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2,3年に一度、抗しがたい眠気に襲われて信じられないぐらい深い眠りに落ちてしまうことがある。

夕べ、ご飯を炊いて、それが炊きあがったら少ししてそれを蒸らして冷凍保存しようと思っていた、そのわずか20分ほどの隙にその深い眠りが訪れた。
定かではないが、おそらくわたしは夜の9時半ごろには既に眠ってしまっていたようだ。(ルームメイトが部屋の電気を消してくれていたみたいだ)
夜の9時半に寝るって、あたしゃぁお子さまかぃ!

長きに渡り、わたしは慢性睡眠不足の生活を送ってきているので、何だかわらかないけれども、突然ものすごーく眠たくなる時が、それこそ2,3年に一度ぐらいある。
それが昨日だったのか。


そんなわけで、ご飯は炊きっぱなし、PCはつけっぱなし、ついでに電気もつけっぱなしで寝てしまい、眼が覚めたら朝の5時半だった。
平日に8時間の睡眠というのは、村上春樹とジョン・マルコビッチに連チャンで遭遇するぐらい、わたしにとっては珍しいことだ。

しかし出かけるまでには十分に時間があるので、今日のランチと晩ご飯用のおかずと、あといくつかのお料理を作っておいた。
コーヒーを入れて、朝っぱらから『rockin' on 12月号』(届きました)なんて読む余裕すらあるぞ。朝から Wes Montgomery も聴いちゃったりするぞ。

なんて優雅な朝なんだ。たっぷり睡眠を取って早起きするというのはなんて爽やかなんだろう、なんて清々しいの!
そして朝の光を入れましょう、と思ってブラインドを開けたら…
外では大雨が降っていた。

…やっぱな。
普段やりつけないことするからなのか。
えーん、わたしの爽やかな朝を返してくれぃ。

 





友人が小林聡美のエッセイ『マダムだもの』を読み終わったというので貸してくれた。肩の力の抜けた、彼女らしいエッセイだ。
といってもご主人の三谷さんのエッセイ『ありふれた生活』によると一見大らかそうな彼女であるけれども、実はとても繊細で人見知りでもある、というようなことが書いてあったので、やはりメディアから伝わるイメージと実生活を共にしている人からの情報というのは違うものなんだなぁ。
わたしも小林聡美はシャキシャキしてアッケラカンとした人だと思っていた。もちろんそういう面もあるのだろうが、彼女のエッセイを読んでいても、彼女がとてもこだわり派で、コマメなきれい好きな人だというのが伺える。


読んでいて可笑しかったのは、夫婦で同じネタをエッセイに使っていること。
愛犬とびの話、生ゴミ処理機の話、ピアノのお稽古始める話等々(さすがに時代劇フィギュアの話はマダムの方には出てきませんでしたが)、やはり同じ業界で仕事をしていて、お互い家で過ごす時間が長いとなれば自然とネタもかぶろうというものだ。というか、このお二人は本当に「この人以外の伴侶ではダメだ!」というぐらい名パートナーな気がします。
よかったね、三谷さん、あきらめずに頑張って!(by 総司)
この総司の左之助へのセリフは三谷さんの本心から出たものだったのかなぁ。(笑)

三谷さんの『仕事、三谷幸喜の』(角川文庫)も送ってもらう荷物に入れて欲しい、とお願いしていたのでそれも入っていた。実はこれの元になっている単行本『Now and Then』は買って(実家に)持っているのだけど、この文庫の方には『Now andThen』以降の情報も新しく加わっているということなので頼んでおいた。

三谷さんのご母堂・直江さんの特別寄稿がいいです。お身内にしかわからないエピソードも披露されていて面白かった。
可笑しかったのは、

”こんなこともありました。六年生の時、謝恩会で、作・演出・衣装・音響を担当して『国定忠治』をやったんですが、国定忠治役には、ご両親が共働きで一度も学校に見えたことのない同級生を推薦したんです。それで、ぜひ来てくださいってご両親をお誘いして、ご両親は涙を流して観ていらっしゃいました。その子とは、それからずっとつき合っていたんじゃないでしょうか。そういう優しいところもあるんです。かと思えば、稽古に来なかった子は即座に切る。そんな小学生でした。” (p199)

最後の一行に大笑い!(笑)

”私はテレビドラマも日本映画も好きじゃないんですが、三谷幸喜のファンなので、息子のだけは観るんです。舞台も含め、今までやってきた作品の中でもっとも好きなのが「今夜、宇宙の片隅で」。演出家の方が別にいらしたので見せ方の違和感はありましたが、作品的にはあれがいちばんあの人らしかった。” (p202)

三谷さんはお母様の寄稿の最後に注を付けて、”こんな親ばかな文章を掲載していいものかどうか悩んだが、一生懸命書いてくれたので載せることにします、彼女が悲しむ顔を見たくないのです”と綴っている。三谷さんの優しさが感じられます。

お母さんが三谷さんのことを「あの人」と呼び、三谷さんがお母さんのことを「彼女」と呼んでいるのを見て、おそらく三谷さん親子は随分昔からお互いに自立した大人同士として接してきたのだろうなぁ、という印象を受けた。こういう母と息子もあるんですね。

三谷さんの育て方は、お母さんの文章にもあったけれど、「すべて本人任せ」。学校を決めるのも本人のやりたいようにやらせる。
普通子供が芝居をやって食べていきたい、って言っても「じゃぁ頑張っておやりなさい」と言える親はなかなかいないと思うけれど、三谷さんのお母さんは彼の才能を早くから認めていて応援してあげていた節すらある。きっと最初の、そして最大の三谷幸喜ファンなんだろうな。やはりこの母にしてこの子あり、という感じ。だって小学生の時から脚本を書き、演出をして、そして母子でのヨーロッパ旅行で子供は8ミリカメラを持って演技をつけてたんですもの、母に!(笑)

『ありふれた生活』の中で、「新選組!」への風当たりが強くて凹んでいた三谷さんが、子供の頃からお母さんが彼の作品をいつも誉めてくれていたことをとても感謝している、という一文があった。彼は「誉められて伸びる」タイプなのだ、と。

それにしても三谷さんの幼少時代の写真を見ると、ほんと「いいとこの坊ちゃんオーラ」が出ているなぁ。やはり彼の生まれ持ったそこはかとなく漂う品性が彼の作品にも反映されているのがわかります。

わたしの説教好きの友人が口癖のように言う、

     「人間は植物と一緒。育ち方は環境次第。」

というのを思い出す。

オダギリジョーもそうだと言っていたけれど、一人っ子で遊び相手がいないから、いろんな空想にふけって遊ぶのが楽しかった、と。きっと三谷幸喜も同じだんだろうと思う。
やはり彼は芝居を作ることが天命の人なのだ。そういう幸せな天分と環境を持った人は世の中にそう多くいるもんじゃない。

そういう意味で、リアルタイムで三谷幸喜の仕事に触れることができるのは、これまた幸せなことなんだろうな。





今日はお昼過ぎても気温が上がらず、氷点下。
午後には雪になってしまった。
まだ12月にもなってないのにこんなに寒かったかなぁ、例年のサンクスギビングは。
ラジエーターの調節ができないので暖房が入るとわたしの部屋は異常に暑い。セントラルヒーティングのため調節できないとなると窓を開けて冷気を入れるぐらいしか温度を下げる方法がなく、いつも真冬なのに家の中ではTシャツ1枚という、体調管理が非常に難しい生活になっていまいます。寒くてこごえるよりはマシですが、それでも結構大変です。ボストンは北海道と同じぐらいの緯度だと思うので、もし日本に帰ってもわたしは北海道で暮らせるかも知れないなぁ。スキーも飽きるほどできるし。

ところで「新選組!!」の続編の放送日も近づいてきて、なんだかTV雑誌から続編特設ブログからトークショーイベントから、「新選組!」総集編再放送情報までてんこ盛りです。

そうして、インターネットで公開される情報以外はリアルタイムでチェックできないので、ファンの皆さんのレポートを待つばかり。
でもあまり内容に関して詳細に触れられていると、ドラマを見る時につまらなくなるので我慢して読まないようにしてる、これが結構ツライ。

 

 


今発売している「TVnavi」の耕史くんの対談のゲストが三谷さんなのだそうだけれど、そこで三谷さんがオダギリジョーくんの(秘かに?)熱い人柄に触れているのだとか。

日本から送ってもらったビデオの中にオダギリくんが「TR(トップランナー)」に出演した時の録画も入っていた。
その前に「情熱大陸」での彼のドキュメントも見ていたのだけれど、彼は口下手だけれど内に情熱を秘めた人、という印象はすごく伝わってきた。

わたしは彼の活躍をリアルタイムで見ていなかったから、たくさんの映画に出て、そしてそれが評価されていることは知っていても、ちゃんと演技しているのを見たのは「新選組!」が初めてだった。

友人は「さんまちゃんのバラエティに出てたりもしたし、結構喋っていた」というのだが、わたしにはその姿は想像できない。特に売れっ子(って死語ですか?)になってからの彼は極力そういう素で人前に出ることを避けているような様子だったし、そんな彼がバラエティに出てさんまちゃんにいじられているのか、と思うと不思議だった。

わたしのオダギリくんの印象は、(ちょっと暗めだけれど)とにかく「顔の小さい人」そして「顔立ちの整った人」というものだ。TVで彼の顔がアップになったりする時も、じーっと顔を凝視してしまう。顔立ちに惹きつけられるものがあるからなんだろうな。

「情熱大陸」でも「TR」でも彼は「役者は自分のことをあからさまにする必要はないんじゃないか」「プライベートを見せない方が役を演じる上でいい」というようなことを語っていたなぁ。

「TR」で面白いなと思ったのは、「僕らの世代で ”こういう仕事のやり方っていいなぁ”って思うのは、浅野忠信さんじゃないですか」と司会の山本太郎くんに言ってたことだ。

