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年末に向けて何だかバタバタしている。
大晦日、元旦とニューハンプシャーの知人宅にお邪魔することになっていたのだけれど、諸事情にて今日仕事終わりで向かうことに。
その上、夕べ停電があって(事前にお知らせはあったのにすっかり忘れていた)旅支度が滞ってしまい、今日に限って早めにオフィスに向かわなければいけないことがあるために今朝5時起きで準備中です。
そう言いつつ、WOWOWで放映された「天保十二年」のDVD録画が到着してちょっと見入ってしまった。お楽しみを後に取っておけない自分の性格を反省。残りはまた帰ってきてからゆっくり見たいと思います。

ニューハンプシャーでは今シーズン初スキーです。
ちょうど週末は雪の予報のようなのでワクワクです。
おとついまで連日−10℃のお天気だったのに、昨日はどういうわけかとびきり暑くて、夜になっても10℃あった。ということは、その前とは20℃の気温差があったわけで、昨日は本当に10℃でも暑く感じられました。夜、ジャケットじゃなくてダウンベストだけで出かけたりしたぐらい。でもそのせいで、山の雪は溶けてしまったんじゃないだろうか…表面がicyになっていると嫌だなぁ。ますます週末の雪に期待大。

本当はゆうべもう1つエントリを書こうと思っていたけれど、結局時間切れになってしまって書けませんでした。
なので元旦までPCを触ることができませんが、年の瀬のご挨拶ということで、どうぞ皆様、よいお年をお迎えください。

元旦に戻ってきます。
2006年が実りのある一年でありますように。
来年もよろしくお願いいたします。

【追記】
あ、ここで藤原竜也くんと石坂浩二さんの古畑ファイナル第一夜「今、蘇る死」の予告編が見られますね。





三谷さんの「ありふれた生活4」と「新選組!! 土方歳三最期の一日」の完全ガイド、TVnavi などが届いた。
気分は嫌が上にも「新選組!!」続編に向けて盛り上がる。
でも「ありふれた生活」は読みやすいから、アッと言う間に読み終わってしまって、もっと読みたくて物足りない。

「Shinsengumi Express!!」にも必死でついていき、トークショーのレポートもなるべく拾う…しかし続編の内容に触れる部分はなるべく読まないようにしてドラマを見るまで緊張感を保つ努力をしなければ。
そのために、元旦でのハイビジョン&1/3の地上波放送日以降のファンの皆さんのブログでの感想なども避けて我慢しなければ。うーん、試練の道のりが待ってるなぁ。

もう、放映まで一週間を切ってしまった。
続編撮影時に耕史くんがいかに土方とシンクロしていたかというような話も何度も読んだりTV録画を見たりして知っているけれど、それでもきっと放送を見たら彼の言っていたことがもっと実感されることだろう。


visual book完全ガイドも、続編の内容に触れるところは飛ばして読んだ。
昨年の大河をリアルタイムで見ていなく活字媒体はことごとく逃してしまったわたしにとって、TVnaviでの「新選組!」関連の記事を再録してくれているのは殊更に有り難い。わたしには今更ながらにとても新鮮。残念なのは香取くんの対談が収録されていないこと。再録について権利関係の問題でも発生するのだろうか。
あれだけ昨年は雑誌にたくさん出ていたのに、このガイドにはどんなに小さなものであっても香取くんの写真は一枚たりとも登場しない。ここまで徹底されると、何だか悲しくなってしまう。編集部もさぞかし残念だっただろうなぁ。

mamiさんの「日々これ日常」でも触れられていたけれど、三谷さんへのインタビューの中で、香取くんが「山本耕史の土方歳三が死ぬ話だから、自分はどうしても最期、耕史君の側にいてあげたいし、迎えにいってあげたい、手を取ってあげたい」と言っていたことを語っていて、本当に涙が出そうになってしまった。
香取くんのこの言葉に、ジュノー・シュウォークの珠玉の名作「ある日どこかで」のラストシーンを思い出してしまった。

心に残るラストシーンを持つ映画はたくさんあるけれど、この映画のラストシーンほど美しく心を打つエンディングをわたしは知らない。
この映画を初めて見終わった時、わたしはしばらく放心してしまって現実世界に戻ってくることができなかった。
もしかしたら「新選組!!」の最後も、こんな風に悲しみの訪れと同時にその何百倍もの幸福感が訪れるものなのかも知れないと勝手に想像している。

無性にまた「新選組!」が見たくなってしまい、前半の15話分を借りてきてしまった。『もう一回見る「新選組!」短期集中講座 in Boston』 です。

あぁ、改めて、第一話の香取くんも江口っちゃんも、勘太郎くんもみんな痩せてる〜!
試衛館の頃のエピソードは本当にどれも皆キラキラと輝いている。
みな若く、そして希望と活気に満ちあふれている。

今もう一度見ると、冒頭の桂小五郎探索のシーンでのキャラクター設定が微妙に後の完成形とは違っている。
総司のあの「羽織の汚れない人の斬り方」のエピソードから伺える総司のキャラクターも、もし実際に半年後の池田屋の回の周辺にはめ込んだとしたら、芹沢鴨との出会いと別れを乗り越えて人間的に成長した総司とはあまりに違いすぎる(幼すぎる)。

斉藤一も、軍議の輪から離れて奥に一人座っている様子は変わらないけれど、土方に「斉藤、聞いてるのか」と一喝され、不気味な殺し屋のようにニヤッと笑う斉藤の人間像は、寡黙ながら忠誠心に厚く情にあふれる斉藤一を知ってしまっているわたしたちには違和感があるはずだ。

それだけ三谷さんの人間観察と、それを体現する役者の役への理解と愛情、そしてそこに費やされた時間がどんどんと物語を動かしていったんだなぁ。
何というか、このドラマは出来上がって提供されたものを観客のわたしたちが客観的に見ているというのではなく、彼ら作り手の熱と姿を目の当たりにしたわたしたちもこのドラマに参加せずにはおられないような、そんな風に見ている人に働きかけてくるパワーがある。それがきっとわたしがこのドラマが大好きな理由の1つだろうと思う。三谷さんの作品に対する愛情の深さと人間性を感じずにはおれない。

それにしても、前半、香取くんの、セリフを言う前にちょっと(あるいは大きく)息を吸い込んで一瞬目をつぶって話し出すクセがとても目につく。途中から気にならなくなったから、意識して出ないようにしたのかも知れないけれど。ほんとに慎吾ちゃんの成長ぶりが刻まれたドラマだなぁ。

返却するまで、また心に焼き付けるように見返している。
あぁ、早くDVD-BOX買いたいなぁ。そしたら心おきなく見返せるというのに。
「多摩の誇りとは」の最後の近藤の満面の笑顔にまた涙。

ほんと、こんなに面白く、そして心動かされるドラマを見逃している人は本当に損をしているぜ!としつこく書いておこう。(笑)





今日、さるクライアントから電話がかかってきたのだが、携帯電話からだったのか、電話が遠くて声がよく聞こえない。何度か名前を尋ねたが、音が途切れて聞こえないので「申し訳ないのですが、ちょっと声がよく聞こえません」と言うと、向こうも「電波状況が悪くて聞こえない」とちょっとドスの利いた声が返ってきた。
電話の主はデネヒーさんという中年の男性だったのだが、「接続が悪すぎる、もう一度かけ直すから」といって再び電話がかかってきて、ちょっと不機嫌そうに、野太い迫力のある大声で彼は喋った。
声を聞いただけだけれど、なんだか恰幅のよさそうなどっしりしか感じが声から想像された。

電話を切って後で、このデネヒーさんはあのいぶし銀のバイ・プレイヤーとして活躍する俳優のブライアン・デネヒーの従兄弟だということを知った。そうなのだ、声がもう、ブライアン・デネヒーをイメージさせるちょっとデップリした、ドスの利いた感じだったのだ。


わたしの中で、ブライアン・デネヒーと言えば「建築家の腹」、「建築家の腹」と言えばピーター・グリナウェイ、ピーター・グリナウェイと言えばマイケル・ナイマン、マイケル・ナイマンと言えば「GATTACA」、「GATTACA」と言えばイーサン・ホーク、イーサン・ホークと言えばリチャード・リンクレイター、リンクレイターと言えば「School of Rock」、「School of Rock」と言えばジャック・ブラック、ジャック・ブラックと言えば「Let's get it on」、「Let's get it on」と言えばマーヴィン・ゲイ、マーヴィン・ゲイと言えば「What's going on」、「What's going on」と言えば「ザ・エージェント」、「ザ・エージェント」と言えばキャメロン・クロウ、キャメロン・クロウと言えば「あの頃ペニー・レインと」、「あの頃ペニー・レインと」と言えばフィリップ・シーモア・ホフマン!!

