実力は均衡していたけれど、勝利の差を分けたのが「転倒」だったため、昨日の新聞のトップ見出しはどれも上の写真のように、「サーシャとイリーナは転んで、シズカはベストを出して栄光を手にした」という意味の写真が飾られていました。

わたしもTVで見ていましたが(こちらでは生中継はないので録画でした)、見ていておかしかったのは、優勝が決まった後、滑った荒川さん本人よりコーチや日本チームの役員たちが本人以上に抱き合って喜んだりしていたこと。荒川さんはどちらかというと「まだ夢の中にいるようだわ」という感じで、実感のない表情だったのだけど。このメダルはそうとう待ち望まれていたのですねぇ!


アメリカも日本と同じくフィギュアスケートは人気スポーツなので、ここでのアメリカ選手の活躍にものすごく注目が集まります。
ミシェル・クワンが棄権を発表した後、サーシャ・コーエンに大きな期待がかかっていて、ショート・プログラムを終えて彼女が首位に立った時は「今度こそ金(「シルバー・コレクター」返上!)」という夢もグーンと近づいた、と沸き立ったわけです。もちろん僅か 0.3差でスルツカヤ、0.71差で荒川静香が続いていたから余裕の1位ではなかったけれど。

個人的な感想としては、そんなにスリリングな感じではありませんでした。
日本にいて生中継を見ていたらもっとドキドキしたかも知れないけれど。きっとそれほどご贔屓の選手が今いないからかも知れない。

元来”ダンサー”より”ジャンパー”タイプのスケーターが好きなわたし。
どんなスポーツであっても同じなんですが、オールラウンダーより「何か1つにずば抜けて秀でたものを持つ」という天才型が好きで、その能力だけで人の心を動かしてしまう、というほどの選手が今回はちょっと見あたらなかった気が。

上位に残っていたグルジアの16歳の女の子が、ジャンプの高さ、キレ、バネにおいて可能性を感じさせてくれたのでちょっと注目。黒い瞳、黒い髪で、同じグルジア出身の美貌のバレリーナ、ニーナ・アナニアシヴィリを思い出させました。

tomba後はアルペンの男子回転だけが楽しみです。現地時間ではもう始まっているんだっけ。こちらでは録画中継でしか見られないから夜まで待たなければ。
インターネットのニュースで、”男子回転のイタリア人選手にアドバイスを与えるトンバ”の写真が出ていて、何年ぶりかに「イタリアの爆弾男」、アルベルト・トンバの姿を見ましたよ。相変わらずアツいぞ、トンバ!

どんなにワガママであろうとも、どんなに破天荒であろうとも、ステンマルクとただ2人、10年の長きに渡って毎年W杯で必ず勝利し続けた天才スラローマー" Bomba la Tomba"。

アルベールビルのオリンピックでは開会式に参加せずイタリアの自宅にいて、自分の試合が近づいてきたらチーム総抱えで自家用ヘリでアルプスを超えてやって来た男。
試合前夜であってもパーティ三昧の日々を送るが試合では勝つ男。
おばあちゃんに「滑降は危ないからやっちゃダメ」と言われ、忠実にその約束を守って技術系の回転競技にのみ専念し、そのためにワールドカップ・ポイントを落としてしまっても意に介さない男。

そんな天才肌なトンバがやっぱり好きなわたしです。

 





room for squares 2001年にジョン・メイヤーがメジャーシーンに登場してきた時は、”爽やかなギターキッズ”的な印象が強かった。実際彼は長身(6.3ft=192cm)&Good Looking という、音楽以外の要素でも注目される若者だったから。

彼の初のメジャーヒット「No such thing」が、型にはめられたいい子でいることを拒否し、「生きている限り自分は無敵だー!」という若者の心の叫びを歌って圧倒的な支持を得たこともあったのかも知れない。2001年〜2002年にかけて、この大ヒット曲は本当に毎日どのFM局を回してもずっと鳴り続けていた。

彼のデビューアルバム『Room For Squares』はここしばらく聴いていなかったけれど、このアルバムの2曲目「Why Georgia」が今日たまたま入ったお店で流れていて、久しぶりにこのアルバムを出してきた。


ジョン・メイヤーのメロディ・メイカーとしての才能は今更触れるまでもないのだけれど、彼の音楽の真骨頂はその音楽的才能を上回るほどの詞作の素晴らしさにある。

彼の歌詞は非常にシンプルでわかりやすい。使われる言葉も日常的だ。時々あまり音楽の歌詞には登場しないような文学的な言葉が選ばれていたりするけれど、それは彼のお母さんがかつて高校の英語の先生だったことも影響しているみたいだ。
彼の詞の印象は、昨日のエントリにも書いたレイモンド・カーヴァーの詩にも似ている。短い言葉の中にシンプルながら的確に彼の伝えたいことが詰まっている。

彼の詞はとにかく無駄な表現は一切そぎ落としてエッセンスだけを抽出したような言葉の選び方なのだ。例えば奥田民生の歌詞が、何気なく歌われているようでいて実は恐ろしく計算され尽くした上に成り立っているように。
その言葉をそこで使うことによってどういう効果が生まれるか、他の言葉ではダメで、その言葉だからこそ意味を持つ、どれ1つとってみてもそういう必然性を帯びて選ばれている。でもそれらはあまりに自然にさりげなく登場するために何気なく聴いてしまう。そこがジョン・メイヤーの詞作のすごいところだ。

「Why Georgia」は彼にとって特別な意味を持つ曲だろう。
コネチカット州出身(アメリカの一般的なイメージとして、コネチカットはニューイングランドののどかな州です)で教育者一家に生まれ、3人兄弟の次男坊として育った彼は13歳の時に初めてギターを手にし、スティーブ・レイ・ボーンの音楽に触発されて音楽的な興味を持った。それゆえに彼の音楽的ルーツはブルースなのだ。
寝ても覚めてもギターを弾いていた彼はその上達も目覚ましく、高校に入学した頃には仲間とバンドを結成して地元のクラブに登場したりしている。高校の卒業アルバムにはミュージシャンを目指していると書き記しているが、教育家の両親はそれをあまり歓迎しなかった。音楽はあくまでも趣味で、とりあえずはいい大学を出て仕事を持って、その上で楽しんで音楽をやればいいじゃないの、と彼の母親は何度となく彼に説得を試みた。