確かに浅野忠信は確実にオダギリくんがやろうとしていることを早い段階からやってきた。
映画に絞って出る(TVドラマや舞台など、「生の彼」が出るものには出演しない)、新しい才能を持った若い監督と仕事をする、映画の規模にはこだわらず自分が面白いと思った作品を選択する、プライベートはほとんど見せない(奥さん関連で触れることもあるでしょうが)。

そういう限られた情報から、彼が演技することに対して真摯であること、世間に露出することが彼の目的ではないという姿勢が感じられて、彼の参加した仕事は面白いんじゃないかと思わせる付加価値がつく。もちろん、狙ってそうしているわけではないだろうけれど。
「何だか面白そうな映画には必ず浅野忠信が出ている」というのが、そのうち「浅野忠信が出ているから面白いんじゃないか」となったりする。

たぶん、浅野忠信ことを注目している人はたくさんいて、そして彼のファンである人も多いと思う。でもどれだけの人が彼の熱狂的なファンで、彼の映画は欠かさず見ているのだろう。
わたしもやはり浅野忠信はカッコイイと思うし、彼が出ている作品は面白いんじゃないかと思う人間の1人だけれど、多くの人は彼のライフスタイルのカッコよさに惹かれているんじゃないかと思ったりする。少なくともわたしの場合、彼の演技より彼のそういうイメージの方が先行している感がある。

オダギリくんの場合は浅野忠信よりも露出度は高い。極力フリートークの番組には(苦手なので)出ないようにしているみたいだけれど、きっと今は「オダギリジョーとはこういう人」というイメージ作りの土台を築いているところなのだろう。
「スマステ4」の新選組隊士大集合SPの時だって、新選組のメンバーとして最後まで生き残った隊士の1人なのに、オダギリくん(斉藤一)欠席の理由には全く触れなかった。
もっと言えば「斉藤一」の存在を完全に抹殺して進行されていたのが不思議だった。「オダギリジョーさんは都合のため欠席です」と言ったっていいのに、と思ったけれど、番組中、頑なにオダギリジョーについては触れなかった。あんなに仲のいいメンバーなのにね。
いろいろ諸事情があるんだろうな。

「情熱大陸」で、番組のディレクターが「オダギリさんはやっぱりスターだ」という発言に対し、オダギリくんはちょっとムキになって、「どうしてですか?2ヶ月間ずっと僕を追ってて、僕がスターになることを目指している人間に見えましたか?」と激しく喰いついていた。
自分は最もそういう位置にいたくない人間なのに、そう呼ばれるのが嫌な人間なのに、といわんばかりだった。

思うにディレクターが言いかったことは、彼が望む、望まないに拘わらず、彼にはそういうオーラがあるのだと、彼には人を惹きつける魅力があるのだと、彼の魅力をそう表現しようとしたのだと思うのだが、オダギリくんは「”スター”なんて、オレが欲しいものじゃない!」っていうぐらい拒絶していたなぁ。

でも「TR」の時には、もう「浅野忠信の仕事の仕方がかっこいい」というようなことを思うのすらも、”どうでもいい” と思えるようになった、と語っていた。
一生懸命イメージをコントロールする、ということをやっているうちはやっぱり彼の本来の姿ではないんだろうと思う。浅野忠信でも別に今のようなポジションをガムシャラに築いてきたわけではないだろう。ただ自分が快適でいられる方法を探し出して、そしてそれを無言で実行してきただけなのだ。そうしたら「浅野忠信のカタチ」が完成されただけなのだ。

オダギリくんは今「オダギリジョーのカタチ」を形成しようとしている最中で、そして無理なコントロールがなくてもそのカタチを維持できる時が来たら、きっと誰も彼のことを”スター”って呼ばなくなるんじゃないかな。そう呼ばなくても彼の仕事ぶりが全てを物語っているだろうから。

そのためにも、独身でいると世間からの余計な干渉が多いだろうから、彼が俳優業に没頭できるいい環境をもたらすには、早めに結婚してしまうのがいい案かも知れない。

彼の様子からして、彼のクリエイティビティを理解しお互いに尊敬し合える才能のあるアーティスティックな女性を奥さんにもらうというのがベストなんじゃ… って、これだとまた浅野忠信と同じになっちゃうか。(笑)

 





あぁ、今日は腹筋が痛い。

原因はわかっている。
夕べ見たDVDのせいだ。

夕べ、少し遅い時間に日本から送られてきたDVDを見た。
録画をお願いしていた「新選組!!」関連のものなどに混じって、「面白いから見るように」と指示の入ったDVDが1枚あった。

ちょっと見て寝るつもりにしていたのだが、ルームメイトがサンクスギビングでCTに帰省しているので油断して、どデカイTVで遠慮なく少し遅目の時間から見始めてしまった。
これがいけなかった。


そのDVDにはダウンタウンの「ガキの使い」ととんねるずの「みなさんのおかげでした」が10回分ほど入っていた。
その10篇は「ガキの使い」の「罰ゲームSP・3篇」と、「みなさん」の「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権・7篇」が選りすぐって入れてあった。

2篇目の「ガキの使い・笑ってはいけない温泉宿一泊二日 in 湯河原」を見始めたのが既に11時を回っていたので、イカンイカン、大笑いしちゃ近所に迷惑だと戒めていたのだが、3篇目の「笑ってはいけない高校」に突入した時には既に深夜にもかかわらず、笑いがこらえきれず、笑い声がアパートにコダマしないよう、こらえるのに必死だったのだ。

これは1発目に見る時が勝負ですね。
何度も見ると先がわかってしまってもう笑えないのかも知れないけれど、初めて見る時は笑いますねぇ!
浜ちゃんの罰ゲームの時より松ちゃんの時の方がリアクションが可笑しい。だから「笑ってはいけない高校」の方で相当笑ってしまった。

あぁ、そんなわけで、本当に腹筋が痛い。
お腹の底から笑ってるのに、声を出さないようにして笑うというのはツライ。非常にツライ。
しかしなぜ見てるわたしまでが彼らの罰ゲームのように笑っちゃいけないのだ。わたしは笑って見てていいんじゃないのか。

深夜にもかかわらず時折 ブハッ と息が漏れてしまい、静まりかえったアパートにわたしの押し殺した笑い声だけが響いていた。ご近所に「あの部屋の人、アブナイ」って思われなかっただろうか。
ちょっと心配だ。

まだ「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」は全部見終わっていない。とにかくこれはルームメイトが帰ってくるまでに見てしまわねばならない。人がいる状態ではとても見られないかも知れない。

それにしてもあかんわ、こんなん送りつけてきたら!
こんなん絶対笑うって!!(笑)

この程度で腹筋が痛くなる、というのは日々それほど大笑いしてないということなのか、それとも単なる運動不足なのか。
うーん、どっちもかも知れないなぁ…。





わたしにはいくつか自ら進んでは使わない言葉があって、それはただ何となく、その言葉を選んで使うことに抵抗を感じるので、というとても個人的で曖昧な理由から。

その代表格が「ウザい」という言葉。
これはいつから一般的に使われるようになったんだろう。少なくともわたしが子供の頃はこういう言い方はしなかった。わたしは大阪出身なのだけれど、大阪以外では普通に使われていた言葉だったのだろうか。

「ウザい」はきっと「うざったい」という言葉が母体なのだろうと思うけれど、「ウザい」と「うざったい」ではこの言葉の持つパワーが100倍ぐらい違う気がする、と思うのはわたしだけかな。
わたしの中では「ウザい」は必要以上にそこ言葉の対象となるものを傷つける要素が含まれているような気がしてならない。

「うざったい」という表現は関西ではほとんど使われない。少なくともわたし自身がこの言葉を使ったことはこれまでの人生の中で一度もない。(笑)
関西だと「面倒くさい」ですね、きっと。もし関西人で使う人があったらすみません、あくまでもわたし個人の尺度で書いてしまって。


話は戻るけれど、「ウザい」と「うざったい」はもはや使い方や用途も違うと思うので比べてみても仕方ないかも知れないけれど、「ウザい」という言葉の持つ破壊力はわたしにはかなり強烈だ。
どちらも「煩わしい」という意味合いで使うのが基本だけれど、「ウザい」という言葉を選ぶと、その言葉の使用者がどれだけその状況を疎ましく思っているかという気持ちが、ものすごく端的に表現できる気がする。

「もう、とにかくわたしの視界から消え去ってくれよっ! その存在自体が邪魔なんだよっ!」

このぐらい「ウザい」には憎々しさがこめられているように感じてしまう。なんだか悪意に充ち満ちている気がしてならない。舌打ちさえしてしまいそうな勢いだ。
「うざったい」ではそれほどでもないのに、「ウザい」になるとどうしてこう憎しみの気持ちが倍増してしまうのか。
いや、世間ではもっと軽い気持ちで使われているのかも知れない。けれどもわたしには「ウザい」をそう軽い意味で捉えることができない。もう、存在を「全否定」しそうな勢いを醸し出しているんだな、なんか。

概ねこの言葉は自分の感情を逆撫でする人に対して使われることが多いから、決していい言葉ではないのだけれど、この言葉の持つそういったナイフでバッサリ切ってしまうような語感がやっぱり好きになれず、そして使おうという気にもなれない。


ここ何日か、経理のヘルプとしてある年輩の女性がオフィスに来て手伝ってくれている。その人はその道のプロで、とても仕事のできる人なのだが、とにかくお喋りが好きなのだ。そして愚痴も好きなのだ。
そうやってお喋りと愚痴に費やしてる時間もお給料が支払われているのかと思うとそれはそれで筋が通っていない気もするが、とにかくお喋り好きなので、何か少しでもチャンスを見つけたら話し掛けられてしまい、切れ目がないので仕事がなかなか進まない。

すごく親切でいい人なのだが、スキを見せてはならない。
なので仕事以外に神経を使ってしまって、疲労が重なるばかりではないか。えーん。
そんな小さなストレスを抱えつつ、その姿がチラチラと視界に入るたびに頭に浮かんだ言葉が「ウザい」なのだった。

英語だと「ウザい」に恐らく一番近い言葉は "annoying" じゃないかと思うのだが、もう、ノドのところまで出かかってしまった。 

" You're so annoying!"  