「Capote」での好演が形として評価されますように…。
ちなみにアカデミー賞の前哨戦となるゴールデン・グローブ賞は来月の17日。アカデミー賞のノミネーション発表は1月31日、授賞式は3月5日(いずれもアメリカ時間)。

というわけで、わたしの連想しりとりはフィリップ・シーモア・ホフマンでオチがつきました。





わたしはどうしてか長編の小説を読む持久力と集中力がなくて、短編を読むことが多い。たぶん、短い小説を続けて読むリズムも好きなんだろうと思う。
ノンフィクションが好きなので、それだったらどんなに分厚くても一気に読むことができるのだけれど。

志賀直哉の短編が好きで学生の頃から繰り返し読むけれども、とりわけ『焚火』と『真鶴』は清澄度の高い、一編の詩のような美しさを持つ小説だ。


志賀直哉は50代で東京に戻るまで、落ち着いた静かな田舎町を好んで転々と住まいを移り住んだ。そしてその土地土地の美しさやそこで得た経験をよく描写した。

志賀の小説には明らかに創作された小説と、そして自身の体験を基にした随筆のような小説があり、後者は特に「心境小説」と言われて限りなく随筆に近い小説の形をとった。

赤城に住んだ頃の話を題材にした『焚火』には特別な主題はなく、妻や友人たちと共に、夜の湖に船乗りに出かけた時のエピソードと、そこで聞いた友人のKさんの神秘的な体験談が描かれる。
山の空気、夜の湖、Kさんと彼のお母さんの不思議な出来事――これらが短い文章で綴られ、ものすごく透明度の高い澄んだ輝きを生み出している。

わたしは夏より冬が好きな人間で、みんなから変わっているとよく言われるが、それはひとえにスキーが出来る季節であることと、冷たいピリッとした澄んだ空気が心地よく感じられるからだ。

志賀直哉の小説にも同様の清澄さがあって、それがわたしの中で彼の作品(と作風)が好きな大きな理由だろうと思う。彼の作品を「詩のような小説」たらしめているその清澄さは、志賀直哉自身の人柄からくるものでもある。

芥川龍之介は志賀直哉の「心境小説」、特に『焚火』に動かされ、晩年自分もそのような作品を書きたいと目指したけれども、最後まで志賀の描くような作品を書くことはできなかった。師の夏目漱石に「どうやったら志賀さんのような文章が書けるんだろう」と話したら、漱石は「文章を書こうと思わず、思うまま書くからあぁいう風に書けるのだろう、俺もああいうのは書けない」と答えたという。

志賀と親交のあった和辻哲郎が、志賀から尾道や城の崎の話を聞くたび、その鮮やかな出来事の描写に驚き、目指していた作家の道をあきらめて学問の道に専念した、というエピソードもある。

志賀直哉に師事した阿川弘之は、

二つ(芥川と和辻)のエピソードは、志賀作品の魅力の本質を解き明かしていると同時に、小説家志賀直哉の、ある意味での弱点も暗示しているかに思われる。「思うまま書く」志賀流は、見方を変えれば「極めて我儘な書き方」ということで、分り易くとか、読者のためにとか、新聞雑誌の約束事にしたがってとか、その種の配慮を、直哉は生涯を通じてほとんど払っていない。外部から何かの制約が加わると、書けなくなるか、書いて失敗するかのどちらかであった。ある事柄に関し、これは説明を添えておかないともはや一般読者に通じにくいかも知れぬ、しかし説明すれば全体の調子が弱くなる、そういう場合、迷わず、説明しない方を取った。それ故、「暗夜行路」の中にも、今では何のことか、研究者ですら分からなくなってしまった表現がいくつかある。  (中略)
小説家が原稿の書き直しをすると、多少とも枚数が増えるのが常なのに、志賀直哉は書き直す度枚数が減ったという伝説がある。多分事実で、説明を避け、対象にじかに迫った的確な描出をしようとすれば、どうしてもそうなるらしかった。

と、文庫のあとがきで紹介している。

癇癪持ちで自我が強く、でも嘘が嫌いで不正を憎む(青年期に内村鑑三からキリスト教を学んだところからくるもので、それゆえに父親との対立も深まった)、そういう性格が彼の作品の透明度を高めているのだろうと思う。

そのあたりの人間性というのは村上春樹にも少し当てはまるものがあるのではないだろうか。彼のエッセイを読むとそう感じる時が少なからずある。(もちろん村上さんが癇癪持ちという意味ではありません)

『焚火』と同年の大正9年に発表された『真鶴』は、文庫にしてわずか6ページ足らずの瑞々しい短編だ。
これは志賀の幼い頃の記憶と後に軽便鉄道で彼が見かけた子供の兄弟を小説の題材にしている。
この2年後に芥川龍之介は『トロッコ』を発表するわけだけれど、やはり少年が主人公であること、軽便鉄道の小田原〜熱海を描いていること、ようやく家に辿り着いて安堵感から泣いてしまう様子など、志賀の『真鶴』を連想しないわけにいかない。こちらも少年の心理を鮮明に描き出している名作だ。

もう何年も前に、とてもお世話になった人が病気で茅ヶ崎の病院に入院された。
出張で東京へ出た帰りだったので、茅ヶ崎へ寄って、帰りは東海道線で小田原まで出てそこからこだまで新大阪に戻った。
東京〜大阪間は新幹線で一気に移動するのが常だったから、大学のゼミ旅行以来、東海道線でのんびりと海を見ながら移動した。その時、『真鶴』が収録されている文庫本を携帯していったので、夕暮れに電車が真鶴を通過する時に小説のことを考えながら伊豆半島の海を眺めた。

『真鶴』を読むといつもこの時の光景が思い出される。
かならずKさんを茅ヶ崎に見舞った時のこととセットになる。
小説自体はそんなこととは無縁の、幼い兄弟が真鶴から小田原へと短い旅をし、その間の出来事と兄の心理が綴られる短い話なのだが、小説の描写と実際の風景がリンクして蘇ってくる。

地下鉄で『真鶴』を読んでいて、父から自分たちの下駄を買うよう渡された駄賃を持って小田原に買い物に来たが、兄が別の店先にあった水兵帽に魅せられてもらった金をはたいてそれを買ってしまう、その件の二、三行でなんだか涙が出そうになって困った。
その短い旅で少しだけ成長する兄の姿を、志賀は簡潔な文章を重ねて瑞々しく描く。

お見舞いに行ってから1年ほどしてKさんは亡くなられた。
『真鶴』を読むとKさんを見舞った時のことが思い出され、あの夕暮れの相模湾の風景が蘇って切なくなる。
そんなことがあって尚のこと『真鶴』はわたしにとって特別な短編になってしまった。

 





tree2006今年ももう早クリスマスの季節になってしまった。
去年の今頃は大きなリサーチペーパーを書き終えて、ホッと一息ついている頃だった。
「Sideways」なんかもこの頃に見たんだっけ。

なんだかんだと忙しくなってしまい、ルームメイトがサンクスギビングで実家に帰った時にツリーを運んできてくれていたのに、結局飾り付けを手伝うことができなかった。というか、仕事から帰ってきたら既に飾り付けられていた。
彼女は「小さめの木」だって言うけど、それでも1m70cmぐらいはあって台の上に乗っているので、一人で飾り付けするとなると結構大変だったはずだ。 