結局彼は両親との妥協案だったのか、周囲の勧めもあってコンテンポラリー・ミュージックの名門、ボストンのバークリー音楽大に進学したが、彼は音楽を学問として勉強するよりも実践することを望んでいたため、少し通っただけですぐに中退してしまった。そしてバークリーの友人に勧められてブルースミュージックの本場、ジョージア州のアトランタに移住した。

両親の心配をよそに彼は自分の音楽を心ゆくまで演奏する楽しみをアトランタで発見した。
ジョン・メイヤーやジェイソン・ムラーズは、プロとして活躍する今でも、彼らのライブ演奏を非営利な目的に限って録音すること、そしてインターネット上でシェアすることを許可している数少ないミュージシャンだ。Bittrentのソフトを持っていれば、(英語サイトになるけれど)検索すればいくらでも彼らのライブ演奏をダウンロードして聴くことができる。彼はこのポリシーをアマチュアの頃から貫いていて、そのためにアトランタの地元で彼の音楽はインターネットを介してシェアされ絶大なる支持を得た。

彼にとってアトランタは第2の故郷であり、音楽的に彼を受け容れ育ててくれた場所だ。だから彼にはとりわけこの街に対する思い入れが深い。
「どうしてジョージアなんだろう?」という問いかけは彼自身に投げかけられたものだ。そしてその答えは、その場所が彼の音楽家としてのすべて原点であるからだということも彼は知っているのだけれど。

「Why Georgia」はジョン・メイヤーを語る時に避けることのできない彼の原点であり、恐らく何年経って聴いたとしても彼がここで表現しようとしたことは色褪せない。

たとえばエレファント・カシマシの「悲しみの果て」。ユニコーンの「すばらしい日々」。矢野顕子の「ひとつだけ」。
そしてジョン・メイヤーにとってはきっと「Why Georgia」。
いつ・どこで・どんな状況で聴いても必ず心に響く永遠のアンセム。

日曜の朝なんかにコーヒー飲みながら『Room for Squares』を流してみると、なんだかとても爽やかで得した気分になること間違いなし。
そして爽やかなメロディーと彼の甘いマスクに惑わされてはいけない。彼のギターテクニックは驚異的です。
とても頭のよい、ちょっと皮肉屋だけれど謙虚でウィットに富むジョン・メイヤーの素晴らしさは、その天賦の音楽的才能とこの驚異的な技術に裏打ちされているのです。

【追】新ブログ Fragments での関連記事はこちら と こちら



Why Gerogia

I am driving up 85 in the
kind of morning that lasts all afternoon
Just stuck inside the gloom

4 more exits to my apartment
but I am tempted to keep the car in drive
and leave it all behind

Cause I wonder sometimes
about the outcome
of a still verdictless life

Am I living it right?
Am I living it right?
Am I living it right?
Why Georgia, why?

I rent a room and I fill the spaces
with wood in places to make it feel like home
but all I feel's alone

It might be a quarter life crisis
Or just the stirrin in my soul

Either way I wonder sometimes
About the outcome
Of a still verdictless life

Am I living it right?
Am I living it right?
Am I living it right?
Why Georgia, why?

So what, so i've got a smile on
But it's hiding the quiet superstitions in my head
Don't believe me
Don't believe me
when I say I've got it down

Everybody's just a stranger
But that's the danger in going my own way
I guess it's the price I have to pay
Still "everything happens for a reason"
Is no reason not to ask myself

If I'm living it right
Am I living it right?
Am I living it right?
Why, tell me why...

why Georgia, why?






レイモンド・カーヴァーの詩に出会ったのはいつだったろう。
たぶん『SWITCH』誌上だったと記憶している。
もうずいぶん昔の話だ。
村上春樹がカーヴァーについて書いていたんだっけ、それとも川本三郎だっただろうか。

彼の詩はとても静かで澄んでいて、そして切ない。
彼の何気ない日常の1コマを切り取り、そして彼の心の奥深くを会話でも交わすように短い言葉の中に表現する。

わたしが最初に読んだ彼の詩は 『SWITCH』で紹介されていた、”Where water comes together with other water” (『水の出会うところ』)に収録されている "For Tess"  だった。


For Tess

For a while I even let myself imagine I had died ―
and that was all right, at least for a couple
of minutes, until it really sank in : Dead.
As I was lying there with my eyes closed,
just after I'd imagined what it might be like
if in fact I never got up again, I thought of you.
I opened my eyes then and got right up
and went back to being happy again.
I'm grateful to you, you see.
I wanted to tell you.


テスに

しばらくの間、自分が死んだんだと想像してみる。それもいい。
少なくとも、ほんの少しの間はいい。ほんとうに落ち込んでしまわなければ。死んでみる。
目をとじてそこに寝ているとき、
このまま、二度と起き上がることがないとしたら、
どうなるだろうと思った。
あとで君のことを考えた。
目をあけ、起き上がって、また、うれしくなった。
君に感謝している。
それが言いたかった。


この何気ない言葉の群れの中に、カーヴァーが感じた想いの1つ1つがあふれ出すようで、またわたしは切なくなってしまう。
そしてカーヴァーの詩の透明度に、ただただ心揺さぶられてしまうのです。





自分の10代を振り返ってみて、勉強でもスポーツでも遊びでも、何か1つ、強烈に今の自分につながっているものがあるだろうかと考える時、これといって際立ったものが思い浮かばないのがちょっと寂しい。
かといって全く何もなかったわけでもないけれど、その後の人生を変えた何かに出会った、といういほど劇的なものもない。だから若くして自分の進むべき道を見つけた人は本当にラッキーだと思ったりする。