まさにこれは 「うっぜぇーんだよっ!」 に他ならない。
あぁ、そんなにイライラしていたのか、わたし。疲れてるぞ。

日本語だとあんなに使わないでおこうと思っているのに、なぜ英語だと抵抗なしに言えてしまうのか。(実際は言わないけど)
でも英語でこの表現を使ってもやっぱりすごく強い語感だというのは変わりないような気がする。もし誰かがそう言ったら、やっぱり「なんかトゲのある言葉だなぁ」と感じるだろう。

こういうテーマだと宮沢章夫の文章が断然冴えそうだなぁ。
なんだか彼のエッセイが読みたくなってしまった。彼の物事を見ている視点が面白いんだな、どれも。

ちなみにわたしの中で「ウザい」に次ぐ「使わない言葉」第2位は「小賢しい」だろうと思います。しかし、もはや誰も使わない??

どっちにしても人を忌み嫌うようなニュアンスと、相手の存在を否定してしまうぐらいキツイ響きを持った言葉だと感じてしまうんでしょうか。

なるべくならこういう事が思い浮かばない生活を送りたいものです。





昨日からガッカリすることが続いてしまった。

1つは16日にNHK BS-hiで、【蔵出しハイビジョン】『いま裸にしたい男たち―三谷幸喜』の再放送があり、見事に放送が終わった直後にそのことを友人から教えてもらったこと。…がびーん。

ハイビジョンは確かわが家でも映らなかったからあきらめるしかないのだけれど、すごく見たい番組だったので悔しいなぁ、見られないのが。三谷さんが子供の頃撮った8ミリの映像なんかも流れたんだよね、確か。
4月から毎週日曜の夜10時に【蔵出しハイビジョン】として、過去に評判のよかった番組を順次再放送する企画だそうなので、BS-hiを見ることのできる方はラッキーですね。ちなみに放送日は未定のようですが、藤原竜也くんの『いま裸に…』の再放送も予定されているようです。あぁ、見たいなぁ。


2つめは、今朝すごく気に入ってよくつけていたピアスの片方を無くしたことに気づいたこと。いつもは家に帰ったらすぐはずすのに、昨日ははずし忘れていて、朝シャワーを浴びた時に片方ないのに気がついた。
がびーん。

あぁ、見事に「マーシャルの法則」だ。どうしてなくすのは気に入ったやつなのか。まぁ使う頻度も上がるからなくす確率も高いとはいえ、これまで一度だってはずすのを忘れたことがなかったのにーぃ。(涙)
それでいて、思わぬところでふと見つけたりして、手元に戻ってくることもあるから、わずかな望みを捨てずに注意して掃除しよう…。くすん。

3つめは、今日はマサチューセッツ州の祝日で、毎年この日にボストンマラソンが開催されるのだけれど、こちらに来て初めてマラソンを応援することができなかったこと。
学校や公共機関は当然ながらお休みになるので、先週末のイースターから続いて3連休が楽しめるのだけれど、一般企業や商店は関係なくオープンするのでお休みじゃなかった。

今年も村上春樹はきっとボストンを走ったはずだ。
以前にラーメンズの『日本の形』でうちのBlogをTBしてくださったsatomiさんのBlog「Long Tale World」でのエントリを発見。今年もきっと今頃村上氏は「リーガル・シーフード」でロブスターを食べてるはず。
それにしてもフランツ・カフカ賞を受賞していたことは知らなかった。これはノーベル文学賞の前哨戦なのか。

経済紙ホスポダージュスケー・ノビニは「村上氏は(ノーベル文学賞授賞式が行われる)スウェーデン行きの航空券を手配しなければいけないだろう」と伝えた。

ひぇー。
村上春樹はどこまで走り続けるのだぁぁー!





24日からサンクスギビング(感謝祭)の連休に入ります。
毎年、11月の第4木曜がサンクスギビング・デイで、それに続く金曜〜日曜も併せて休みになるパターンが多い。アメリカの国民にとっては大きな連休なのです。日本のお正月のような感じで、クリスマスと共に全国に散らばったファミリーメンバーや親しい友人たちが一斉に大移動するため、この時期は交通機関が非常に混雑する。

迫害を受けたピューリタン(懐かしの世界史!)たちがメイフラワー号に乗ってイギリスから新大陸の希望の地・我がマサチューセッツの海岸にたどり着いたのだが、厳しい冬の寒さために多くの人たちが亡くなってしまった。それを原住民(ネイティブアメリカン)たちが七面鳥を分け与え、とうもろこしなどの栽培方法を教えるなどして助け、翌年にはかなりの収穫を上げることができた。それでピューリタンたちはその収穫に祈りと感謝を捧げ、原住民たちも招いて祝宴を開いた。これがサンクスギビングの由来です。


今年、わたしは友人のご両親が開くサンクスギビングのお食事会に呼ばれているのだけれど、(サンクスギビングだけに)手ぶらで行くわけにはいかないので何か一品作って持っていきたい。けれど、七面鳥を始め、前菜からデザートまでいつもたくさん用意されていて、それに付け足すようなものが思い浮かばない。確か前回は食事会が始まるまでの歓談のおつまみに、と一緒に参加した知人とお稲荷さんを作って持っていった。

毎年友人が得意のアップルパイを焼くことになっているので(サンクスギビングはとにかくいろんな種類のパイがよく登場します。パンプキンパイとかピーカンパイとか)、じゃぁわたしは何か別のデザートを、と思って、ヨーグルトババロア with オレンジソース を作ることに決めた。

当日の朝作っていては時間が足りないから、前日の夜(つまりは今夜)に作って一晩冷蔵庫で寝かしておこう…と思っていたのに、夕飯を食べたらモウレツな眠気に襲われ、いつの間にかコンタクトもつけたまま、パット・メセニーのギターをBGMに心地よい眠りに落ちてしまった。

深夜に眼が覚めて、「あっ、いかん!ババロアを作らなければ!」と我に返り、シャワーを浴びて心機一転。
真夜中にパット・メセニーを聴きながらハンドミキサーで生クリームやら卵黄やら牛乳やらをウィーンウィーンと攪拌している姿は何だかちょっとヘンです。

普段甘いお菓子やデザートをあまり食べない(アイスクリームは除く)ので、余ったバナナの処理法としてバナナケーキを焼いたりする以外はあまりデザートを作らない。久しぶりのお菓子作りはちょっと面倒くさい。手間がかかるんだなぁ。
混ぜ合わせた牛乳・卵黄・砂糖に溶かしたゼラチンを混ぜて80℃で湯煎しろーとか、次はそれを氷水で冷やせーとか、どないやねん!と。温めんのか冷やすのかどっちかハッキリしていただきたい。

オレンジソースは持っていく前に作った方がフレッシュで美味しいと思われるのでそれだけは明日の朝です。

それにしても現在気温は−3℃です。 寒いです。
既に外には軽く雪が積もってます。
明日のサンクスギビング本番は(予報では)バッチリ雪です。
雪のサンクスギビングは初めてかも知れない。

あ、昨日「American Music Award 2005」がありました。
昨年はジミー・キンメルが司会だったけれど、今年は Cedric the Entertainer が司会を務めた。
何だか今年は全体的に地味だなあ。
冒頭いきなりマライア・キャリーが登場、そしてソウル/R&B部門での最優秀女性アーティストを受賞して復活の兆し、だそうです。でもわたしは彼女の歌をほとんど聴かないので今ひとつ関心がわかない。
個人的な感想としては今年のAMAは「カントリー一色」という感じだった。とにかくカントリー・シンガーの目立つこと、目立つこと。思いっきりフィーチャーされてたような。
そして、うーん、わたしはカントリーが苦手なのだった。演歌が苦手なのと同様、カントリーもやっぱりダメなのだ。

懐かしい80年代の大御所も登場したけれど、圧倒的にカッコよかったのはユーリズミックス!アニー・レノックスの歳の取らなさったらすごいぞ!不老不死か!デイブ・ステュワートはさすがにオジサンになってたけど。
いや、アニーは歳取ってるんだけど、往年の凛としたユニセックスな格好良さが全然失われていないのだ。往年の白のシャツ、黒のタイ、黒のスーツに金髪のベリーショートというシックな装いも決まってます。
「Missionary man」と「Sweet Dreams」をメドレーでソウルフルに熱唱する姿にはひたすらシビレました。(ちなみに「missionary man」って「退屈な人」という意味だったのですね、知らなかった)

トリで登場したストーンズは現在全米ツアー中だったので、ユタの彼らのライブ会場からの中継参加だった。しかし…彼らはなんだか歳を取ってたなぁ。いや、実際に歳は取ってるわけだけど、もうちっともステージ上で動いていないのですよ。中継が入る前にエネルギーを使い尽くしてしまったのだろうか。
それにしても御年62歳でミックのあの体型はスバラシイ、などと変なことに感心してしまった。

最後の最後まで華のないまま地味にAMAは終わってしまった。
ジョン・メイヤーも受賞しなかったしな。っていうか、今年はほとんど活動してないじゃん!
とりあえずは Cedric the Entertainer の司会オファーはもうないだろうな、と。

 





今週の木曜は Thanks Giving なのだが、天気予報ではどうも雪になるみたいだ。
さっきニュースでうちの隣町のニュートン(Newton)という町が全米の中で最も安全な町に2年連続でランキングされた、という朗報を伝えていた。これはアメリカにおいては十分自慢できる。いいNeighborhood でよかった、よかった。

先日録画しておいた、NBCの ” Dateline ”の枠で放送されたジョン・レノン暗殺事件のドキュメント番組 " The man who killed John Lennon " を見た。

番組はジョン・レノンを撃った男、マーク・デイビッド・チャップマンがなぜ犯行に及んだのか、事件から10年ほど後に彼がインタビューに答えた肉声テープを公開して彼の心理を追っている。

マーク・チャップマンの生い立ちを紹介し、幼少時代の友人や元フィアンセなどの証言を交えて事件の起こる1980年の12月8日のレノン暗殺の瞬間までの彼の足跡を事実に沿って検証する。