いま街では”ラストミニッツ・クリスマス・ショッピング”のために走り回る人で賑わっている。
まだ23日と24日が残っている(!)から、本当にクリスマス・ショッピングが終わっていない人は慌てて買い物に走り回っていることだろう。

この時期の挨拶はだいたい

「もうクリスマスの準備(ショッピング)は済んだ?」

郵便局でも、プレゼントを送るために並ぶ人たちの長い長い列ができてとても混み合う。

わたしは宗教を持たないので特に意識したことはなかったが、こちらでは宗教の違いによって摩擦が生じることがよくあるから、公の場での発言にも注意が必要だ。
いつだったか、どこかの市長がクリスマスのお祝いに「メリー・クリスマス!」と挨拶したら、それはキリスト教信以外の信仰者への配慮を欠く、ということで問題になったことがあった。こういう場合は「Happy Holidays!」と言うべきだ、と。なるほど。

オフィスで今年1年おつき合いのあった皆さんへクリスマス・カードを送る時も、カードにサンタクロースのイラストなんかがあるのはまずいので、”Joy & Peace”なんて風に世界平和を祈る白いハトが描かれているようなデザインを選んだりする。

こういうところからも生活の中にある異文化を身近に感じ、他者と自分の違い、そしてそれをどう受け止めるのか、自分とは何者なのかということを学ぶ機会を得る。

こちらのクリスマスは家族と家で過ごす日なので、日本と違って商店や多くのレストランは閉まってしまう。だからクリスマスが特別な祝日ではないチャイニーズ・レストランだけが開いていて、大いに繁盛するという日でもある。

とりあえずはクリスチャンの母には Merry Christmas、ということで。

         Happy Holidays!

 





ふふふ、可笑しい。
ラーメンズだ。

Google Videoで「Documentary On Japanese Sushi」と題して公開されて、話題になってるみたい。
いいなぁ、小林賢太郎。(笑)

ボストンは大西洋に面した港町なので、シーフードは気軽に食べられる。日本人も多いから、和食の店もたくさんあるし、お寿司屋さんだってあちこちにある。さすがに回転寿司はないけれど、それに近い、カジュアルな寿司のお店は多くて、アメリカ人も外国の人もヘルシーだという理由から日本食は愛されている。
なので少なくともボストンで日本食に困ることはない。

それでもミナミの「淳ちゃん寿司」のあのデカくて柔らかなネギトロ巻きを思い切り食べたい〜。
大将、お母さん、お元気ですかぁぁぁぁ。

日本に帰ったら「もう堪忍、やめて〜!」ちゅーくらい食べるのだぁ〜!

【追記】
やはりラーメンズ!
土下座篇」もありました。(笑) 
うまいなぁ、小林賢太郎。

 【追追記】
リンクを貼っていたGoogle Videoから「Documentary On Japanese Sushi」は既に削除されてしまっているようです。あまりに検索でこのページを訪れる方がいらっしゃるので、取り急ぎお知らせです。(3/27/06)






今日、書店に立ち寄った。
日本ででもこちらでも、ブックストアは大好きだ。読書家でもないんだけれど、いろんなブックカバーを眺めて歩くだけでも楽しい。特にアメリカだと売り場スペースが広い分、ゆったりしていて気持ちもいい。

大阪だと堂島のジュンク堂、梅田の紀伊国屋、心斎橋のアセンス、ボストンだとDown TownのBORDERS、Harvard Sq.のHarvard Book Store、そしてCoolidge CornerのBook Smith に行くことが多い。
それぞれ書店の個性が出ていて好きだ。
とりわけジュンク堂とBORDERSは読書用のイスやカウチなんかが置いてあるから、興味のある本を何冊か選んでは居着いてしまったりする。

BORDERSの場合は中2階にカフェがあって、売り場の本をカフェに持ってって読んでもいい。太っ腹だ。コーヒーこぼして汚したって誰も怒りやしない。時々座ったテーブルに、前に利用した人たちが残していった本が山積みになっていたりして(時々カフェの店員が片づけに来るのだが)、ボディービルディング好きの人が読んだのか、何冊もボディービルディング雑誌が積まれていたり、ビル・クリントンの「My Life」がドーンと放っぽらかしてあったりして、どんな人が座ってたのか興味がわいたりすることもある。

何というか、わたしにとっては本屋はレコード屋と並んでワンダーランドみたいなところだ。

 


Life JL別の目的で立ち寄ったのだけれど、偶然にある1冊の本が目に留まって、パラパラめくっているうちに欲しくなって結局買うことにした。

「LIFE   Remembering John Lennon 25 Years Later」という、LIFE Magazineが特別編集した、ジョン・レノン没後25年を記念した写真集だ。

大きく分けて少年時代の「A Liverpool Lad」、ビートルズ時代の「The Fab Four」、そしてソロになってからの「John&Yoko」の3つのチャプターに分けられ、その時代を切り取った写真群で構成されている。

表紙をめくっていきなりの1ページ目に、彼の3つのパスポートの写真が掲載されていて、若き日のリーゼント姿の写真のジョン、サージェンと・ペパーズの頃の丸眼鏡に口ひげのジョン、そしてレジデンス(住居)が「U.S.A.」と記された、痩せて長髪のジョン。

最初のパスポートの「Profession(職業)」の欄に、「Student」と書いてあって、それが横棒で消されて後に「Musician」と書き換えてあるのと、3つ目のパスポートの「Children Enfants」の欄に、息子のショーンの名前「SEAN TARO ONO LENNON」と書いてあるのが印象的だ。ショーンくんの日本名は「小野太郎」だったんだ。

”Quarry Men”としてエルビスのようにギターを弾くジョン、Cavarn Clubでポールとマイクを分け合って歌うジョン、ミミ伯母さんの家の裏庭にて片手で生まれたばかりのJulianを抱くジョン、エド・サリバンと肩を並べて大げさな笑みを浮かべるジョン、ジョージ・マーティンとサウンドチェックをしているジョン、風吹きすさぶアップルのビルの屋上でギターを弾くジョン、ヨーコの肩を抱いて歩くジョン――これらはわずか10年足らずの間の出来事なんだなぁ。

晩年(といってもまだ40だったわけだけれど)の彼は頬がこけていて実年齢よりも遙かに老けているように見える。
わずかその5年前にショーンが生まれ、「主夫」となって世話をするジョンの写真と、ヨーコと腕を組んでセントラル・パークを歩く彼は、何だか余分な油が抜けた感じのように、まるで別人みたいに細く尖って見える。

「Double Fantasy」のレコーディング中、シャツにネクタイ姿のジョンが、レコーディング卓の前に座るショーンにそこがどういう空間かを説明している様子を撮った写真が好きだ。
両手を前に突きだして、「このたくさんのツマミはね…」と言っている声が聞こえてきそうだ。ちょっと背筋を伸ばして興味津々のショーンの姿も可愛い。

ジョンが1980年に撃たれて亡くなってから25年が経った。
彼が'62にビートルズとしてデビューしてから亡くなるまでの年月を、すでに遙かに上回っていたのか。

100何十ページかの写真の中に、その人の一生が収められている、そして大げさに言えば、その1枚1枚が20世紀のある時期の歴史を刻む写真なのだと思って眺めると、彼が生きていた時には感じなかった彼の存在の重みがより鮮明になる気がする。

ちょっとうつむいてマーク・チャップマンの要望に応えてサインをしているジョンの写真を見ながら、ジョン・レノンとビートルズが存在したこと自体が奇跡みたいなことだったのかも知れない、とふと思ったりした。





友人と出かけることになって、食事の後に久しぶりに映画でも観る?ということになった。
さて何を観よう?ということで、ちょうど「Memoirs of a Geisha」が公開されたばかりだから観に行こうか、となり映画館に足を運んできました。

★内容に触れる箇所がありますので、内容を知りたくない方はご注意ください。★

 