わたしの10代を思い返すと、経済的には全然自立できてはいなかったくせに、早く精神的に大人になりたいと思っていた。
全く個人的な嗜好として、本を読み、映画を見、音楽を聴いてそれらの知識が自然に積み重なっていくことが楽しかったし、感性の面でそれらから学ぶことがわたしにはたくさんあった。いろんなものにアンテナを張り、感受性の豊かな人間でありたいと思っていた。
結局のところ、実質を伴わない机上の「精神的な大人」観なのだけれど、それが今もほとんど変わってないという事実がある意味哀しくもあります。
トホホ。

というわけで、山本耕史くんがゲストの回の「真剣10代しゃべり場」を見た感想です。

今回のテーマは「10代は我慢すべきではない」ということで、ロリータファッションに執心する15歳の女の子が提案者だったわけだけれど、この提案者の考え方がどうこうとか、皆の反応がどうこうとか言うよりも、正直言ってわたしを驚かせたのは彼らの繰り出す「会話の音」だった。
もう、わたしは完全に他の惑星から来たエイリアンのように、彼らの会話の1つ1つに耳が釘付けになってしまったのだった。

確かにわたしはもう”若者”ではないし、日本の若者の日常会話を聞くチャンスからも数年以上遠ざかっている。しかし、会話の内容より彼らの口調、言葉の選び方などの「音」としての会話にかなりのショックを受けてしまった。そうか、これが今日のスタンダードなのか。

実はわたしはこういう若者討論番組がちょっと苦手で、耕史くんがゲストでなければきっと見ていなかったと思うのだけれど、見ている途中で目をつぶって、彼らの表情を見ずに会話だけを聞いてみた。
もちろん全員が全員、わたしにショックを与えたわけではないけれど、やはり多くの参加者が使っていた語尾上げ口調や、とりわけ文節が区切れる度に挿入される、「なんか」「なんか」という合いの手(?)は、会話だけを聞いていると本当に耳につく。

えぇ、もう「この年寄りっ!」と罵られても構いません、この会話に反応してしまうわたしはきっと年寄り。
言葉は生き物だし変化していくのが常だとわかっていても、彼らの会話を「音」として聞いているのは(会話の内容とは無関係に)、かなり厳しいものがあった。そういう部分に敏感になってしまうのは、もしかしたら自分が日本の古い文化に縁のある生活を送ってきたということのせいかも知れない。

内容はというと、ロリータファッションに”命をかける”(ロリータも大変なのだな)15歳の少女の、「10代だから、親の庇護のもと好きなことができるのだから、我慢せずにそれを満喫すべき」という話題。しかし後半から彼女がイジメにあった過去へと移り「人を信じる、信じない」論へとスライドしてしまった。
提案者は自分が本来話し合いたかった「我慢すべきではない」という論点に決着をつけることができずに不満が残ったようだけれど、わたしとしては後半の「人を信じることができるか」というテーマの方が面白かったな。メンバーも耕史くんも、彼女に人と向き合うことの大事さや可能性を教えてあげようという姿勢が見えて。

10代で出会えなくても、もっと後になって信じられる人に出会う可能性はたくさんある。運もあれば縁もある。その時にどういう自分であるかが大事なのではないかな。それまでの準備期間に、たくさん悩んで学んで経験を積んで引き出しを増やせるようにしておけば。

討論が終わって、皆がステージを去る時に、耕史くんが(がんばれ、がんばれ、って感じで)提案者の女の子の背中をバシバシ叩いていたのが印象的だった。できるものならわたしはあの女の子になって、耕史くんから背中をバシバシされたいよ。エチュードやって耕史くんに受け止めてもらいたいです。

収録後、「今日ちょっと”人を信じられるか”ってテーマで友達と語り合いたいですね、飲みながら」とコメントしたのが最も耕史くんらしかった。
こういう議論を始めたら、きっといつまでも熱く語ってしまいそうな山本耕史。





奥田民生の初期の名盤『30』に、「コーヒー」という曲がある。
まったりした曲調に、思いっきり民生テイストのまったりした歌詞がのり、でもうなるようなギターが渋くてカッコイイ、特に後半の盛り上がりと最後にくる”下げ”が泣かせる名曲なのだが、今回のテーマは民生ではありません。
「コーヒー」の方です。

わたしは一体いくつで”初コーヒー”を体験したんだろう。
アメリカに来るまでわたしは完全なる紅茶党で、家族も紅茶しか飲まなかったので、コーヒーメーカーも家にはあったものの殆ど登場する機会はなかった。

ご進物にもフォションやレピシエの紅茶をよく選んだし、自分で飲むのもいつもムジカ(大阪の有名な紅茶専門店)の紅茶だった。
それがアメリカに来て今の家に住むようになってから、紅茶を全く飲まなくなった。本当に全然飲んでない。



coffeeそれはひとえにルームメイトの所有するエスプレッソメイカーのせいかも知れない。
わが家にコーヒーメーカーはないけれど、エスプレッソメイカーはあるのだ。わたしはこれで毎日毎日コーヒーを入れている。エスプレッソじゃなくて普通のコーヒー。でもこれが美味しいのです。

ちなみにルームメイトは紅茶しか飲まない。なんでエスプレッソメイカーを持ってるのか不思議なんだけど、彼女がコーヒーを飲みたい時はインスタントを飲み、結局このマシーンはわたしが我が物のように使っている。

今やコーヒー飲みになってしまったけれど、決してグルメなコーヒー飲みというわけではなくて、キリマンジャロやブルーマウンテンの味の違いもよくわからないし、第一ブラックで飲めない。クリームも多めが好きなので全然本格派のコーヒー飲みではないのです。ダンキンドーナツ・コーヒーが好きだしなぁ。これはグルメコーヒー党には思いっきり邪道な印象を与えます。(日本だとドトール・コーヒー派宣言?)