なぜチャップマンがジョンの暗殺しようと決心したのか、何が彼をそう追いやったのか――その心理的過程を追う、2時間のドキュメンタリー。


よく耳にすることだけれど、罪を犯してしまう人間の生い立ちは往々にして不幸だ。家族の不和、愛情の欠如、暴力などによって幼少時代に満たされない家庭生活が送った人間が犯罪に走るケースは非常に高い。

マーク・チャップマンの場合、ジョージアの郊外で父親はオイル会社に勤務するサラリーマン、母は看護婦という中流家庭に育つ。が、父は母やチャップマンに家庭内暴力を頻繁に行っており、彼は父を愛することができずに育った。
8歳だった彼は初めてビートルズに触れ、それ以来ビートルズのファンになる。辛いことがあると彼はビートルズのレコードを聴いて心の傷を癒していたのである。

精神的・肉体的に辛い思いをした子供がそれを回避するために自分の中にそういった辛い思いを受け持つ別人格を生み出して対処する行動がよくあるが、チャップマンの場合も空想の「目に見えない小さな人々(Invisible little poeple)」を頭の中に生み出して、彼らと話をすることで彼は心の平和を得ていた。彼はこう答えている。
" They gave me the order, responsibility, and rationality "
(小さな人々は僕に指示と責任感、理性を与えてくれた)

つまりは、その頃の彼にとってこの”目に見えない小さな人々”が最も信頼のおける対象だった。もちろん誰一人そのことを知る人間はいなかったが。

子供ながらチャップマンはジョン・レノンがビートルズのリーダーであることを察知し、ジョンに惹かれていく。「もし自分がビートルズの一員になれたらどんなに素晴らしいだろう」、そう思うようになっていく。
彼のビートルズへの憧れは次第に強くなっていくが、それはあくまでも子供のファン心理の一種に過ぎないと思う。

ティーンエイジャーになった彼はまだ自分は何者かという確固としたものを見つけられないまま60年代のヒッピー文化に傾倒していく。折しもサージャント・ペパーズのアルバムを発表したビートルズは彼のアイドルだった。
ドラッグに染まり、生き甲斐を見つけられないチャップマンだったが南部のジョージア州という、キリスト教色の強いバイブルベルト地域に育ったチャップマンはキリスト教に目覚め、熱心な「ジーザス・フリーク」となって宗教的・精神的な開眼を経験する。

そのころ、人気絶頂にあったビートルズを、ジョンは「今やキリストよりもポピュラーな存在だ」と発言してキリスト教信者たちからの猛烈な反発にあっている。チャップマンもジョンの発言に対して激しい怒りを口にしていたことを元婚約者が語っている。

ビートルズの後期、ジョン・レノンは「being yourself(自分自身でいること)」の道を発見するためいろんなことを模索していたわけだが、結局彼は宗教に頼らない道を選んだ。
ソロになってから発表された " Imagine " の歌詞に " Imagine there is no heaven " という一節が出てくるが、ジーザス・フリークとなったチャップマンにはこれについても不快感を示していた。

宗教活動を通してYMCAのサマーキャンプで子供達と触れ合い、子供達から信頼と尊敬を得ることで彼は自信を取り戻すわけだが、結婚まで考えたフィアンセのジェシカとも別れることになり、彼は再び精神的に落ちていってしまう。

彼は新しい人生を求めてハワイに移り住み、学生生活を送る。本当のハワイ移住の目的はパラダイスを求めるのと同時に自殺を計画していたからだとチャップマンは語っている。まるでジョンの生き方をなぞるように、日系アメリカ人女性と結婚するが結局それもうまく行かずに失敗、排ガス自殺を図ってそれにも失敗し、完全に生きる自信を失っていく。

何事もうまくいかない人生をホノルルで送っていたチャップマンは図書館で彼の人生を左右する重要な1冊の本に出会う。
サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」である。

彼はインチキ大人社会( " phony adults" )に抵抗を見せる主人公、ホールデンと自分を重ね合わせ、次第に大人社会に怒りを感じるようになる。「ライ麦畑」にのめり込むうち、チャップマンはかつて子供の頃に彼の頭のなかにいた「小さな人たち」の世界へ再び戻っていってしまう。

この頃にはジョン・レノンより、「ライ麦畑」の方が彼にとっては大きな存在になっており、完全に主人公のホールデン・コーフィールドに傾倒するようになっていた。
偶然に図書館でジョンのバイオグラフィーを見つけ、セントラルパークそばのダコタ・マンションの屋上で撮影されたジョンの写真を見るうち、” Top of the world ” にいるジョンに対し怒りを感じるようになる。
そして「サージェント・ペパーズ」のアルバムを開いて、着飾ったジョンの姿を見るうち彼を「インチキの大人」を見なすようになる。

同時期にチャップマンはジョンのインタビューをNYタイムスで読んでいる。
そこでジョンは「プロテスターとして活動して金を得たことに関してギルティを感じている、あれは偽善だった」と発言していた。
これを読んだチャップマンは彼のかつてのヒーローが偽善を認めたことで、やはりジョンも「インチキの大人の一員」であり、自分が裏切られた気持ちになっていく。その時点でチャップマンはジョンをターゲットに選び、「インチキの大人」であるジョンを殺すことで自分のアイデンティティが見つけられるのではないか、と考えるように至る。

しかしこの時点で彼の中の「小さな人々」は " Don't do it ! " と、ジョンの暗殺を引き留めたため、彼はNYへ一度赴いたものの実行には至っていない。彼は当時公開されていた「普通の人々」を映画館で見てホノルルに戻っている。

2度目にNYを訪れた時、彼は銃を携帯していた。が、弾は持っていなかった。ジョージアに弾を買うために一度里帰りし、そしてまたNYに戻って来た。1980年12月7日、事件の前日のことだ。
ダコタ・マンションの近所で熱狂的なジョンのグルーピーたちと知り合いになり、発売されたばかりの彼の新譜「ダブル・ファンタジー」を買って持っていれば、もしかしたらジョンに会った時にサインがもらえるかも、と助言され、彼はレコード屋に買いに行っている。

事件の当日、彼は朝から1日中ずっとマンションの前に佇んでジョンとの接点が出来るチャンスを伺っていた。
一度外出から戻って来たジョンに遭遇し、サインを求めて名前入りでサインをもらっている。その様子を偶然別のファンが撮影しており、そこにはジョンの左脇に微笑んで立っている眼鏡姿のチャップマンの姿が映っている。
レコードを買ったのはファンを装うため、と言っているが、本当にそのためだけだったのか、彼の本心はわからない。

事件当日にチャップマンと話をしたグルーピーの女性も「彼は全く落ち着いていて紳士的だった」と証言しているが、チャップマンに挙動不審な点は全く見られなかった。ジョンも、周囲のファンも特に警戒する様子はなかったという。

その夜更け、11時過ぎにFM局でのインタビューの仕事を終えてヨーコとジョンはリムジンでダコタに戻ってくる。
マンションの入り口でリモを降りたジョンを待っていたのはチャップマンだった。
チャップマンはジョンの背中を狙って至近距離から5発撃っている。
セキュリティがチャップマンを取り押さえ、彼の手から銃を振り落とした後、チャップマンは周囲に何度も大きな悲鳴が響き渡った、と冷静に語っている。まるで人ごとみたいだ。
そして彼は持っていた「ライ麦畑」を取り出してその場で読もうとして捕まっている。

チャップマンはジョン・レノンを殺した理由を、恐らく最初は神を侮辱したジョンへの制裁の気持ちが強かったのではないか。
自らの劣等感からジョンを射殺した、というように書かれているところもあったけれど、本当にそうだろうか。

宗教的な理由はもしかしたら単なるこじつけかも知れない。
彼のサリンジャーの「ライ麦畑」への強い傾倒、そして「自分のアイデンティティの発見」を求める気持ち。それが「”インチキの大人の代表であるジョン・レノン”を殺すというミッション」にすり替わり、暗殺を実行するに至ったのではないか。わたしは何となくそんな気がした。
彼はジョンの暗殺を、インチキの大人達に対する" crusade(改革、反対運動、聖戦)" 、" white knight thing (救世行為)" であり、神はそのミッションを許してくれた、と言っている。

自分の利益を得るために人の命を奪うことはどういう理由であれ、許されるものではないだろう。誰よりも暴力を否定し、平和を訴えたジョン・レノンが、彼のファンの暴力によってその命を奪われてしまったのは本当に皮肉だ。

わたしはマーク・チャップマンについてあまり興味がない。
彼がどういう生い立ちであったとか、彼がどんな精神状態にあったかとか、そういう犯人側の心理的情報をを知ることでわたしたちは事件の真相に少し近づけるかも知れない。しかしどうしてジョン・レノンが殺されなければならなかったのだろう。その答えは一向に浮かび上がって来ない。

チャップマンの妄想によって永遠に失われてしまった命の代償はあまりにも大きい。
ジョン・レノン死亡の第一報を伝えたNYのラジオ局のDJの、その悲報を伝えている録音の声は動揺でたどたどしく震えていてる。

" … I cannot find any word …… " 
(何と言っていいのかわからない…)

この悲報に接した誰もが同じ状態だったのではないだろうか。

同じDJではないけれど、オフコースの「I Love You」の間奏にもこのジョン・レノン射殺のニュースがフィーチャーされていたなぁ。

♪ あぁ早く 9月になれば ....





郷愁は突然やってきます。
今日は朝からなぜかウルフルズの「大阪ストラット」がずっと頭の中で回り続けている。

♪   梅田行きのキップ買って   
   紀伊国屋で待っちきって 
      梅田行きのキップ買って 
   三番街から茶屋町 (あ、ええ感じですよね そやね!)
   梅田行きのキップ買って (アベックだらけ〜) 
   カンテGでやっぱチャイとケーキ (アベックだらけ〜)
   梅田行きのキップ買って (アベックだらけ〜)  
   やっぱキタはそんなこんなで (んええなぁ〜)
   OH!SAKA!STRUT!JUST KEEP ON!  