「Memoirs of Geisha」、まずはこの映画を見ている自分の状況をはっきりさせるのが難しい映画だ。

日本人が主人公で、日本が舞台の映画を英語で見ている――わかってはいることだけれど、これがね、ストーリー云々の以前に薄いカーテンが目の前をヒラヒラするみたいに常に映画への集中力を邪魔するのです。単純なこととして、つい「何で彼らは英語喋ってんの?」と思っちゃうわけです。誰に向けて英語で喋ってるの?と。
いや、別に日本人向けに作られた映画じゃないことは重々承知しているんだけれども。

元来アメリカ人が書いた日本を舞台にした日本人が主人公のフィクションを、アメリカの会社が制作し、アメリカ人が脚本(脚色)を書き、アメリカ人の監督が演出する映画なのだ。そりゃぁ英語喋ります。

なのだけれども、会話の中に頻繁に何の説明もなく(部分的に)日本語(「乾杯」「お疲れさま」「お姉さん」「お母さん」「水揚げ」など)が登場して、「外国人の描く日本」と割り切って見るわけにもいかない、かといって正確な日本人の描写でもない(正確である必要もないのだが)、というジレンマに陥ってしまうわけなのだ。

出演している役者が英語のネイティブスピーカーならもう完全に「外国人が描く日本」として割り切って物語りに集中できたのかも知れないが、演じている俳優たちがそうではないから、何だかスッキリとは割り切れないのだ。

とりわけ日本人俳優だと尚更だ。
もちろん彼らはダイアレクト・コーチについてすごく練習したはずだ。でも彼らは日本人だから、英語を喋っていても生々しく”日本人”を意識してしまう。役としては日本人を描いているのだから完璧なはずなのに、日本人ゆえに「アメリカの映画」に徹して見ることができないという矛盾。たぶんこの中途半端さが最初から最後までこの映画を見ている間中わたしの意識を支配して、結局物語に入っていくことはできなかった。

見る前からの興味として、みんな、どのぐらい英語での演技ができているんだろう、というのがあった。「英語でしゃべらナイト」で工藤夕貴が言っていた通り、まずセリフを覚えること自体が大仕事なわけだから、その上で演技をするというのはものすごくエネルギーの要ることだ。

渡辺謙、役所広司、桃井かおり、工藤夕貴、みんな演技においては巧い人ばかりだから心配はないけれども、英語で芝居をするとなるとまた違うかも知れない。
渡辺謙は「ラストサムライ」の時より滑らかに喋っていたのと、驚いたのはその渡辺謙よりも発音がよかった役所広司!
そして最後まで何を言っているのかほとんどわからなかった桃井かおり!
英語で芝居をしても「桃井かおり」であったのはある意味アッパレでしたが。(笑)

主人公の少女・千代が渡辺謙演じる "the chairman" に会ってから、一流の芸者になって彼に再び会えることを支えに芸者道に精進するところから物語が動いていくわけだけれど、この映画で唯一笑ったところ、それは芸事の学校に遅れてしまい、踊りの稽古中のクラスに彼女が駆け込んだ場面。
遅れてお稽古場に走って入ってきた千代とパンプキンに、踊りの先生(五世・井上八千代さんに似ていた)拍子を取り続けながら、" You / are / late !! " (3拍子)と怒ったのには笑った。ここはアメリカ人にもウケてました。

しかし映画の中の踊りの場面は、さすがにちょっと厳しいものがあった。やはり自分が古典芸能の仕事に携わっていた経験上、多少細かい目で見てしまうのかも知れないけれど、本来芸者さんの舞は座敷舞だから動きも控え目であんな曲芸師のような派手な踊りではないはずなのだ。映画にとっては着物を着て扇を持って踊る「日本舞踊」という記号であれば、正しい京舞でなくてもインパクトの強い踊りでよかったのかも知れないけれども…。

監督のロブ・マーシャルはインタビューで、
'' Because I wanted that freedom to tell the story and bring it to life with the best actors in the world. . . . I did not want to make a documentary of what a geisha is. That's not interesting or dramatic to me."
(わたしは自由に物語を描きたかった、そして世界中の優れた俳優によってその物語に命を吹き込みたかった…芸者が何たるかのドキュメンタリーを撮りたかったわけじゃない。それはわたしがやりたいことでもないし、わたしにとってはドラマティックでもない。)

つまりは、彼にとっては日本文化を正確に描くことがポイントではなく、日本を舞台とした1人の女性の物語を描くことが主眼だということだ。
そういう意味ではコン・リー演じる”初桃”に関してはツッコミポイントも多かったものの、キャラクターとして一番人間的でクッキリとした輪郭が見えた気がする。

それにしてもミシェル・ヨー、彼女は本当は倍賞美津子じゃないのか。前からずっと思ってたんだけど、本当に倍賞美津子に見えて仕方ないのはわたしだけですか。いや、美しかったんだけれども。

日本人男優2人、渡辺謙は貫禄があった。「いい男」オーラが出てました。見栄えがするといいましょうか、最後にチャン・ツィーとのラブ・シーンがあるのだけれど、あんな風にキス・シーンを演じることのできる日本人男優というのはそういないんじゃないかな。何というか空気が日本人離れしていました。

そして役所広司も多くは語られない役ながら、キャラクターをハッキリ打ち出していた。ただ、脚本上、あまり深く描かれていないので中途半端なまま終わっちゃうのが残念なんだけれど。

ただ千代の少女時代を演じた大後寿々花ちゃんは非常によかった。ちゃんとチャン・ツィーの面影も持っていて、でもひたむきさも感じさせて。「第二の鈴木杏」になるんでしょうか。

それからこの映画の音楽を担当したのはジョン・ウィリアムス。
先日ゴールデン・グローブでノミネートを受けていたけれど、わたしにはそれほど惹きつけられるスコアではなかった。中国的なメロディを導入してしまっているものや、歌舞伎のツケを取り入れて和風っぽく聞かせているものがあったけれど、やはり最後まで「どこか違う」感がぬぐえなかった。

ボブ・マーシャルは日本文化をリアルに描きたかったわけでははい、と言っていたけれども、同じように日本の文化を背景にした「ラストサムライ」を思い出す時、どうして同じように外国人が描いたドラマなのにこうも印象が違うんだろうと考えてみた。

この2作の決定的な違いというのは、設定の「嘘のなさ」がその物語の人間像にも大きく説得力をもたらしていたのではないかということだ。もちろん「ラストサムライ」にだって「そりゃないぜポイント」はあったけれども、あからさまに違和感を感じることはなかった。そういうことが自然に物語の流れにわたしたちを引き入れる役割もあったのだ。

日本人だからこそ、「Memoirs of Geisha」のリアルじゃない姿に引っかかってしまって純粋にこの映画を楽しむことができなかったのかも知れない。
残念ながらロブ・マーシャルが見せたかった「ドラマティックなゲイシャ・ストーリー」はこの「リアルでない感じ」ゆえに日本人のわたしにとってはたくさんの障害となって現れて、それらを乗り越えてストーリーに専念することができなかった。わたしにとっては残念ながらロブ・マーシャルが意図した「人間を深く描くストーリー」とはまるで逆に作用してしまった。

祇園の町並みも、人工的な色彩も、映像としてとりわけ強い印象は残らなかった。舞台出身の人らしい、限られた空間の中での演出に長けているからかも知れない。時折挿入された日本庭園の風景などもなんだか箱庭みたいだったものなぁ。
最後まで意識しなければ日本じゃない、どこか別の世界の話のような感じだった。…ということは、つまりはロブ・マーシャルが意図した世界観はちゃんと描かれていたということか?

とりわけこの映画にすごく期待していたわけではないのでガックリ落ち込むこともないのだけれど、ちょっと「ブロークバック・マウンテン」を見ればよかったなぁ…と思ってしまったのが本心です。

三谷さん、ご安心ください。
「SAYURI」はおそらく「The 有頂天ホテル」の敵ではないですよ!