上品な酸味のあるコーヒーはあまり好きではないので(炭焼きなどはダメです)、ダンキンの庶民的な味がわたしにとってはベストなのだ。日本に帰省した時もダンキン・コーヒーが飲めないと困るので、豆を1袋スーツケースにねじ込んで持って帰ったぐらい。今や日々の生活になくてはならない存在になってしまった。

こちらではフレイバーコーヒーが非常に人気で、たいてい「Today's Coffee」とサインが出ていると、そこのオリジナルブレンドかヘーゼルナッツとかフレンチバニラのフレイバーコーヒーだったりする。いかにも甘党のアメリカ人仕様です。

自分でクリームや砂糖を入れるところも多いけれど、ダンキンやHoney Dewのようなコーヒーショップで「レギュラー」を注文すると、もれなく「クリーム&砂糖」がついてくる。わたしは最初それを知らなくて、フレイバーコーヒーでない普通のスタンダードのコーヒーのつもりで「レギュラー」を注文したら、たっぷり2杯分は砂糖が入ったような甘い甘いコーヒーが出てきてしまって半泣きに。
なので注文する時は必ず「no sugar, extra cream please」と念を押すのを忘れてはいけない。

最初の頃はsmall(といっても日本だとmedium)サイズを飲みきるのも至難の業だったのが、今やmediumを注文しても楽々飲みきっている。慣れというのは恐ろしい。もうsmallでは足りない。1日に4杯以上は確実に飲んでいる。寝る前に飲むと眠れなくなるということもないので、飲みたければ真夜中でも飲んでしまう。朝も目を覚ますために飲むというより、もう飲むのが習慣化してしまっていて、何となく口寂しくて飲んでしまう。

残念なのはこちらには居心地のよいカフェがすごく少ないこと。
スタバやSeattle's Best、Peet's Coffeeのようなグルメコーヒーのチェーン店は街中に多いけれど、決して居心地はよくない。
だいたいの場合、店内は混んでいて長居はできないし、チェーンだからオーナーのこだわりや個性というようなものがない。基本的にサーブされるのは紙コップで、コーヒーカップで飲めるところは珍しい。他の街にはあるのかも知れないけれど、少なくともボストンではほとんど見かけない。日本のカフェや喫茶店に慣れているとこれはちょっと寂しいのです。カフェに入ってゆっくりしよう、という気になれない。だったら家で飲んだ方がいいや、となってしまうのです。

なんてこんなこと書いている今もコーヒー飲みながら、です。

あぁ、コーヒー・アディクト街道まっしぐら。
こうやってまた中毒患者が1人、生まれるのですね。





bookcoverボストンはアメリカの中でも交通の便が非常にいい街の1つで、”グレーター・ボストン”と呼ばれる、ボストン市を中心としたエリアのほとんどに地下鉄、バス、電車を利用して行くことが出来る。これは車を持っていないと(バスに乗る以外)移動手段がない西海岸と大きく違う点だ。

こちらに来て感じたことの1つに、本を読んでいる人の多さがある。公園の芝生で、カフェで、そしてもちろん電車の中で、かなりの確率で読書をしている人が多い。

こちらの書店では本にカバーをかけるというサービスがなく、100%、読んでいる本にカバーはかかっていない。だから「どんな本を読んでいるのかな」と思えば表紙を見て知ることができる。「あ、この人あんな本読んでるんだ」というのが伺えてちょっと面白い。


以前何かの記事で、日本人の多くは本にカバーをかけて読むのが好きだというのを読んだ。電車の中などでどんな本を読んでいるかを他人に知られなくてもいいように。もちろん本を保護するという意味合いが最初にあるのだけれど。

神戸の母の実家は祖父の代から印刷業を営んでいて、子供の頃から紙だけは不自由なく使うことができた。いつ母の実家に遊びに行っても応接間の戸棚には潤沢に絵を描いていい紙と絵を描く道具が置いてあって、いつでも好きなだけ、飽きるまで絵を描いたり字を書いたりしていた。

さすがに紙を扱う家業故か、母は紙を数えるのが恐ろしく早くて正確だったし、きれいな紙を集めるのも好きだ。贈り物が包まれていたデパートの包装紙などをきれいに取っておいて、本のカバーに使ったりした。わたしのピアノの教則本は高島屋のバラの花の包装紙で包まれていたり、何でもないベージュのクラフト紙に母が絵具で小花の縁どりを描いたりしていた記憶がある。

ものすごくシンプルなんだけれど、本の背の角が傷まないブックカバーの作り方というのがあって、それは母も祖母から教えてもらったそうだが、わたしもそうしてカバーを作っている。

わたしはたいていお気に入りのカラフルなフリーペーパー「dig」(情報紙的な無料の新聞)を利用していて、気に入ったページがあったらそれを取っておいてカバーにする。広告のページのこともあるし、コミックやイラストのページのこともある。本の中身は三谷さんの『ありふれた生活』だったりするんだけど。

飲み終わったワインのコルクを縦半分に割って、半円形の箸置きを作る、これもお金がかかっていない割には食卓に楽しみが増えて友人には好評です。

生活の中のちょっとしたお楽しみ、の巻でした。





glasses日本にいた頃は車を運転する時とスキーをする時しかサングラスは使わなかった。
だからいつも車に置いているのが1つとスキー用品を入れているバッグに1つ。
それだけ。


こちらに来たら、夏場の陽射しの強さと、冬の街中に積もった雪の照り返しがキツいので、日常の生活でもサングラスは必需品となり、自然に数が増えていった。昔に買ったものも含めて、部屋を片づけていたら知らない間にサングラスの数は増えていた。

いくつも持っていても、結局よく使うものは決まっているから自然に使わないものは忘れられてしまう。それでまた衝動買いしたりするものだから似たようなものばかりを持つことになる。
友人には「面白味がないなぁ!」とまで言われてしまった。
でもこちらで使うのは本当に実用一本やり。いいのさ、まぶしさから目を守るためだけなのだから。