大阪人でウルフルズが嫌いな人っているのだろうか。


「大阪ストラット」は大滝詠一の「福生ストラット」が元になってるわけだけど、ウルフルズのこういう突き抜けた、痛快な歌は大好きだ。
痛快でカッコイイ。
「大阪ストラット」は細野さんの「東京ラッシュ」と並んで、わたしの好きな地名ソング(?)。

関西の人はわかると思いますが、大阪には大きく分けて繁華街がキタとミナミ(なぜカタカナ表記なんだろう?通常、「キタ」と「ミナミ」と大阪人が言うとき、それは必ずカタカナ表記なのだ)に分かれていて、雰囲気がちょっと違うのです。
ムリヤリ東京と比較するならば、恐らくキタは銀座のような雰囲気、ミナミは渋谷とか原宿のような感じ…かな?(ちょっと自信ナシ)

歌詞の1番はキタの中心街・梅田を歌い、2番はミナミの中心街・心斎橋を歌っている。ちなみにいわゆる吉本的な「ディープな大阪」、あの引っかけ橋やくいだおれの人形、かに道楽の看板やグリコの電光掲示板はミナミにあります。

有名な話ですが、「カンテGでやっぱチャイとケーキ」というのは、大阪にある有名なインド喫茶「
カンテ・グランデ」のことで、ウルフルズのメンバーはそのお店のバイト仲間だったわけですね。
恐らく大阪の若者でカンテを知らない人はいないと思われます。そのぐらい有名なチャイのお店です。…が、もう長いこと行ってない。
中津のお店は住宅街のビルの地下一階にあるのに、中庭があって明るくて、何度かの改装を経てとてもオシャレになってる様子。
(しかし梅田からの行き方がわかりづらく、道に迷う人が多いのでした。)

ところで「大阪ストラット」のPVをご覧になったことありますか。
トータス松本七変化!本当に可笑しい!ここまで突き抜けたバンドがあっただろうか!

♪  レッツラ ゴォ〜!
   オ〜レたちゃバカ!
     熱い血が騒ぐぅ〜 (すーっとばす すーっとばす)
     シャウト一筋 どうにも止まらねぇ 
(すーっとばす すーっとばす)
     目ん玉広げて すっとばせ ぶっとばせ すっとばせ RIDE ON

こんな歌、普通歌えますか?! 
ウルフルズの他に誰がこの歌を歌えるでしょう?

「すっとばす」、ホント、大好き。





「トリック 新作スペシャル」を見た。
あぁ、相変わらずの山田と上田。相変わらずのヌケっぷり。相変わらずのBGM。相変わらずのお習字格言。(?) 

今回のはこちら。

  • カルヴォナーラ
  • 安定収入
  • 痛風
  • 間 開きすぎ
  • ハイリスク ハイリターン
  • 祥子が犯人
  • 国家公務員 一種試験突破
  • 劇場版2 よろしくねっ
  • 23時 超える

視聴率は24%を超え、堤カントクもお喜びのご様子

「トリック」の場合、どういう事件や仕掛けであってもそこはそれほど重要ではなくて(爆弾発言?)、楽しむポイントは山田奈緒子と上田次郎と矢部謙三(+山田里見)の掛け合いにある。わたしの「トリック」を見る楽しみは、まさにその一点に尽きる。

犯人がインチキ占い師であっても、インチキ宗教家であっても、ハッキリ言ってしまえばあまり変わりばえはなく、彼らの仕掛けを山田と上田で暴いていく展開上のやりとりや小ネタに笑いを求める、そういう見方をしている。


堤幸彦の遊びを仲間由紀江と阿部寛を通して楽しむ、というような感じなのかなぁ。堤監督はいろんなメディアでの仕事で活躍しているけれど、TVドラマの演出家としてこれだけ作家性を全面に出せる人というのは珍しいんじゃないかと思う。

ひとつは彼が独立プロダクション「オフィス・クレッシェンド」の代表として作品に関わること、つまりはTV局専属の演出部のディレクターでない、ということが大きいのだろう。
少なくともTV局の社員ではないという立場は、彼の発言を通すのにやはり多少の自由を与えているだろうと思う。そしてそれが作品に堤幸彦のカラーをより反映させる結果にもなっているはずだ。

以前、どこで見たのだったか、TBSの磯山晶プロデューサーと宮藤官九郎の対談を読んだことがあった。
彼らは「IWGP」「木更津キャッツアイ」「マンハッタン・ラブストーリー」「タイガー&ドラゴン」と仕事をしてきた間柄だけれど、「IWGP」と「木更津キャッツアイ」の時では多少現場の空気が違ったそうだ。

「IWGP」は堤幸彦の演出で、「木更津キャッツアイ」はTBSのディレクター、 主に金子文紀が演出を担当した。「IWGP」には当然オフィス・クレッシェンドが制作にもかんでいるから、撮影スタッフも堤組(オフィス・クレッシェンド)からとTBSからの半々で行い、「木更津」は完全にTBSのスタッフだけで撮影した。そういうのも制作するにあたって多少仕事の流れに変化を与えたようだった。

「ケイゾク」でTBSの植田弘樹プロデューサーと仕事をした後、堤さんは何度か彼と組んでドラマを作っているけれど、磯山さんとは「IWGP」以来組んでいない。仕事のやり易さや予算の問題で実現しない理由があるのかな。
植田Pは「ケイゾク」が当たった勢いで次に同路線で「QUIZ」を制作して大コケし、編成部に左遷された。その後「ビューティフルライフ」で再び大ヒットを飛ばし、カムバックした人だ。(蛇足だけれど、個人的に、植田さんの制作するドラマは何となくあざとい気がしてあまり見ていない。逆に磯山さんのドラマは熱意と暖かさを感じて見るのだけど。)

たぶん、わたしが一番最初に見た堤幸彦作品はオムニバス「バカヤロー!」の小林薫と室井滋の出ていた第4話「英語がなんだ」だと思う。4話のオムニバスの中で、この堤監督のエピソードが最も面白かった。でもその時はもちろん堤幸彦が監督をしていると認識して見ていたわけではなかったので、彼が監督だったというのは後から知ったことだ。

そして次に彼の名を意識したのは「ケイゾク」になる。
その間にも彼は「金田一少年」とか「サイコメトラー EIji」とか「ハルモニア」とか、主に日テレで演出をしているのだけど、基本的に日テレのドラマがあまり好きでないわたしは、その辺りの作品は全く見ていなかった。「ケイゾク」以降は彼は圧倒的にTBSでの仕事が多い。

「ケイゾク」はわたしにとって画期的なドラマだった。
それまでもドラマはよく見る方だったけれど、あんなにハマッてしまったドラマはなかったなぁ。いや、大好きで何度も見たドラマは他にもたくさんあるのだけど、「ケイゾク」のように虜になってしまうような中毒性と熱を持った作品という意味では、わたしにとって特別なドラマなのだ。あれ以降、同じような感覚になり、いつまでも愛して止まないというのは「木更津キャッツアイ」と「新選組!」ぐらいだろうか。

「ケイゾク」はいつもの堤作品のように話の展開に多少無理はあるものの、とにかくキャラクター設定と役者の演技、演出、映像、音楽、どれもが秀逸でワクワクした。どれもが斬新で、そして堤幸彦の遊びに魅せられている感じが楽しかった。先ほど挙げた3作品の中で、唯一リアルタイムで見ることができたのが「ケイゾク」だったということもあるのかも知れないが、本当に1週間、次の放送が待ちきれない気持ちになるなんて、そうそうあることではない。

ジグソーパズルのピースのように、本筋とは関連性のない(渡部篤郎演じる)真山刑事の過去のエピソードが断片的に見え隠れするものの、基本的に1話から7話までは一話完結型で物語は進む。
しかし8話から最終話に向けて、それまでのバラバラだったパズルのピースが一気に結合し始め、抜け落ちていた部分を埋めにかかる。ここからが堤幸彦の「ケイゾク」の本領発揮だ。

あの頃は本当に毎週金曜10時が待ち遠しかった。タイマー録画では見たくなくて、仕事で残業があっても必ずリアルタイムで見るために10時までに家に戻るようにしていた。
視聴率がよくないと聞くと、どうしてこんなに面白いドラマなのに!と、これを見てない人は本当に損をしてるぞ!と思ったものだ。
それは「木更津キャッツアイ」にも「新選組!」にも通じる点かも知れない。

西荻弓絵の脚本もとてもよくできていて面白かったんだけど、やはり「ケイゾク」は堤幸彦の作品というイメージが強い。逆に「木更津」は宮藤官九郎の、「新選組!」は三谷幸喜の作品だ。
やはりここでも”強い作家性”を持つものがイメージとして残るんだな。

「トリック 新作スペシャル」はやっぱり堤幸彦ワールドだった。
でも連ドラの時よりちょっとパワーダウンしていた気もする。
いくら山田と上田のコンビを楽しむために見ると言っても、今回のストーリーはあまりにも弱い気がした。いつも話に論理性を求めたりはしていないのだけど、今回のストーリーはあまりに名取裕子の殺人に説得力がなかった。

キッチリいつも通りの持ち味全開だった生瀬勝久は相変わらずいいなぁ。彼にとってもこんなにオイシイ役はないんじゃないだろうか。
最初の「トリック」を見た時に、「あ〜、生瀬勝久がこんなとこに出てる〜!」なんて喜んでいたけれど、今や彼なしではこのドラマの面白さは半減してしまうぐらい存在感絶大。というか、ものすごい売れっ子になっちゃった!

しかし他のキャストだってとても豪華だったのに(大和田伸也はまだそれなりに目立っていたとして)、本田博太郎や小木茂光、西村雅彦にあの役はあまりに勿体ない。
あの役が彼らである必然性をちっとも感じなかった。彼らの芝居の上手さを生かすチャンスが脚本に全くなかったのが残念。

これは「劇場版2」に期待しろ、ということなのだろうか。
「ケイゾク」でも「木更津キャッツアイ」でも同様だったけれど、TVドラマの劇場版って、往々にしてあまり面白くなかったりする。
スクリーンで見ると逆に力が入りすぎてて、TVの時のスピード感や軽妙な感じが出なかったりして。
「トリック」の最初の劇場版と「踊る大捜査線 The Movie」はそれなりに楽しんだけれど、でもやっぱりTVの方が断然面白い。
(「踊る」は特に澤田鎌作演出回の第10話「凶弾・雨に消えた刑事の涙」が素晴らしい!)