今日偶然に「Cinema Daisuki」のHPを発見してしまった。
こんなのがあったんだ。ちっとも知らなかった。

かつて、たぶん80年代半ばか後半、ミニシアターが全盛になる前からだと思うけれど、大阪のよみうりテレビ(日テレ系)は深夜に「シネマだいすき」という映画枠を持っていた。
1週間、毎日特集のテーマに沿って選ばれた映画(多くはあまり目にすることができない映画やインディペンデント映画)を字幕ノーカットで放送するという、当時としては画期的な映画枠で、わたしはこの「シネマだいすき」という番組のファンだった。

 


とにかく番組作りが非常にオシャレで凝っていた。
単に選ばれた数本の映画が決まった時間に毎晩放映されるだけではない。毎回テーマの違う特集になっているので、それに合った音楽がテーマ曲として選ばれ、映画が始まる前にその特集の全映画放映ラインナップと詳細なデータとともに流される。画像と字幕解説のみなのだが(司会者や解説者はなし)、単なるあらすじ紹介ではなく、プロダクションの裏話や監督やスタッフに関するトリビアなども網羅している面白いものだった。 

たとえばSF映画特集の時はELOの「Mr. Blue Sky」がテーマ曲だったし、何の特集か忘れてしまったけれど、ストーンズの「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」だったこともあったし、フランス映画特集だったらヴァネッサ・パラディ(当時はまだそれほど有名ではなかった)のポップスだったりした。

アジア映画もたくさん特集された。
あの頃はアジア映画というと一部の中国映画(「赤いコーリャン」とか「菊豆」など)が評価を得るという状況だったけれど、普通TVでは放映されないような台湾や香港のニューウウェイブの映画もどんどん取り上げていた。「クーリンチェ少年殺人事件」で注目を浴びる前の、エドワード・ヤンの「恐怖分子」もここで取り上げられ(恐らくTVで放映されたのはこれが初めてだったのではないだろうか)、その時初めてエドワード・ヤンを知ったわたしはこの映画にビックリした記憶がある。

ものすごくミニシアター系の映画に精通している番組スタッフがいたはずで(もちろん専門家の協力もあっただろうが)、スタッフのインディペンデントフィルムにかける情熱と愛情が手に取るようにわかる、非常に優れた映画プログラムだったのだ。

「シネマだいすき」は確か年に3、4回ほどのペースで放映されていたと思う。一時期途絶えていたから、もうこの枠はなくなってしまったのかと思っていたけれど、HPを見ると現在も続いている様子で最新回は65回目だそうだ。

確か90年代のはじめ頃までは、年末に必ずその1年の映画興行界を総括する特番があって、品田雄吉が司会だったのだけれど、映画評論家が集まってその年公開された映画について朝まで語りまくり、映画の映像を見せまくり、そしてエンディングでは翌年公開予定の映画予告が配給会社ごとに間髪入れずに延々と流れた。
これがすごく楽しみだったなぁ。

わたしは「シネマだいすき」の会員で、特集があるたびにどデカイ新聞大の会報が送られてきた。これがまた収納に困るサイズなのだ。当時のミニシアターの変形パンフが流行していたから、その影響なんだろうなぁ。(ちなみにウディ・アレンの「Celebrities」のパンフも新聞大で、非常に邪魔くさかったと記憶している)

ルイ・マルの「さよなら子供たち」が公開された時、「シネマだいすき」は日本での公開に合わせてルイ・マルを招待して先行試写の特別イベントを行ったことがあった。
わたしはこの番組の会員だったので、そのイベントに無料で参加することができたから、友人と一緒に今はなき三越劇場(関西でのミニシアターの老舗でありました)に観に行った。

ちょうどそのイベントの日はルイ・マル監督のお誕生日だった。
会場の入り口でスタッフの人たちが入場する観客1人1人に何か説明をしていた。

「実は今日、監督のお誕生日なので、サプライズ・プレゼントを考えているんです。みなさんにクラッカーを1つずつ渡しますので、監督が舞台に登場してご挨拶されたら、合図を送りますから是非皆さんで(フランス語で)”お誕生日おめでとうございます、ルイ・マルさん!”と合唱してクラッカーを鳴らしてもらえますか?」

わたしたちはクラッカーとともに、ワープロ打ちされた小さな紙を渡された。そこにはカタカナとフランス語(…はわからないのでここは割愛)で、

「ボナニ メルセール ムッシュ ルイ・マル!」

と書いてあった。
ホールに入ってからも、スタッフの人がステージに上がり、上の言葉がみなでうまく言えるように練習まであった。なんて熱いスタッフだ。
何度か練習して何百人もの人間がなんとか合わせて言えるまで練習して、イベントは始まった。

ルイ・マルは当時10代半ばだったお嬢さんを伴っての来日だった。
日本はとても好きだ、とかプライベートの旅行も兼ねているから京都にも行きたい、というような挨拶をした。
その後合図があって、わたしたちは練習した「ボナニ メルセール ムッシュ ルイ・マル!」を唱和し、クラッカーを鳴らしてお祝いした。

監督は突然のことに本当にビックリしていたけれど、すごく嬉しかったみたいで、お嬢さんを抱き寄せては「メルシー」を何度も繰り返していた。
何というか、「シネマだいすき」のスタッフは本当にそういった遊び心と愛情にあふれていたんだろうと思う。

年末に会員に対して行われたアンケートがあって、感想欄に「毎回テーマに沿った音楽の選曲が非常にいいので、いつも楽しみにしている」とコメントを入れたことがあった。
そしたらわたしの元に、その選曲を担当しているスタッフから「音楽も楽しみにしてもらっているというのはとても励みになる、ありがとう」とメッセージの書かれたメモとともに、よみうりTVが主催する翌年1年間分の映画試写会の当選通知が届いた。
たぶんこれで25本分ぐらいはタダで映画を見たと思う。(笑)

それにしても過去のラインナップを見ると、よくこれだけ毎回毎回渋いテーマを見つけて特集を組むなぁ、とそのエネルギーに脱帽する。今はもうわたしがかつて見ていた頃とはスタイルも違っているのかも知れないけれど、ラインナップからしてポリシーはあまり変わっていないようにみえる。

印象に残っているのは

#2「SF再考」
#8「名監督シリーズ?」
#11「異常心理学入門」
#13「ソビエト映画シリーズ」
#16「フランス映画フェスティバル」
#18「アジア映画特集?」
#29「ルイス・ブニュエルの世界」

見逃していて見たいと思うのは

#41「小津そして あるいはヴェンダース」
#42「カメラという身体〜ゴダール/原将人/C.ドイル」
#54「斬る!」

初期にヨーロッパ映画が多く、後半になるにつれ日本映画、アジア映画を特集する割合が増えているのは、観客(視聴者)の映画に対する視線の変化も感じられて面白い。

以前のエントリにも書いたけれど、関西で面白いことの情報発信源はいつもよみうりTVからだった。
「サムライフィクション」で有名になった中野裕之も当時よみうりTVのディレクターで、中島らもが司会だった伝説的なシュール番組「なげやり倶楽部」(ちなみに記念すべき第1回のゲストは細野さんとシーナ&ロケッツ)も彼の演出だったのだ。

よみうりTVには関西サブカルチャー発信源としての歴史があるのだ。
がんばれ、よみうりTV。

そう言えばわたしは少なからずよみうりTVには縁がある。
その昔、よみうりTVの土曜の朝番組で上岡龍太郎と遙洋子が司会を務めるトーク番組があった。毎週、ゲストを招いて(多くは番宣)トークをするという番組なのだが、スタジオに観客を入れて収録する、その観客のサクラのバイトをやっていたことがある。
座っていればいいだけで、有名なゲストに生で会えて、短時間で高収入という非常に割のいいバイトだった。

やっぱりいいTV局だぞ、よみうりTV。
がんばれ、よみうりTV。





この間FMをかけていて、ある曲で耳がピクッと留まってしまった。
家だったので速攻でそのFM局のHPにアクセスして曲名をチェック。

それはZero7の「Destiny」という曲だった。
Zero7? 知らない。
というわけで「検索くん」発動。


 


zero7Zero7はロンドン生まれのヘンリー・ビンズとサム・ハーディガーのプロデューサー・ユニットであった。
この「Destiny」が収録された2001年の彼らのデビュー・アルバム「Simple Things」はどの情報を見ても大絶賛だった。ネプチューンズ(好きです)をも虜にした、とある。「Simple Things」は4年も前の作品だったのかー。
2作目の「When It Falls」も評判がいい。ウェブサイトで聴いてみたら、どの曲もホントに心地いい。

「チルアウト(chill-out)」「アンビエント」「クール」「メランコリック」――彼らの音楽を表現するのにこういう言葉が頻繁に使われていた。なるほど。確かにくつろぎながら聴くのがピッタリの音楽だ。なんだか夢の中を浮遊している感覚に陥ってしまう。どの曲もメロディアスで美しい。「This World」なんか、聴いていると曲の世界に吸い込まれていってしまいそうだ。

なぜかわからないけれども、わたしの場合、新鮮な驚きと発見を与えてくれるのはイギリスのアーティストの場合が多い。Zero7はよくフランスのAir と比較されるようだけれど、わたしの中ではZero7はSwing Out Sister と同じにおいがするのです。やっぱりUKの香り?