反射率の一番高い、コハデなフレームのサングラスは雪山仕様なので街中では使わない。レイバンなんだど、さすがに恥ずかしくて普段はかけられない。

今日のオリンピックは男子のアルペン複合を放送していたのでガッツリ見ていた。アルペン競技の華・ダウンヒルは見ていてもワクワクする。
あぁ、あのスピードであの斜面を滑り降りていくのはホントに気持ちいいだろうなぁ。本当に眼下に飛んでいく気分なんじゃないかな。

今は時期的に仕事が忙しいルームメイトも、一緒に見ていてやる気を起こしたみたいだ。ストームの後だし雪質もいいから一段落ついたら滑りに行きたいと言っていた。

今年に入ってからまだ一度もコハデなサングラスは使ってない。
オリンピック見てたら滑りたくなってしまった。ゲレンデに立った時のあのピリッとした冷たい空気が何とも言えず心地よくていいんだな。

とりあえずそれまではオリンピックを見ながら雪山を満喫したいと思います。


【追】
先生、封筒を開けてビックリ!(笑)
いつもながら御厚情を多謝いたします。3月の準備は如何?





昨日、ものすごく大きなスノーストームが来て、東海岸はアッと言う間に白銀の世界になってしまった。
結局一歩も外に出ることができずに家で過ごしたので、先日送ってもらったWOWOWで中継された「12人の優しい日本人」の感想をアップしようとした。

エントリをアップする時にやけに時間がかかるなぁ、と思ったんだな。
同じ過ちを犯してはならないと思い、一旦保存してからアップしようと思ったけれど、そうしようとしたその時にやっぱり送信エラーが出て、書いたものはキレイサッパリ跡形なく消えてしまった。
…はぁ、この徒労感たるや。

もう書き直す気力とエネルギーがない…仕方ない、あれはなかったことに。
はぁ。

気を取り直してトリノオリンピックを見る。
ちぇっ、アメリカ選手しか映してくれない。上村愛子ちゃんを見たかったのにな。既に滑り終わったところしか映ってなかった。

でも昨日のスノボのハーフパイプ、アメリカの天才少年、ショーン・ホワイトは素晴らしかった。
常にトップを走ってきた彼が、ファースト・トライアルで3位スタートというプレッシャーの中、セカンド・トライアルでは見事な高さと技を見せてトップに躍り出た。演技の後の彼が「やったー!」という喜びより、胸を押さえて汗をぬぐうジェスチャーで「(無事に終えて)ホッとした」という表情を見せた時はちょっと微笑ましかった。

女子のハーフパイプでもアメリカは圧倒的な強さを誇ったけれども、優勝したハンナ・ティターより、結局5位に終わったけれども予選1位だったケリー・クラークの高さに圧倒されてしまった。さすが前回五輪チャンピオン。女性版ショーン・ホワイトと言われるだけはあった!


アメリカ選手しか映してくれないけれど(その辺、肝っ玉が小さいよ!)、冬のオリンピックを楽しみながら、「西遊記」と「時効警察」も楽みました。

「西遊記」はもうパターンが出来上がっているので、ひたすら三蔵法師ご一行のやりとりを単純に満喫したい。

一方「時効警察」はだんだんお楽しみのツボが増えてきていいですね。
オフィシャルHPでも、日曜は霧山くん、メガネをかけてませんでした!芸が細かいなぁ。

今回は第3話と第4話のDVDを見たのだけれど、どっちも面白かった!
第3話では、あの警察の社食でランチのシーンに心奪われてしまったわたし。(笑)

「店先にぃ、水が撒かれるからぁ… んふふっ。」

…って、意味がわからないっ、でも可笑しいっ!

田中哲司(ピンクと水色のベスト…)と緒川たまき(和装がお美しい)っていう夫婦もすごいキャスティング。

「ふーーーんっ!」

霧山くんのこの笑い声、憎めないなぁ。(笑)

4話、「The アネゴ探偵 寂水先生が行く」はサイコーに可笑しいーぃ。
霧山くんが熊本さんの「マイ・ベスト寂水」のVTRを見ながら「あっ、違った!あっ、また違った!」って言いつつハマっていく演出、ホントに可笑しいったら。

「忘れな草 罪ある限り 時効なし」

「右が上手、左が下手」

「ここ真っ直ぐ行って 上手に出てフレームインして 最初の信号をキューにして、下手のおぉ〜きなビルなめに少し食われた感のある小さなビルから ショットの煽りで 3階をバミってください。見切れそうになるから注意してロケハンしなさい。それじゃ、これで撤収しますので。お疲れ。」

「今回の監督はソノ・シォ〜ンですが
このドラマはフィクションであり
登場人物・団体名等はすべて
架空のものです。」

いやぁ、笑った笑った。
もう自分の覚えのためだけに書き留めてみました。

総武警察のマスコットは「ピーポくん」ならぬ2つ角の「そ〜ぶくん」。
柳ユーレイは真田広之にも似てるなぁとか、広田レオナの足は本当にキレイだなぁとか、永作博美はチープにも見える芝居が本当に上手いなぁとか、いろいろ収穫の多い第4回でした。

ただ1つだけ、敢えて言うなら、ほんとに寂水先生のファンであるように見せかけて、霧山くんが寂水先生の事件を解明する時から突然豹変してよそよそしい口調や態度を取る、という設定はちょっと寂しかったな。
寂水先生のみならず、見ている視聴者をもだまして背負い投げを食わせるやる方というのは霧山くんのキャラクターじゃない感じがして、最後にきて業界用語をみんなから突っこまれても「何でしたっけ?」と素っ気ない態度を取ったのは快いエンディングではなかった気がする。

本当はファンだったんだけど、それでも「時効過ぎても 罪は罪」ということで罪を正して暖かく歩み去る、という方がこれまで霧山くんが築いてきたキャラクターなのではないかと。

それでもまた、来週を楽しみにしちゃうんですけどね。

んふーーーっ!