そんなわけで、「トリック 劇場版2」は現在編集作業中のようです。劇場版に常日頃からそれほど高い期待は抱いていないのですが、山田と上田を見ることがまだできる、彼らのコント(?)をまた楽しめる、という幸せを味わいたいと思います。

 





今日はとても寒い。気温0度だ。

今日、以前に申し込んでおいたハーバード大のライシャワー日本文化研究所主催のイベント、村上春樹の講演会に参加してきた。

メインホールでの抽選には漏れてしまったが、別室でのテレキャスト放映を見る Overflow ticket には当選したので直接同じ空間で村上さんの話を聞くことはできなかったが、隣の部屋のスクリーンに映し出される彼の講演を聴くことできた。

First Parish Church場所はハーバード大のお向かい、駅を降りてすぐに見える First parish Church という教会。
ライシャワー研究所では毎週金曜に同様に講演を行うそうだが、通常だいたい30〜40人ほどが集まるそうだ。もう少し大きな規模であっても300人ぐらいだとか。
今回のイベントはHarvard Book Store との共催なのだが、どのくらいの読者が興味があるか、Harvard Book Store がマーケティングリサーチをして、少なく見積もっても恐らく1000人ぐらいは関心を持って居るはずだと踏んで準備したとのこと。しかし実際にこのイベントへの参加申し込みはその2倍、2000人以上がチケットを求めてインターネットで申し込み、わたしがかろうじて得たOverflow のチケットですら手に出来なかった人たちが山のようにいたわけだ。
イベントのお手伝いをしている学生たちも、「こんなのはちょっと信じられない、普通では考えられない、もう人気アーティストのライブみたいだ」と言っていた。


実際、教会の前から長い長い開場を待つ列ができた。道行く人たちは一体何事だろうと思ったんじゃないかな。
そのぐらいものすごい人だった。

イベントは4時から始まって、まずはこのイベントの責任者の1人であるHaravard Book Store の女性が注意事項などを話し、次にライシャワー日本文化研究所の教授が村上春樹を紹介し、そして村上作品のよき理解者であり翻訳者でもある、ハーバード教授のジェイ・ルーベンが村上春樹と氏の作品について言及し、そうして村上氏が講演を始めた。

先日のMITの時は、Tシャツにジャケット、チノパンというラフなファッションだった村上さんだけれど、今日はさすがにハーバードでのわりとフォーマルなイベント(会場も教会だし)なためか、装いもトラッドでした。

紺ブレ、黄色のボタンダウンのコットンシャツ、紺色のネクタイ、チノパンに皮のエンジ色のスニーカー。とてもトラッド。やっぱりアイビーリーグの講演だから?

今日の彼の講演テーマは「短編小説について」。
日本では9月に「東京奇譚集」が刊行になったばかりだと思うが、英訳も来年の夏には出版されるそうなので、それもあってのテーマなのだろうと思う。

自分が短編小説を書く理由、短編小説にはどういう効果があるか、短編小説にはどういう役割があるか、など、「村上春樹が考える短編小説」についての考えを、またまたウィットに飛んだジョークを交えながら1時間ほど話した。

村上さんは短編を書く時、最初の書き出しの一行が物語をふくらませる意味で重要だと言っていた。
最初、アイディアの湧き出るまま短編として書いて、それを元に長編にしていった作品として、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「ノルウェイの森」「スプートニクの恋人」「ねじまき鳥クロニクル」を挙げていた。

今回の講演のハイライトは、彼の短編「トニー滝谷」についてのエピソードではないだろうか。
この短編が生まれるきっかけは彼がマウイに滞在している時にさかのぼる。

村上さんはある時古着屋で面白いTシャツを見つけた。そこには胸に「Tony Takitani」と書いてあり、たった$1で売られていた。
「トニー・タキタニ」とは何なのか?いや、誰なのか?このTシャツは何のためにこの名前を冠しているのか?

この不思議さに惹かれて、村上さんはイマジネーションをふくらませ、トニー滝谷の物語を創り上げて短編小説として発表した。
まだインターネットが普及する随分前、80年代半ばのことだ。

その後、彼と親しい編集者がインターネットで「トニー滝谷」という人が実在の人であることを発見した。

本物のトニー滝谷さんはハワイに住む日系のアメリカ人で、デモクラッツ(民主党)から衆院選に立候補した。(そして落選した!)
その時のキャンペーンTシャツが「トニー滝谷Tシャツ」の真相だったのだ。

「Show & Tellの時間みたいだ」と言いつつ、村上さんはわざわざ袋から出して持参した「トニー滝谷Tシャツ」を披露してくれた。
それはレモンイエローの派手なTシャツで、白地で胸にデカデカと「Tony Takitani House (D)」と書かれていた。
村上さんは小柄なので、隣のテーブルで講演を聴いていたルーベン教授にそれを渡して皆に見えるように掲げてもらった。
これは可笑しかった。

彼はこのTシャツからインスピレーションを得て、イマジネーションを膨らませて「トニー滝谷」という人物を創り上げたわけだが、本物のトニー滝谷はハワイに実在する人物で、今は弁護士をしているという。村上氏は「ハワイで何か困ったことがあったらトニー滝谷さんを訪ねるといいと思います。”Mr. Murakami からあなたのをことを聞いた”と言ってもらえば」とジョークを言ってました。
(アメリカでも映画「トニー滝谷」が最近公開されたそうで、ハワイでトニーさんが有名になっているとかいないとか。(笑))

村上さんの短編小説についての位置づけとして、とにかく実験的なことを短編で行うようにしている、と語っていた。長編小説は自分自身を表現するのに最もふさわしい形態であるけれど、長編を書くのは時間とエネルギーをものすごく消費するので、チェンジアップのように、その合間に短編を書いたり、翻訳をしたり、エッセイを書いたりする。しかしその役割だけでなく、短編小説を書くというのは実験の場でもある、と。

”短編小説は失敗してもいいのだ”とも語っていた。そこで生まれた経験を、彼は長編小説に持ち帰ることができる、そういう実験の場でもある、と。

短編小説というのはある程度「数」を書くことを要求される。それは波と同じで、高い波のこともあれば、低い波のこともある。いかに高い波をキャッチするか、それが短編小説を書く時の醍醐味なのだという。短編小説の創作について ”catching waves (波をつかまえる)”の作業である、という表現が非常に印象的だった。

だから短編集については(野球に喩えて)全編がホームランである必要はない。幾つかの短編の中に高い波があり、その他は低くても構わないのだ、そういう方が読んでいても面白いんじゃないか、ということだった。「カエルくん、東京を救う」などはハイウェイブに属する作品だ、とも。

9月に出たばかりの「東京奇譚集」についても、どういう風にあの短編集を創作したかという話で、彼は最初に頭に浮かんだランダムな20の言葉を1つずつ別の紙に書き、その中から15を選んだ。そしてその中からまた3つの言葉を選んでそれらを1つの短編にアイテムとして入れて書く、という作業を5篇やったそうだ。

講演が終わって質疑応答の時間があった。やはり多くの人は彼の翻訳の作業と創作の作業の関連性や彼の中での役割などに興味があるようで、その質問がいくつかあった。

質疑応答の時間の後、サイン会になった。
わたしたち「別室モニター鑑賞組」の人たちに、まずサインの列の優先権があったので、質疑応答の終わり頃から列を作り始めた。1人1冊のみ、時間がないから個人宛に名前を入れたりすることはできません、というお達しが最初にあった。

The catcher in the rye本当は村上さんの著作本にサインしてもらえるのが一番いいのだろうと思うのだけど、わたしが手元に持っていた単行本が村上春樹新訳で出た「キャッチャー・イン・ザ・ライ」だったので、それを持参した。
一緒に行った友人は新刊の「東京奇譚集」を持っていたので、今日のテーマにピッタリだった。

わたしの本にサインしてもらう番になって、村上さんの前に立つと、村上さんの方から「こんにちは」と日本語で声をかけてくださった。
サインを効率よく行うために、アメリカ人と日本人女性の2人がアシストしていたのだが、わたしがサインしてもらうように「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の扉のページを開けて差し出したら、アメリカ人女性の方が”Wow!”と言って笑った(英語のタイトルとサリンジャーの名前しか読めなかったためだろう)。
村上さんはそこにサインをしてくれたのだが、女性が笑ったのを見て村上さんも " I didn't write this book though " と笑っていた。
でも「あなたが翻訳したんです!」と心の中で思いつつ、「有り難うございました、今日は楽しかったです」とありきたりな挨拶しかできずに、アッと言う間にご対面は終わった。(その間わずか1分ぐらい??)