しかし長い間わたしはBeckをイギリス人だと信じて疑わなかったので(彼がロス出身だと知った時は軽くショックでした)、あんまり当てにはならないんだけど。

それにしてもZero7は去年 Fuji Rock に出演したって書いてあるけど、彼らの音楽はどうやってライブ演奏されたんだろう。興味あるなぁ。あの熱いフェスでどういう風に聴衆に迎え入れられたんだろう。

年を経るごとに、昔よく聴いていた装飾の多いオシャレな音楽への興味は下降し、代わりにシンプルでストレートな、聴く人の心に真っ直ぐ向かってくるような音楽に興味が移っている。「魂を揺さぶる」とまでは言わないけれど、必要以上の装飾は要らなくなってしまった。理屈抜きで心に入ってくるものを受け容れたい、そういう傾向が最近自分の中では顕著になってきた。

Zero7は美しくて心地いい。そしてちょっとアーティフィシャルな感じもする。きっと時々思い出したように聴くのがベストなのかも知れない。
とりあえず時間があったら明日にでもCD屋に寄ってチェックしてこようかな。





「God give me strength」、これはバート・バカラックとエルビス・コステロ共作の名曲です。
この曲を初めて聴いたのは、WOWOWで放送された「Grace of my heart」という映画を見た時だ。この映画が作られたのが1996年で、恐らく日本で公開されたのは翌年ぐらいだろうから、わたしがWOWOWで見たのは1998年あたりだったかも知れない。

graceたぶんこの映画を何気なく見ようと思った理由は、エリック・ストルツ、マット・ディロン、そしてジョン・タトゥーロが出ていたことと、マーチン・スコセッシが総指揮を執っていたことだったかも知れないけれど、今となってははっきり覚えていない。

ストーリーもおぼろげだ。
確か60〜70年代頃のアメリカで、お嬢さんの女の子がシンガーに憧れてオーディションを受けてプロになるのだがあまり売れず、その代わり作曲家としての才能を見いだされてヒットメイカーになっていく。その音楽家としての成功と、彼女の女性としての生き方(恋愛、妻、母)を当時の音楽産業の様子とともに描いた映画だった。
細かいディティールを思い出せないので大ざっぱに書いてしまうのだけれど、イレーネ・ダグラス演じる主人公の女の子のモデルがキャロル・キングだと言うことだった。


この映画の主題歌となる「God give me strength」を彼女が作曲して披露するという設定になっているのだけれど、劇中で実際に歌っていたのはイレーネではなくクリスティン・ヴィガード。
サントラの方では確かコステロが歌っているものが収録されていると思うのだけれど、個人的にはクリスティン・ヴィガードが歌っているバージョンの方がかなり好きだ。ちょっと鼻にかかったような声で切なく歌っている。

残念ながら「Grace of my heart」はそれほど大ヒットというわけではなかった。わたしの記憶にも深く刻まれることはなかった。でもこの「God give me strength」を聴くチャンスを与えてくれたことはものすごく大きかった。クリスティン・ヴィガードの歌声はわたしの心を揺さぶってしまった。そしてこの「God give me strength」の楽曲もとても高い評価を残した。

その当時、サントラを探したけれど見つけられなくて、仕方ないのでわたしは録画していたVTRから歌詞をおこして歌っていた。曲がバラードでゆっくりなのと、歌詞が非常にクリアに歌われている(カーペンターズのようです)ので、原始的に何度も何度も聴いてメモにとった。歌ってみたら音域の恐ろしく広い難しい曲で、けれども切なく美しく、そして何より気持ちがよかった。(歌えてないけど)

1998年にバート・バカラックとエルビス・コステロの共作「Painted From Memory」が発表され、その名盤に2人の作った「God give me strength」も収められた。

コステロ版の「God give me strength」はピアノ伴奏だけのヴィガード版よりもっとエモーショナルな感じで、アレンジもストリングスが壮大に盛り上がり、バカラック音楽の特色とも言えるサックスもムードを高めている。
コステロの声というのは男性ヴォーカルのなのに本当に色っぽい。あのビブラートが特に。サビの「God give me strength」の部分はかなり高音になるので、彼はファルセットで歌っているが、そこがまた何とも言えず色っぽさがある。

このアルバムが出る前だったか後だったか、ちょっと記憶が定かではないのだけれど、たぶんその当時にコステロのコンサートを聴きにに行った。
往年の名曲たちも演奏され、アンコールも盛り上がった。観客の反応がよく、彼はとても楽しそうだった。アンコールの最後の最後、彼は来てくれた聴衆に心から感謝の気持ちを伝えて、そしてバンド演奏なし、マイクもなしのアカペラで「God give me strength」を歌った。

マイクを使わなかったのに、わたしがいた2階席にまで彼のよくのびる歌声は信じられない大きさで届いた。あのビブラートで本当に空気が振動しているみたいに、心にドーンと届いたのだ。
「来てくれて本当にありがとう、私の歌声をどうぞ聴いてください。これは皆さんへの御礼のプレゼントです」と言っているかのような「God give me strength」に感動してしまった。
他の会場のアンコールでも同様だったのか、大阪のライブでだけで披露されたことなのかわからないけれど、彼が歌い終わって一瞬沈黙があって、再び歓声の嵐に包まれたコステロはとても幸せそうだった。

「God give me strength」を聴くとこの夜のことが思い出される。
シンガーとしてのコステロの力量もさることながら、この曲の美しさったらどうだ。バカラックの曲はどうしてこんなにも切なく美しいのだろう。

何度聴いても何年経ってもその美しさは色褪せない。
そして必ず歌いたくなってしまうのだ。
結局うまくは歌えないのだけれど。

 





うわー、ムカッパラ立つ〜。
ものすごく一生懸命書いたエントリを投稿しようとしたら「サーバーにつながりません」って出て、アッと言う間に消えてしまったー!
ムカーッ!うーん、もう寝ようと思っていたのに、あまりにもストレスフルなので、もう一度書いてやる〜!(同じものは書けませんが)

というわけで、ここからは録画をお願いしていたWOWOWの「蜷川幸雄2005〜疾走する70歳〜」が届いたので、その番組の感想です。

 


この番組は蜷川幸雄の2005年の仕事を振り返るドキュメント。
年末、今年蜷川さんが手がけたコクーンの舞台全作品をWOWOWで放映するから、その前宣伝も兼ねているのですね。

それにしても今年も相変わらずものすごい仕事量。
2月の「 幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」に始まって、「KITCHEN」「メディア」、そしてNY公演もあった「近代能楽集」、歌舞伎の「NINAGAWA 十二夜」、そしてこの秋の公演「天保十二年のシェークスピア」まで。本当に休む間もなし。

面白かったのは、彼が「今年を振り返って」という質問に対して、「自分のことがよく分かりました。屈辱的な怒りの持続力っていうことだけはあるんだなぁと、僕を突き動かしてるのは幸せな感じと言うよりは孤立感だなぁ、と。なんかいつまでも、怒れる若者じゃないんですけど”怒れるジジイ”という人間なんだってのが実に良く分かりました。」と言っていたこと。