新選組!サントラ うぉー、何だかスゴイ、今のところ毎日更新を続けている!こんなにモチベーションがあっていいのか。

友人が一時帰国したお知り合いに頼んで「新選組!」のサントラを買ってきてもらった。

というわけでわたしのところにも回ってきて早速聴いているところ。聴いているだけでその曲が使われた代表的な場面の浮かぶこと、浮かぶこと。
サントラを手に取るまで曲のタイトルを知らなかったので、自分で勝手に「マイタイトル」をつけて覚えていた。

たとえば、

 オリジナルタイトル  → マイタイトル
  • 疾風迅雷                   旗のうた
  • 衝動           「待たせたな」
  • 失意           総司のテーマ
  • 後悔           山南さん in 前川邸
  • 誠の友情        一世一代の大芝居
  • 誠の志         「俺でもか+当たり前だろ」
  • 敗戦           近藤と山南
  • 誠の愛          勇とつねさんのテーマ
などなど。基本的に場面のまんまなんですが。
わたしが自分で勝手に「総司のテーマ」と呼んでいた、よく総司が見舞客と縁側で面会する場面に流れていたこの曲は「失意」というタイトルだった。最も鮮明に覚えているのは「再会」の回のおみつと総司が縁側で語り合うシーン。2人きりの姉弟の、このしみじみとした場面を美しく、そして切なく表現していた。

第1話の桂小五郎探索の後の、隊士たちが堂々としたいい顔で凱旋する場面で流れていたのは「威風凱旋」。これもそのものズバリ!のタイトル。これは次週予告の時のBGMでもあった。

そして「友の死」の回の冒頭、茶屋で休む山南さんが、街道をゆっくりやってくる総司に気が付くあの「沖田君、ここだ」の場面でしみじみと流れていた曲が「衝動」という曲の一部であったことにちょっと驚き。
「沖田君、ここだ」ではその部分はもっとゆっくりしたアレンジだったと思うけれど、独立した1曲だと思っていたので、池田屋の回で土方の「待たせたな」の登場のとこから流れるあの弾むようなワクワクする「衝動」の曲に、「沖田君、ここだ」フレーズが使われていたんだと思うと新鮮だった。伊勢田Dはこの叙情的な部分だけを抜き出して「沖田君、ここだ」に充てたんだなぁ。

多摩での勇とつねさんのシーンでよく流れていた「誠の愛」。この曲が流れてくるだけでなぜかほのぼのとして、でもちょっと切なくて。
ストリングスに管楽器が重なって入ってくるアレンジがラヴェルの「亡き王女のパヴァーヌ」のようで、しっとりとして詩的で美しい。

残念なのは、鴨とお梅さんのシーンで流れていた(25話の嵐山・紅葉狩りのシーンで琴が印象的に使われていた)曲や、池田屋の激闘で鐘の音がカンカンと入った緊張感のある曲、山南さんの切腹の時に流れる曲と、その後に近藤と土方が縁側で男泣きをする時に流れる曲などが収録されていなかったこと。
毎回内容に合わせて新曲を書き下ろしていた、ということなので後半の回で使われた曲は未収録なんだろうな。サントラ第2弾で是非それらを聴いてみたいものです。

ドラマを支え、各シーンをより深く表現する重要なピースの1つとしてだけでなく、音楽独自も高い完成度を誇っていることがサントラを通して聴けばよくわかる。
手元にDVDがないので数々の名場面を今すぐ見直すことはできないのだけれど、音楽を聴いているだけでもそれらを十分に思い出すことができる。
そのぐらいこのドラマと服部さんの音楽は見事に調和していた。

「後悔」や「敗戦」を聴くと、今でもあの近藤と山南さんが前川邸で障子明かりの中、対峙している緊張した場面が思い出されて、胸がしめつけられる思いです。

まだまだ社会復帰は無理でしょうか…。




寒いっ! 寒いよ、まったく!
その上、今晩から東海岸にスノーストームが来るらしい。
また雪が降り積もるー。

昨日、友人のバースデーパーティがあって、仕事が終わってから友人宅に遊びに行った。割と最近も会うことのあるメンバーだったので、軽食を食べつつ、軽くワインなど飲みつつ楽しく歓談。

よきところでデザートのバースデーケーキが登場してみんなでお祝い。
お決まりの、♪ Happy Birthday to you 〜♪ をみんなで友人のために歌った。誰かが「これって日本語だとどうなるの?」とリクエストが入ったので歌い出したんだけど、結局

♪ ハッピバースデー トゥ ユー ♪ 

なのでブーイング。
仕方ないじゃんっ!
日本語でだって同じ歌詞なんだよっ!(笑)

10時前に数人が帰ることになって、じゃぁ、そろそろお開き?となりかけた時、友人の1人が放った何気ない言葉がこの後深夜にまで至る興奮をもたらした。


「ゲームやろうよ、ゲーム!”Pictionary”を持ってるから、アレやろう!」

おぉ、ボードゲームなんて久しぶり。
やろう、やろう、ということになってリビングのテーブルを片づけていそいそとゲーム開始の準備にとりかかる。

「ピクショナリー」をご存じの方も多いかも知れませんが、これはチーム対抗戦の双六のボードゲームで、コマを先にゴールに進めたチームが勝ち。
コマの進み方はサイコロの目が出た数だけ、そしてコマが止まったところに描かれた指示に従って、引いたカードに書かれた内容の言葉を絵だけで(喋ってはいけません)説明し、それを1分以内にチームメンバーが当てなきゃいけない、というもの。

わたしの大好きな映画「恋人たちの予感」でも、メグ・ライアンやビリー・クリスタルがこれで遊んでました。メグ・ライアンが一生懸命、 ”Baby Talk” を絵にして説明するんだけど誰もわかんない、というシーンがありました。