友人と教会を出て夕食をとることになった。人気のあるベトナム料理の店に出かけた。気持ちとしては、「生ハルキ」に会えたので「生ハルマキ」を食うぞ、と。
なんじゃそりゃ。

そんなわけで、興奮度としては、やはり先日偶然に街角で遇った時の方が遙かに高かったのですが、今日の村上さんのお話もとても面白かったな。
サイン本の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は冥途の土産です。
「俺が書いた本じゃないんだけど」と言われようとも!
(でもあなたが訳したんですよ!)
現在は「華麗なるギャツビー」を翻訳している最中だと言っていたので、来年あたり刊行されるかも。

さて、現在ルームメイトがシットコムを見ているんで、TVが空くのを待っているところですが、失敗していなければNBCで放映しているジョン・レノンのドキュメント番組がタイマー録画されているはず。

奇しくもマーク・チャップマンが大きく影響を受け、ジョン・レノン暗殺の日にも携帯していた本が、サリンジャーの " The Catcher in the Rye " でしたね。

 





1980年の12月8日にジョン・レノンがマーク・チャップマンに射殺されてから今年で25年目になる。もうそんなになるんだ。

25年目の節目に、というと何だかおかしな感じだが、NBCが明日、11/18の「Dateline」の番組枠で2時間のジョン・レノン・ドキュメンタリー番組を放映する。

内容はジョン・レノンの人生と、射殺犯マーク・チャップマンの未公開インタビュー('91&'92)の音声テープが公開されるとのこと。
ジョンのファンだったマーク・チャップマンがどうしてジョンを暗殺したのか?何が彼の行動を止めることができたのか?
そしてポール・マッカートニーもジョンについての思い出を語ることになっているようだ。


先のNBCの "Dateline" のサイトにあるチャップマンのインタビュー録音テープの一部が抜粋して掲載されているのだが、彼がレノンを暗殺しようと思った動機が記されている。

ジョン・レノン暗殺の日
マーク・デイビッド・チャップマン:
あれはちょっと寒い日で、少し風があった。どういうわけか自分はあの日が「運命の日」であることを知っていた。すると突然にセントラルパークウェストの向こうからリムジンが近づいてくるのが見えた。自分はそれがレノンの車だと知っている気がした。そういう不思議な感覚が自分にはあった。そしてジョンの車が停車した。その時頭の中で「やれ、やれ、やれ」という声が聞こえた。ジョンがわたしのそばを通り過ぎた時、わたしは銃を取り出して彼の背中を狙って続けざまに5発撃った。

どうして彼はジョンを嫌ったのか
チャップマン:
いわば意味世界を手に入れて鎖につないでいるような成功した人間がいるというのに、自分は何のパーソナリティも持たずにその鎖の輪の1つにもなれない。そう思ったら自分の中の何かが壊れてしまった。

レノン暗殺についてのチャップマンの最初の考え
チャップマン:
わたしはアパートのカーペットの上であぐらをかいて座っていた。そして「サージェント・ペパーズ」のアルバムを開いたのを覚えている。『ライ麦畑でつかまえて』がとても際立っていた…。心の中で「彼を殺したらどうなる?」と思ったのを覚えている。そしてジョン・レノンを殺害することでもしかしたら自分のアイデンティティが見つけられるかも知れないと思ったのを覚えている。

どうしてチャップマンは殺人に至ったのか
チャップマン:
わたしは(レノンを殺さなければならないという)抑えがたい衝動に突き動かされていた。もはやわたしの善悪の観念や良心によって抑えることができるものは何もないということを悟った…それはまるで列車のようだった…暴走列車のような。何ものもわたしを止めることはできなかった。どうであっても…何ものも自分を止めることはできなかった。

ヨーコと共作のジョン・レノンの遺作「ダブル・ファンタジー」が発表されて1ヶ月足らずのうちの出来事だった。そしてジョンはその2ヶ月前に40歳になったばかりだった。

カナダでマーク・チャップマンの心理を追った映画が制作されるらしい。来年の1月に制作がスタートし、来年中に公開される予定なのだそうだ。マーク・チャップマンにジャレット・レト、その友人役にリンジー・ローハンがキャスティングされている。
映画のタイトルは「Chapter 27」、これはチャップマンが感化されたと語るサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」が26章であることから取ったとのこと。

わたしはマーク・チャップマンには何の関心もない。
しかし彼によってジョン・レノンは永遠に「伝説の人」になってしまった。本当なら、長い沈黙を破って発表された「ダブル・ファンタジー」のワールドツアーが日本からスタートし、ステージで歌う彼の姿に会えるはずだった。

いま彼のソロになってからの名曲を聴きながら書いている。
「Mother」「God」「Mind Games」「Jealous Guy」「Starting Over」(「Imagine」はあえてはずしてみる)…

あぁ、この声をもう生で聴くことはできないのだなぁ…。






acpフィリップ・シーモア・ホフマンが出ているという、ただその1点だけでベン・スティラーとジェニファー・アニストン主演のコメディ「Along Came Polly(邦題「ポリーmy love」 ←…この邦題は何とかならんか)」を借りて見た。

ベン・スティラーは特に嫌いでもないのだけど、とりわけ大好きというわけでもない。憎めないけど、あまり彼のコメディ映画のファンではないので、フィリップ・シーモア・ホフマンが出ていなければ見ることはなかったんじゃないかと思う。


ベン・スティラーの演じるキャラクターは往々にして「真面目で一生懸命なのだが場の空気を読めないためにヘマをする」というパターンが多い。

「Along Came Polly」でも同様で、何事もリスクを避けて安全な道を選んで生きてきたベン・スティラー演じる敏腕リスク・アナリストのルーベンは、新婚旅行で妻のリサ(デブラ・メッシング)とフランス人スキューバ・インストラクター(ハンク・アザリア)の不貞行為に遇い、単身NYの自宅に戻ってくる。そんな傷心の彼を励ます意味から、ルーベンの友人で売れない役者のサンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)が彼をパーティに誘う。
ルーベンとサンディはパーティ会場でウェイトレスをしていた中学時代の同級生ポリー(ジェニファー・アニストン)に再開し、それがきっかけとなってルーベンはポリーを食事に誘い、2人はたびたび出かけるようになる。
ポリーはとにかく細かいことを気にしない、自由奔放な女性。何事も危険を避けて生きようとするルーベンとはことごとく正反対な性格のため、2人はなかなかうまくかみ合わない…。

ここでのフィリップ・シーモア・ホフマン演じるサンディは、昔ヒットした青春映画「クロコ・ティアーズ」(もろ「ブレックファースト・クラブ」をパクったような映画!)に出演し、一度はティーン・スターとして名が売れたものの、今はパッとしない太った中年俳優というオイシイ?役どころ。まぁ、いわゆる「一発屋」です。
英語では "One hit wonder" といいますが、ちなみにかつては有名で今はその人気が翳ってしまったスターのことは "Has been" といいます。

psh-acp今や無精ヒゲにだらしなく太りきった体で、役者としてのプライドのカケラもないサンディを、本当にまったりと太っているフィリップ・シーモア・ホフマンが演じるとものすごーく説得力がある。(笑)
しかしどう見てもこの間「カポーティ」を演じてた人とは思えんなぁ。
カメレオン役者のフィリップ・シーモア・ホフマンだけれど、この映画では彼のこれまでの役柄の中でも、人を振り回すタイプの「パンチ・ドランク・ラブ」での詐欺師にも通じるところがある。
とにかく彼のボヨ〜ンと出っぱった、たるみきったお腹が「今は売れなくなった中年役者」を見事に表現する小道具として生きているとは。

ベン・スティラーのコメディがあまり好きでないのは、その笑いがいつもお下劣なネタであることが多いからだ。「笑い」と一言でいっても、そこにはいろんな質の笑いが存在すると思うが、ベン・スティラーの笑いは、いい意味でも悪い意味でも下品だ。とにかく眉をひそめたくなるような(でも子供は大喜びしそうな)不快感を伴う笑いなのだ。 こういう場合の形容詞として "disgusting" (気分が悪くなる)というのをよく使いますが、この映画の場合はそれをも通り越して、"gross" (吐き気を催すほど不快)に近いものがありました。
感じ方は人それぞれなんですが、わたしには "gross" だったなぁ、この笑い…。

この映画で言えば1つはバスケのシーン。
汗まみれで裸でそして毛むくじゃらの太った敵チームの男性の胸にルーベンの顔面がヒットする(しかもスローで!)シーンとか、" Irritable bowel syndrome (過敏性腸症候群 )" の彼が、ポリーの選んだエスニックレストランで初デートした時に異常なまでに汗だくになるシーンとか、見ていて本当に不快感を催すほどで、わたしにはこれらは全く笑えなかった。本当に不快感の方が強くて。

そうしてとにかくこの映画は出演者が無駄に豪華なのだ。
ベン・スティラーの新婚の妻で、スキューバ・インストラクターと浮気しちゃうリサにデブラ・メッシング。彼女はアメリカで人気のシットコム「ウィル&グレース」の主役でエミー賞も獲っている人気の女優さん。

フランス語訛りのスキューバ・インストラクターにハンク・アザリア。
何故か彼はこういう不思議な役が多いなぁ。確か「アメリカン・スウィートハート」の時も、キャサリン・セダ・ジョーンズのスペイン語なまりの恋人を演じていたし、「バードケージ」でもロビン・ウィリアムス宅の、激しくスペイン語訛りのあるメキシコ出身?の家政夫を演じていた。忘れてはならない、アニメ「シンプソンズ」でも彼はバーのマスター、モーの声で有名だ。
でも彼の真価が発揮されているのは、部下から厚い信頼を集める(雑誌記者の)優秀なデスクを演じた「Shattered Glass(邦題「ニュースの天才」)」だ。冷静で、部下を守り抜こうとするカッコイイ上司が実に素晴らしかった。この映画で彼は上層部との確執から解雇されしまうのだが、その後任に抜擢されるピーター・サースガード(好きです!)がこれまた冷静沈着で渋くていいのです。

ha-acpあ、話が脱線してしまったが、渋くていい役者であるハンク・アザリアが、とにかくこの映画では脱いで脱いで肉体美を見せまくる。
こちらが目のやり場に困って赤面してしまうぐらい、とにかく鍛え上げられた肉体を見せるのだ。(笑) こういうバカっぽい役もできるから、「ニュースの天才」のような映画を見せられると「すごいなぁ」なんて、その落差に関心しちゃうんだな。ちなみにこの写真の海パン男が、驚くべき肉体を誇るハンク・アザリアです。脱いでもすごかったです。
(左がデブラ・メッシング)

ルーベンの上司で、遣り手&ワンマンなカリスマにアダム・ボールドウィン。そして危険なことが大好きなルーベンのクライアントにブライアン・ブラウン。

豪華な配役なのに、役がストーリーの中でそれもそれほど丁寧に描かれていないため、役者の力量が生かされていない。どの役も消化不良のような感じだ。強いていえば、アダム・ボールドウィンの役はちょっとクセがあって変な人で面白かったけど。