彼が若き日を過ごした60〜70年代は「反体制」の時代だったから、
やはり「怒れる若者」のエネルギーというのは彼の中に今も静かに流れているんだなぁ。

蜷川幸雄というと誰しも「灰皿を投げて怒る」というイメージがあるけれど、彼の舞台で仕事をした役者は口を揃えて「それはイメージの一人歩きだ」と言う。
演出助手の人が「蜷川さんは皆に求めることも厳しいけれど、自分にも人一倍厳しい」と語っていた。自分の理想とする芸術に到達するための妥協を許さない人なのだろうな。その分、家族との時間を犠牲にしてしまったことを反省していたけれど。

だから皆、蜷川幸雄が目指す場所へ彼と共について行きたい、と思うんだろうな。役者もスタッフも、誰もが「蜷川さんの言うことに『それはできない』と言いたくない」と言う。皆、蜷川さんに認めてもらいたい、蜷川さんの期待に応えたい、そう思っている。そう思われる蜷川幸雄という人はやっぱり大きな存在なんだなぁ。

インタビューを受けた一人、毬谷友子のコメントが印象的だった。
1つの舞台を完成させるということだけでなく、蜷川さんは役者の人生までも引き受けるということをしてくれる演出家だと。

蜷川幸雄の秘蔵っ子と言われて、蜷川から特別目をかけてもらっているように思われがちな藤原竜也ですら、「今出演している舞台がダメだったら(蜷川幸雄の期待に応えられなかったら)、蜷川さんとの次の仕事はないと毎回思っている」と、常に自分の持てる全精力を注がないと蜷川さんの目指すところには行けないプレッシャーを語っている。

蜷川さんがインタビューに答えて印象的だったことが2つある。

一つは「『知らない』『わからない』ということは恥だと思わなければダメだ」ということ。そして二つ目は「果物は青さが残っている方が好き」という発言。

わたしが最近ずっと感じていたこと、「『知らない』というのは恥ずかしいことなのだ」というのを、蜷川さんはハッキリ言葉にしていた。溜飲が下がりました。
「知らない」ということは、ある時には強い味方になることもあるけれども、知っていなければいけないことを知らないのは恥ずかしいことなのだ、と世間で言いづらくなってしまったのは何故だろう。わたし自身、口やかましい大人にはなりたくないと思っているが、容認することは真の優しさではないことを、もっと自覚しないといけない。

人との出会いというのは縁に導かれることが多いが、この間見た「英語でしゃべらナイト」で坂本龍一が、「英語で"Right Place,Right Time"という言い方をするけれど、その場にその時にいてその人と出会う、というのも(人と出会う)才能なのだ」と語っていた。

インタビューを受けた俳優やスタッフは皆蜷川さんと仕事が出来ることを光栄に思い、彼に認められたいと思い、彼の期待に応えたいと努力している。
蜷川さんは情熱あふれる優れた演出家であると同時に、彼らの成長を見守る師でもある。

どのぐらいの人が他者の人生の中で「この人に認めてもらいたい、この人と出会えてよかった」と思ってもらえる存在になり得るのだろう。
そう考える時、やはり蜷川幸雄という人はそう思わせるカリスマと、才能と、努力を備えた人なのだな、というのが印象に残った。

来年から彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督にも就任すると発表があった。
蜷川さんはまだまだ疾走を続ける70歳だ。

 





今年はほどんど洋楽を聴かずに過ごしたために、それほど洋楽シーンにも詳しくない。そんな中でグラミー賞のノミネート作品が発表になりました。


マライア・キャリー、カニエ・ウェスト、そしてジョン・レジェンドがそれぞれ最多の8部門でノミネート。

”マライア・キャリー復活”が話題なんですね、今年は。
でもわたしは彼女に代表されるような「歌姫系(?)」の音楽を全く聴かないので、今年を代表する1曲となった「We belong together」を知っているのみ。

カニエ・ウェストはデビューアルバム「The College Dropout」に続く「Late Registration」が今年も高い評価を得た。この2作のアルバムタイトルの命名センスが好きです。
「The College Dropout」は「大学中退」、「Late Registration」は「遅れた履修登録」とでも言うのかな。ちなみに次のアルバムタイトルも既に決まっていて、「Graduation(卒業)」になるそうです。ようやく卒業できるのか。(笑) 
ラッパーながらカニエ・ウェストのファッションはいつもすごくトラッドで、コットンシャツに白のニットのセーターだったりする。2作ともアルバムジャケットには可愛らしいクマのマスコットが登場し、彼がそれをかぶっているわけですが、自分自身をカリカチュアしたような、それでいてそういうところにも彼の知性と品の良さ、そしてウィットが感じられてワイルドさがウリの他のラッパーたちとは一線を画しているように感じます。

昨年のグラミーでは最多の10部門でノミネートを受けながら、最終的には「ベスト・ラップアルバム(The College Dropout)」「ベスト・ラップ・ソング(Jesus Walks ←名曲!)」「ベストR&Bソング(アリシア・キーズの「You don't know my name」の共作者の1人として)」の3部門の受賞にとどまった。

今年も最多ノミネートの1人となったカニエだけれど、
" If I don't win Album of the Year, I'm gonna really have a problem with that "
もし今年「アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞しなかったらこれはかなり困ったことになるね)

VH1のインタビューで答えている。
「賞をもらう、もらわないは音楽を作る上では関係ない、発言の場が欲しいだけだ」と語っているものの、はやりグラミーは彼にとって大きな存在なのは確かなようだ。裏を返せば自分の作品に対する絶対なる自信の表れでもあるのだけど。彼としてはラップのジャンルだけではなく、全作品の頂点に立ちたい、ということなんですね。

ジョン・レジェンドはカニエとずっと共に仕事をしてきたキーボーディストでありソングライターだ。昨年もっと注目を浴びていいと思っていたけれど、今年きました。初めて彼の「Ordinaly People」を聴いた時はジェイミー・カラム(昨年ジャズ部門でグラミー受賞!)かと思いましたが、彼の「Get Lifted」は彼のメロディ・メイカーとシンガーとしての才能がつまった名盤です。今年の新人賞はジョン・レジェンドが獲るんじゃないかな。

しかーし。
わたしの興味の多くは上記の3人ではなく、次の皆さんに注がれております。

 Best Male Pop Vocal Performance
  Jack Johnson - ”Sitting, Waiting, Wishing” 
     ("Pop"と言われると少し抵抗を感じなくもないですが…)

 Best Pop Performance By A Duo Or Group With Vocal          Maroon5 - "This Love"
     (なぜ今年「This Love」なのだ?? 去年ならわかるけど…。ちなみにこのカテゴリーで
   は他にThe Killers と The White Stripes とも競うことに)

 ● Best Pop Instrumental Album 
    Burt Bacharach - "At This Time"
   
(このアルバムは聴いていませんが、バート・バカラックが獲ってくれると嬉しい、という
   ファン心理で…本日のわたしのBGMは”What the world needs now”なのだ)

 ● Best Electronic/Dance Album 
    The Chemical Brothers - "Push The Button
    Kraftwerk - "
Minimum-Maximum"
     (ケミカル・ブラザースとクラフトワーク!!

 ● Best Rock Performance By A Duo Or Group With Vocal
    Coldplay - "Speed Of Sound"
    Foo Fighters - "Best Of You"
    Franz Ferdinand - "Do You Want To"
    The Killers - "All These Things That I've Done"
    U2 - "Sometimes You Can't Make It On Your Own"
    (このカテゴリーは個人的に激戦です。がんばれ、Foo Fighters ! "Best Rock        Song" も "Best Rock Album"にも祝ノミネート!)

 
Best Rock Instrumental Performance
   Adrian Belew - "Beat Box Guitar"
   Stewart Copeland - "Birds Of Prey"
   Joe Perry - "Mercy"
   Steve Vai - "Lotus Feet"
   (このメンツもすごいです)

 
Best Alternative Music Album
  Beck - "Guero"
    Franz Ferdinand - "You Could Have It So Much Better"
    The White Stripes - "Get Behind Me Satan"
   
(個人的にはBeckに一票!)