こちらのサイトにサンプルがありますが、これは絵の上手い下手よりも、出されたお題のどこを(何を)絵にして説明するかという、いわばエッセンスを汲み取るセンスが問われるゲームだと思うので、みんなの性格や発想の面白さが随所にあらわれて爆笑名&珍回答(絵)続出!
『ぷっすま』の「記憶力絵心クイズ」ファンのわたしはもう、こういうの大好き。(笑)

わたしたちは6人いたので、3人ずつの2チームに分かれてスタート。
各々が引いたカードに書かれた言葉を絵にするわけだけれど、名詞・固有名詞だけではなくて形容詞、動詞なんかもあってこれがなかなか絵で表現するのが難しい。
さきほど紹介したサイトを見ると日本語独自の問題もあるみたいで、日本語版もやってみたくなったけれど(「しぶる」とか「ほぐす」ってどうやって絵にするんだ!)、英語版の場合も単語の意味を知ってなきゃいけないのでボキャブラリーを増やす目的でも勉強になるかも。(笑)

説明しづらい言葉だと、何種類もの絵を描いて回答を導き出したいわけなんだけど、日本でよくやる「それは一旦、横に置いといてぇ」の、この「置いといてぇ」のジェスチャーが咄嗟に出てしまったのに、自分の日本文化に育ったバックグラウンドを見た思いがしました。(笑) 

わたしが「トラベラーズ・チェック」の絵を描いた時も、まず「トラベラー」を
説明しようとして、人がスーツケースを持って立っている絵き、その後にチェックの絵を描いた。(「$」マークや「→」などのシンボルは使ってはいけないので難しい。)
チームメイトが正解を当ててくれたんだけど、その時わたしが描いた絵を見て、彼女は「日本ではみんなこのタイプのスーツケース持ってるよね」と笑っていた。アメリカやヨーロッパでは圧倒的にあの布地のスーツケースが主流だから、ハードタイプのスーツケースは売り場にいってもほとんど見ない。こういうところにも文化の違いが出ます。

問題の言葉に4本のペンのマークがついていれば「AP(All Play)」の意味で、カードを引いたチームだけでなく相手チームも同じ問題を同時に競うことになります。All Play の方が後でお互いがどういう絵で答えを導き出そうとしていたか、その描写力の実力が問われて面白い。
いったいどんな絵で回答が得られたのか、或いは得られなかったのか、この検証でまた盛り上がる。

そんなこんなで結局2回戦やって両チーム1勝1敗、深夜1時半まで盛り上がってしまった。ほんとは別のカードゲームも用意されてて、そっちもみんなやりたがったんだけど、さすがにそれは次回に持ち越し。

とりあえず、美術部出身という経験がゲームに生かされてよかった。(笑)
久しぶりにいい年した大人たちがゲームで盛り上がる、っていうのを楽しんだ。
次回の「ゲームナイト」の開催が約束され、ヨレヨレになりつつ帰宅した真夜中でありました。

さて、今日からトリノですね。





あぁ…。
どうして…。

なぜだかわらかないけれど、カレンダーの9日の日にマルををつけていた。「グラミー賞は9日よ」と。

しかーし。
実際は今日(8日)だったのであーる!
ガーン。
ルームメイトが家に帰って来て、部屋で「燃えよ剣」を読んでいた(読了しました)わたしを見て、何気なく

「そう言えば今年はグラミー見ないの?」と聞いた。

「なんで?明日だよ?」と言ったら

「またまたぁ〜、今日だよ〜ぉ、だって同僚が今日だって言ってたもん」と。

わたしの方こそ

「またまたぁ〜ぁ、もぉ、明日だったらぁ〜」
「そんなことないってぇ〜、だったらTVをつけてみよう!」

ということになってチャンネルを回してCBSに辿り着いたら、そこにはU2がガッツポーズする姿が…

ガガーン。
もう1時間も見逃した。8時から始まってたのに、気がついたのは9時回ったところ。

「ほら、まだ1時間過ぎただけだよ」とルームメイトは慰めてくれたが、明日だと信じていただけに落ち込みは大きかった。
あぁ…。


でもいくつかのパフォーマンスは見逃さずに済んだ。

ジェス・ストーン、シアラ、ジョン・レジェンド、マルーン5、スティーブン・タイラー、ジョン・ペリー、ファンテイジアらが共演し、Sly&the family stone の大ヒットメドレーを演奏したが、途中からスライ本人が登場!
銀色のロングコートにキンパツのモヒカン!いやが上にも会場は盛り上がったわけだが、スライはCORGのキーボードをうつむいて弾くばかりで顔を上げない。歌っているけれども声は他のアーティストたちに負けてしまって聞こえない。
キーボードから離れて前に出て来たか?と思ったら、右手を上げてそのまま舞台後方に消えてしまった。
えぇー?おいおーい!あれだけぇー?(笑)

さすがにちょっとお年を召していて、ノリノリのステージというわけにはいかなかったみたいだ。あれだけ盛り上がったところで出てきたんだけど、ちょっと拍子抜けの感じ。残されたアーティスト達は笑顔で楽しそうだったけれど。

続くパフォーマンスのJay-Zとリンキン・パーク、曲が途中で「イエスタデイ」になって、「イエスタデイ」をラップで。すると舞台上手から白のスーツのポール・マッカートニーが登場し、なんと御本家が「イエスタデイ」を歌う!彼は既に先刻パフォーマンスを終えていたのだけれど、再度このために登場。なかなかよかったです。

カニエ・ウェストとジェイミー・フォックスのパフォーマンスも魅せる魅せる。マーチング・バンド好きのわたしには、マーチング・バンドを引き連れ、自らも鼓笛隊のリーダーの格好で歌う彼らを楽しみました。最後にカーティス・メイフィールドの「Move on up」をフィーチャーして華やかに終わるところなんか、アレンジの妙。

ブルース・スプリングスティーン、今年は原点に還ったようにギターとハーモニカのソロで熱唱でした。
しかし中でも圧倒的だったのはハービー・ハンコックの昨年のアルバム「Possibilities」から、クリスティーナ・アギレラとのコラボレーション「Song for you」のパフォーマンス。やっぱり彼女は歌唱力が桁違いだ。歌姫系は聴かないわたしだけれど、クリスティーナの方がミラクルヴォイスと言われるマライア・キャリーよりはるかに声量も表現力も高いと感じるのだけど。