恋愛映画としてもコメディ映画としても中途半端な「Along Came Polly」は、見事に興行的にも失敗してしまった。
特にストーリーに無理がある、とか役者の芝居が下手だ、とか音楽がよくない(ただ全く印象には残らない)、というわけではない。豪華キャストによる、ものすごく安心して見ることのできる予定調和のコメディなのだが、これほどエピソードがつまらなくて笑えないコメディというのは久しぶりな気がする。
ジェニファー・アニストンについて言えば、「自由奔放なポリー」という割には、この映画の中で最もまともな人間が彼女に見えてしまうのがそもそもダメなんじゃないだろうか。もっと人を振り回す自由奔放な魅力がないと、真面目な(はずの)ベン・スティラーが際立たなくなってしまう。どのキャラクターも通り一遍の性格づけで深みがないので、登場人物にも感情移入できない。

とりあえず、この映画は本当につまらなかった。
フィリップ・シーモア・ホフマンはまだ彼の出演場面で場をさらっていましたが、彼とてこの映画の救世主にはなり得ませんでした。
たまには誉めないレビューもいっか。

しかし、このままではあまりにボロクソだ。冷たすぎる。
なのでわたしの中で好きなベン・スティラー作品を2つ。

1つは彼の監督デビュー作にして青春映画の秀作、「リアリティ・バイツ」。この映画は大好きです。切ない映画好きのわたしにはたまりません。ビデオを買って持っているけれど、DVDで欲しいです。ウィノナ・ライダーのことをずっと想っているのに好きと言えないヒネクレ者で、頭はいいのに将来設計のない生き方をするイーサン・ホークがたまらなくいいのです。

そしてもう1つはベン・スティラーが監督した ジャック・ジョンソンの”Tayler”のPV。これはジャック・ジョンソンのアルバム "on and on" に収録されている曲なのだが、なぜこの曲のPVをベン・スティラーが演出することになったのか、その経緯が知りたい。(笑)
このPVを初めてMTVで見た時は、ほんとに大笑いしてしまった。
可笑しいのは「ジャックのPVを演出をするベン・スティラーが本人として登場し、ジャックに曲に合わせた(?)演技指導をして、そしてその様子をもPVとして収めている」ということ。ややこしいけど。
このPVでもお下劣ではないものの、やっぱりベン・スティラーの笑いがふんだんに散りばめられていて笑えるのだ。

だけど、どうしてジャック・ジョンソンはこのPVにベン・スティラーを起用したのか、未だに謎だ…。





いやぁ、連日スゴイことが起こってます。
こういうことはそうそうあるものではない。特に運のさほどよくないわたしには。
昨日に続き今日もラッキー・デイだったのだろうか。

うちのオフィスは駅を降りてほど近いところにある。駅を出てから信号を一つ渡るだけ。
いつものように近所のダンキン・ドーナツでコーヒーを買って、いつものようにオフィスに向かって歩いていた。

オフィスの入っているビルに入ろうといつも通り入り口に向かったら、何だか見たことのある男性が携帯電話でしきりに喋っていた。特にうるさいわけでもなく、ごく普通に、建物に入らず、入り口のところでウロウロしながら。

なーんか親しみのある顔だなぁ〜、なんて思ってエントランスのドアを押して開けようとしたら、偶然わたしの隣を歩いていた男性が「ねぇ、ねぇ、ねぇ、あれは本物だと思う??」って話しかけてきた。

…え、え、え、ってことは、「おやっ」て思ったのはわたしだけではないのね!や、や、やっぱりそうなのね!見間違いじゃないのね?!


そう、携帯電話でしきりに話しをしながらウロウロしていたのは、なーんとジョン・マルコビッチなのでした。

おぉ〜、昨日の村上春樹に続いて(わたしの中で)ビッグな人に遭遇だぁ〜!
しかしなんでこんなとこにジョン・マルコビッチがいるのだぁ〜!
彼はベージュのヌバック風のジャケットを着て、やはりベージュ系のコーデュロイっぽいパンツ&茶色の革靴を履いていた。

わたしとその男性はもう一度彼を確認しようとして振り返ると、
ジョン・マルコビッチも携帯でしきりに話ながらクルリと方向を変えてこちらを見たので、わたしたちは慌ててしまって " Hi !"と意味もなく笑顔で挨拶した。そしたら彼は笑いもせずに、しかも携帯を耳にあてつつ小さい声で "Hi !" と返してくれたのでした。
おぉぉぉぉ〜、ジョン・マルコビッチに "Hi" back されたよぉ〜!
ホントかよぉ〜!

わたしはまたまた軽く興奮状態でオフィスに駆け込み、着くなりボスに「今、たった今、ジョン・マルコビッチに遇ってしまったぁぁぁ〜!」
と報告したら、「あ〜ら、彼はしょっちゅうここに来るわよ。この近所に住んでるから。」ってアッサリ言われてしまった。そうなんだ、彼はボストンに住んでたのか。
ボスの話では、まだ小さいお子さんがいるそうだが、ボストンにあるフランス人学校に通っているのだそうだ。彼のパートナーがフランス人だからなんじゃないか、ということです。
「それにしてもなんでうちのビルに?」と聞くと、うちのビルのある階にあるマッサージを時々受けに来るそうだ。わたしは彼に会ったのは今日は初めてだったけれど、しょっちゅうやって来るらしい。

以前にうちのボスがオフィスの前で彼に会った時、「自分の名前が冠された映画(「ジョン・マルコビッチの穴」)が作られるのってどんな心境のものなの?」って聞いたら、彼はハッハッハッハと笑い飛ばしていたそうだ。
あるいは「姪っ子がフィルム・スクールに行きたいと言ってるんだけれど、どこかお薦めの学校はご存じですか?」なんて聞いても、「フィルム・スクールならカリフォルニアに行った方がいいと思うよ」なんて
気さくに答えてくれたそうだ。(しかし何て世間話をしてるんだ!)
普段も無表情だけど、いい人なのかも知れないな、ジョン。

いやぁ、村上春樹に遇った次の日にジョン・マルコビッチに遇う、っていうのも何だかすごくないですか。
これまであまり「運」というものに縁のなかったわたしはちょっと舞い上がってます。

2度あることは3度ないかな。
明日、また誰かに会ったりしないかな。(笑)





あぁ、今日はもう1エントリ書かないと。
なぜかというと、この自分の中の興奮を、今の勢いでとどめておきたいからです。

今日は所用でハーバードまで出かけました。
本来家を出る予定だった時刻に電話が入って、ちょっと予定より遅れて家を出、ほどなくバスを捕まえてハーバードに到着。
目的地に向かってトコトコと歩いていたら、ハーバード大グッズを売っている老舗の店にさしかかった時に一人の人物に目が留まりました。その人はお店の前で人待ち風に立っていて、そして「どうか私に気づいてくれるな」という風にちょっと下向き加減でした。

わたしは普段からの習性として、街中でアジア系の人がいると無意識に目で追ってしまうことがあり、「あ、あの人はファッションからして日本人だな」とか「あの人は中国の人みたいだ」とか、自分の中で「エスニシティ・クイズ」をしてよく楽しむのです。
これはアジア系の人だけに限らず、アメリカ人の場合だと尚のこと面白いのだけれど、いろんなルーツを持った人が集まっている国なので、いろんな要素(外見だったり名前だったり)からその人のオリジンを見つけだそうとするのが楽しかったりするのです。


あ、そう、それで、やはりアジア系の人だと尚のこと目が留まるので、何気なくふとそのに視線を送ったのでした。

そうしたらば、わたしの視線の先に立っていた人物は…

なんと村上春樹さんなのでした。
おぉ〜!こんなところで出会うとは〜!

わたしは全く心の準備ができていなかったので(当たり前か)、「あっ!村上さんだっ!」と思ったけれども、声をかけていいものかどうか躊躇し、そしてその間にも村上さんの前をほとんど通り過ぎてしまいそうになっていました。
気がついた時、意識して少し歩幅をゆるめたけれど、最初「ん?」と思って、もう一度視線を送ったら、村上さんも気づかれたようで「どうかわたしには声をかけないように〜」バイブスがものすごく強く発信されていたため、声をかけることのできないまま、「あぁ、こんなチャンスはもうないかも…あぁ、もう一度振り返って確かめたい…」と後ろ髪を引かれつつ振り返らずに声をかけないまま通り過ぎたのです。

後々まで「やっぱりあの時勇気を出して声をかければよかったかな…」と思ったものの、村上さんが人と待ち合わせのようだったのと、外国であったにせよ、やはり人の注目を浴びるのは避けたいだろうな、と思ったのとで、偶然お見かけしただけでもすごいことだと自分を納得させました。
そして用事を済ませ、帰りのバス停近くにあるPeet's Coffee に立ち寄ってアップルサイダーを頼んで一服してからわが街に帰って来ました。

この時期になると毎年恒例の行事として、自分の部屋にかけるカレンダー選びます。
10月の末になると書店にはドーンとカレンダーを集めた大きなコーナーができて、それこそ風景写真のカレンダーからマンガのキャラクターから、ファイン・アーツのカレンダーからいろんな種類のカレンダーが一堂に並びます。

yoshitomo naraわたしはここ4年ほど大好きな「OLIVA」という絵本のキャラクターが描かれているカレンダーを使ってきたのですが、来年はちょっと趣向を変えて奈良美智さんのカレンダーに決めました。OLIVIA のカレンダーも可愛かったんだけど、ちょっと長いおつきあいになったので、2006年は奈良美智と過ごそうかな、と。
 

そうして奈良美智のカレンダーも入手し、ウキウキしつつバスでうちの近所まで戻ってきてからレンタルビデオ屋に寄ったら、ありました、「椿三十郎」が! 
このレンタル屋はアメリカのビデオ屋さんなのにとにかくマニアックな映画をたくさん置いていて、他になくてもここにはある!というインディペンデント映画の宝庫のお店。
「椿三十郎」を探していたら、柳町光男の「火まつり」まであったのには驚いた!なんてマニアック!

そんなわけで、村上さん、今日のあなたは "You make my day! " でした。なんか何事もスムーズにいき、気持ちのいい一日でした。
村上春樹さんにお声をかけることはできなかったけれども…。


しかし、柳沢慎吾ちゃん風に言うならば、

”いい夢見させてもらったぜ。”

っていう感じでしょうか。







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