その他、ポール・マッカートニー、スティービー・ワンダー、ブルー・スプリングスティーンらの大御所も複数ノミネート、「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」でパット・メセニー・グループの「The Way Up」(非常に実験的)、そして喜多郎も例年通り(?)のノミネート(本当にアメリカ人は喜多郎好きなのね)、そしてわたしが楽しみにしているもう1つはコレ、サントラ部門です!
嬉しいことに「ナポレオン・ダイナマイト」がノミネートされている!(拍手!) 
それからボブ・ディランの「No Direction Home」もノミネートを受けてますよ、デヘヘさん!

聴いてない、というわりには細かい紹介になってしまった。
まだどのアーティストがステージでパフォーマンスを披露するかなどの具体的な情報も発表になっていないので、とりあえずは来年の2月8日のセレモニーを(アメリカ現地時間)を楽しみに待つことにします。

 





朝眼が覚めたらなんだか表の通りがにぎやかだ。
車の走る音も何だか鈍く、嫌な予感…。

あぁ、外はものすごい雪で真っ白な銀世界に変わっていた。
ここのところ本当に寒くて、最高気温が氷点下。先日友人のゴスペル・クワイヤーの発表会があったので見に行って来たけれど、帰りの道のりは厳しかった…本当に外に出ただけで涙が出るんだもん。家に帰って外気をチェックしたら−7℃だった。
今日も最高気温は0℃です。

表のにぎやかさは舗道の雪かき衆の話し声だった。
建物の前にある舗道の雪かきは、建物の持ち主の責任です。道路の雪かきは市が管理しているけれど。
だからもし家の前で誰かが雪で滑って転んで怪我でもしたら、その舗道の前にある家の持ち主が訴えられて賠償金を払うことになるのです。そういうケースが多々起こるため、東海岸で不動産を持っている人たちは早朝誰よりも早く起きて、まず雪かきをしなければいけない。まぁ、そうしないと自分の車も出せないわけですが。


さっき「SmaSTATION-5」のHPを見たら、先週は広中平蔵大臣がゲストだった。
「ヘンシュウコウキ」で慎吾ちゃんは「現金がなくなる日が来るのか?現金を持っていないと不安」と書いていた。

こちらの生活でももちろんキャッシュは必要だけれど、日本に比べると使用頻度はかなり劣る。電車やバスの運賃、コインランドリー、ダンキンドーナッツなどのコーヒーショップでは現金を使うかな。でもマクドナルドやウェンディーズなどのファーストフードではカードが使える。レストランの食事もカードでいいし、もっと言えばキャンディ1個だって、ジュース1本だってカードで買える。ATMマシンは24時間開いているし、受け付けてもらえればチェック(小切手)も使えるから現金は持たなくても大丈夫。本当にキャッシュレスの生活なのだ。
といいつつ、わたしはいざという時のために常にいくらかの現金は所持しているのだけど。でもたとえ現金がお財布に$5(600円ぐらい)しかなくても全く心配はしないかな。

日本にいた時は、ATMが開いてる時間内にお金下ろしにいかなきゃ…とか、現金でなきゃダメなところも多かったから、クレジットカードはまとまった買い物をする時ぐらいにしか使わなかった。後は月極料金を払うものの引き落としとか。

こちらではカードが中心の生活になるので、もし日本に帰ったら少し不便を感じるかも知れない。こちらではクレジットカードとは別にデビッド・カードを頻繁に使う。日本でもポピュラーなのかな?
これは銀行のバンク・カードとクレジット会社が提携しているサービスで、クレジットカードみたいに1ヶ月後に引き落とし、というのではなく、銀行のアカウントにある残高の範囲内でしか利用できず、お金もその場で引き落とされるシステム。だからクレジットカードのように今お金がなくても買えてしまう、ということはなく、銀行に持っている金額以下でしか使えない、というわけです。

そして便利なのはキャッシュ・バックというシステムがあって、例えばコンビニとかスーパーで買い物した時にカードで買い物をすると、「キャッシュ・バックが必要ですか?」とマシンが聞いてくる。いくらかの現金を持っておきたいと思えばパネルの「Yes」を押すと、わたしの銀行口座から希望金額を自動的に引き落とし、レジの人が現金を渡してくれるのだ。つまりは銀行のATMマシンと同じ役割をスーパーが果たしてくれるのです。銀行に行かなくても、スーパーで買い物したついでに自分の現金を引き出せるという便利なシステムです。レジでお金を払う時に「あ、ちょっとキャッシュ持っておきたいな」と気がついたら、キャッシュ・バックを利用すれば銀行に行ったりする手間が省ける。と言っても、こちらでは銀行やATMマシンは至るところにあるので、わざわざ出かけて行ったりする必要もあまりないのですが。(少なくとも大きな都市では)

今日本は「お財布携帯」が普及してきているらしいから、アメリカとはまた違った金融文化が進歩しているのだろうな。
だって日本の携帯電話の進化のスピードはとんでもなく早いもの!
日本の携帯を知っていると、こっちの携帯なんて化石みたいなもんです。まぁ、最近はちょっとマシか。

あぁ、出かけなきゃいけないけれど、こんなに雪が降っている…。
ものすごーく降り積もっている…。
表では男性の話し声がずっとしていて、雪かきマシンがさっきからずっとウィーンウィーンと音を立てている。

本格的に雪がたくさん降る前に、窓からエアコンを取り外さなければ。力仕事なのでつい面倒くさくて後回しにしていたけれど、この週末の「やらねばならない最優先項目」になってしまった。

あぁ、気分はかる〜く ”シャイニング”。
外はまっしろー。

 





山本耕史くんが紅白の司会メンバーの1人に決まったそうですね。
お相手は仲間由紀江だそうなので、来年の正月時代劇(続編)と大河の番宣コンビになるわけなんだ。

どのみち、グループ魂&山崎まさよし、(そしてさり気なくSMAP)を見てみたいので録画をお願いしようと思っていたのだけれど、これはダメ押しでしょうか。

 


別に紅白の司会を引き受けたことに関して特別な感情はありません。が、ちょっと複雑な心境だ。できれば次に彼に出会う時というのは、お芝居で新境地を開拓する山本耕史に会いたいなぁ、と。

三谷さんが「会津にばかり行ってないで、今後は早く土方から離れて次の新しいことをやって欲しい、早く抜け出して欲しい」と雑誌で語っているそうだが、その気持ちはわたしにもとてもよくわかる。
もちろん「新選組!」での山本・土方は見たいのです。見たいのだけれど、それと同時に次のステージに上がっていく山本耕史の、俳優としての引き出しの豊富さも見てみたいのです。

「新選組!」でこれまでの山本耕史のイメージを一新させたことでは満足できず、やっぱり「もっともっと新しい山本耕史を見せて欲しい」と思ってしまうのは貪欲すぎるでしょうか…。

これは堺さんにも同じ気持ちがあります。「新選組!」の後、舞台や単発ドラマにもいくつか出演し、月9のキムタクドラマにも出ていたけれど、それでも個人的な印象として堺さんが「新選組!」をキッカケにグーンと飛躍した、というイメージがない。何というか、まだ堺さんの芝居の多彩さを堪能できるものに出会っていないというか。

耕史くんも、「新選組!」後、ドキュメンタリー番組やドラマ・舞台への出演、音楽活動もやっているのは知っているけれど、わたしにとってはやはり彼のイメージの大きな部分をまだ「土方歳三」が占めている。
来年の続編放送の後、本当に土方歳三が肉体を失った時に山本耕史も次のステージに移動していくのかな。

現在、耕史くんが漱石の「夢十夜」の映画化(オムニバス)で、第四夜のエピソードの主人公を演じているという情報が彼のHPに出てました。
わたしは「夢十夜」の「第三夜」を初めて読んだ時、ほんとにゾッとしましたね。あれは怖かった。なんて不気味な話なんだ。

あぁ、また思い出しちゃったよ。
やだなぁ!

何のかんのいいつつ、とりあえず今年の紅白は録画保存決定です。
ところで、SMAPが歌う時、耕史くんが紹介するのでしょうか。(←結局ミーハー)

 

 







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