今年は前評判通り、ジョン・レジェンドが大活躍だった模様。
”Song of the year" はU2が、"Record of the year" はグリーン・デイが、そして2005年の音楽業界の締めくくり、オーラスの"Album of the year" はU2の「How to dismantle an atomic bomb」が受賞しました。
受賞者の詳細はこちらで確認できます。

ボニー・レイットがノミニーたちを紹介する時、手を顔の前で組んで祈るようにうつむいていたカニエ・ウェストが印象的だったけれど、受賞したのは大御所U2でありました。
(ちなみに"Best Pop Instrumental Album" でバカラックが受賞したのがちょっと嬉しい。)

あぁ、それにしても最初の1時間を見逃してしまった…。(涙)





「新選組!」キャストに関する話題が2つ。

1つはご存じ、香取慎吾が来年1月の「月9」で「西遊記」をテーマにしたドラマの主役を演じることに。(詳細はこちら

大河で近藤勇を演じた次に、月9の「西遊記」で孫悟空。
「慎吾ママ」「忍者ハットリくん」ときて、またもや変化球キャラクターを選ぶなぁ、慎吾ちゃん。本当に根っからこういう明るく楽しいエンターテイメントな素材が好きなのかな。

香取慎吾らしいと言えばらしいし、「新選組!」とはまた色合いの違うものを求めた結果なのかと思えばそうとも言える。でもあんまり慎吾ちゃんからそういう意図は感じられないなぁ。
たぶん、「面白そうだからやってみよう」「何でも楽しんじゃおう」、そういう自分の直感に従ったまで、というのがこの選択の理由なんだろうな。

堺さんがゲストの「天声慎吾」の回を見た時、ゲームに入る前に「着替えましょう」ということになって、アマノッチから渡された赤い全身タイツを当然のように受け取る慎吾ちゃんを見て、堺さんが(真顔で驚いて)「香取さんもソレ着るんですか?」って聞いたら、「えぇ、これ ”マイタイツ” です。事務所は知りませんけど…。」ってまた普通に答えていた慎吾ちゃんが思い出される。
その潔さが好きです。


とりあえず、常にいい意味での驚きと裏切りを見せてくれる香取慎吾はやっぱり面白い。そして他の人がやらないことを軽々とやってしまう(ように見える)のがすごい。
来年の1月と言えば、「新選組!」続編もオンエアされる頃。
この選択を副長はどう思って見ているのか、聞いてみたいところです。

もう1つ、「SHINOBI」のプレミア試写で登場したオダギリジョー。
動画ニュースで見ちゃいました、記者会見の様子。
彼も違う意味でいつも新鮮な驚きを与えてくれます―えぇと、敢えて言うなら…彼のファッションポリシーは…”意味がわからない!”(by 近藤)

彼のキテレツなファッションセンスは周知の事実…なんでしょうか。
制作発表などでいつも思い切った選択をしてくるオダギリジョーを、ある意味楽しみにしてもいるんですが。…こう来たか、と。

お二人には常に期待を裏切り続ける人であってもらいたい。
たとえそれがコスプレキャラであっても、キテレツファッションセンスであっても―。

やっぱり「新選組!」キャストからは容易に目が離せないのです。






日曜、月曜とやたら暖かくて、昨日もついそのつもりでロングブーツを履いたもののスカートで出かけたのだけれど、やはり東海岸の冬をなめていた。帰りになったらもんのすごく寒い。

今日は現在氷点下6度なり。
それというのも、わたしはFirefoxユーザーで、先日「1.5.0.1」にバージョンアップさせてから、いつもツールバーに出ていた"Weather Bug Bar" が表示されなくなってしまったのだ。なのでそこに常駐で表示されていたお天気マークもチェックすることができなくなってしまった。
別にFirefoxのせいにするわけではないんだけど、Google Tool Barの最新版もIEにしか対応していないから、Firefoxをバージョンアップさせたのはあまり意味がなかったような…。
Firefoxの使いやすさに慣れてしまうと、もうIEには戻れないのだ。


おとついのスーパーボウル、ミックの声が聞こえないなぁと思っていたら、あれはわざと局の方で音量を下げたのだそうだ。「Rough Justice」の歌詞が過激だから、という理由だそうだけれど、リハと本番では違う歌詞で歌ったのかな?ほんとにキースのギター音ばっかりが聞こえていたのだ。

2,3年前のジャネット・ジャクソンの「ポロリ事件」があって以来、生放送での不測の事態に備えてテレキャストを数秒遅らせて流す方法がよく取られるため、オンエア時には音量を下げて対処したのかも知れない。しかし敢えてそれを知っててそういう歌詞で歌ったのなら、ミックは確信犯ですね。でも歌ってる姿は「やらかしてやるぞ」的なものは全然見えなかったんだけど。

閑話休題。

やたー!
新選組!サウンドトラック第2集』弾発売決定だそうです。
もんのすごく嬉しい。
あの名曲たちが再び飽きることなく聴けるのかと思うと。…ってまだ聴けるかどうかわからないけれど、いえ、でも聴くんです。

「お梅」(M-14)があの曲だったらいいな、源さんの最期でかかるあの”源さんのテーマ”(勝手に命名)はどれだろう、山南さんと明里のシーンでよくかかっていたあの曲は入っているかな、あ、やっぱり「池田屋」の曲が入ってる(M-16)!、などタイトルを眺めてあれこれ。
すごく楽しみ。

そんなニュースに小躍りしながらも、ちょっと風邪の気配を感じて「葛根湯」を飲みました。
何だか夕べは体が重くて風邪の気配を感じたので速攻で休むことにして、夜10時には寝てしまった。すごい、8時間睡眠!

皆様も風邪には気をつけて…。







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