今日はお昼過ぎても気温が上がらず、氷点下。
午後には雪になってしまった。
まだ12月にもなってないのにこんなに寒かったかなぁ、例年のサンクスギビングは。
ラジエーターの調節ができないので暖房が入るとわたしの部屋は異常に暑い。セントラルヒーティングのため調節できないとなると窓を開けて冷気を入れるぐらいしか温度を下げる方法がなく、いつも真冬なのに家の中ではTシャツ1枚という、体調管理が非常に難しい生活になっていまいます。寒くてこごえるよりはマシですが、それでも結構大変です。ボストンは北海道と同じぐらいの緯度だと思うので、もし日本に帰ってもわたしは北海道で暮らせるかも知れないなぁ。スキーも飽きるほどできるし。
ところで「新選組!!」の続編の放送日も近づいてきて、なんだかTV雑誌から続編特設ブログからトークショーイベントから、「新選組!」総集編再放送情報までてんこ盛りです。
そうして、インターネットで公開される情報以外はリアルタイムでチェックできないので、ファンの皆さんのレポートを待つばかり。
でもあまり内容に関して詳細に触れられていると、ドラマを見る時につまらなくなるので我慢して読まないようにしてる、これが結構ツライ。
今発売している「TVnavi」の耕史くんの対談のゲストが三谷さんなのだそうだけれど、そこで三谷さんがオダギリジョーくんの(秘かに?)熱い人柄に触れているのだとか。
日本から送ってもらったビデオの中にオダギリくんが「TR(トップランナー)」に出演した時の録画も入っていた。
その前に「情熱大陸」での彼のドキュメントも見ていたのだけれど、彼は口下手だけれど内に情熱を秘めた人、という印象はすごく伝わってきた。
わたしは彼の活躍をリアルタイムで見ていなかったから、たくさんの映画に出て、そしてそれが評価されていることは知っていても、ちゃんと演技しているのを見たのは「新選組!」が初めてだった。
友人は「さんまちゃんのバラエティに出てたりもしたし、結構喋っていた」というのだが、わたしにはその姿は想像できない。特に売れっ子(って死語ですか?)になってからの彼は極力そういう素で人前に出ることを避けているような様子だったし、そんな彼がバラエティに出てさんまちゃんにいじられているのか、と思うと不思議だった。
わたしのオダギリくんの印象は、(ちょっと暗めだけれど)とにかく「顔の小さい人」そして「顔立ちの整った人」というものだ。TVで彼の顔がアップになったりする時も、じーっと顔を凝視してしまう。顔立ちに惹きつけられるものがあるからなんだろうな。
「情熱大陸」でも「TR」でも彼は「役者は自分のことをあからさまにする必要はないんじゃないか」「プライベートを見せない方が役を演じる上でいい」というようなことを語っていたなぁ。
「TR」で面白いなと思ったのは、「僕らの世代で ”こういう仕事のやり方っていいなぁ”って思うのは、浅野忠信さんじゃないですか」と司会の山本太郎くんに言ってたことだ。
確かに浅野忠信は確実にオダギリくんがやろうとしていることを早い段階からやってきた。
映画に絞って出る(TVドラマや舞台など、「生の彼」が出るものには出演しない)、新しい才能を持った若い監督と仕事をする、映画の規模にはこだわらず自分が面白いと思った作品を選択する、プライベートはほとんど見せない(奥さん関連で触れることもあるでしょうが)。
そういう限られた情報から、彼が演技することに対して真摯であること、世間に露出することが彼の目的ではないという姿勢が感じられて、彼の参加した仕事は面白いんじゃないかと思わせる付加価値がつく。もちろん、狙ってそうしているわけではないだろうけれど。
「何だか面白そうな映画には必ず浅野忠信が出ている」というのが、そのうち「浅野忠信が出ているから面白いんじゃないか」となったりする。
たぶん、浅野忠信ことを注目している人はたくさんいて、そして彼のファンである人も多いと思う。でもどれだけの人が彼の熱狂的なファンで、彼の映画は欠かさず見ているのだろう。
わたしもやはり浅野忠信はカッコイイと思うし、彼が出ている作品は面白いんじゃないかと思う人間の1人だけれど、多くの人は彼のライフスタイルのカッコよさに惹かれているんじゃないかと思ったりする。少なくともわたしの場合、彼の演技より彼のそういうイメージの方が先行している感がある。
オダギリくんの場合は浅野忠信よりも露出度は高い。極力フリートークの番組には(苦手なので)出ないようにしているみたいだけれど、きっと今は「オダギリジョーとはこういう人」というイメージ作りの土台を築いているところなのだろう。
「スマステ4」の新選組隊士大集合SPの時だって、新選組のメンバーとして最後まで生き残った隊士の1人なのに、オダギリくん(斉藤一)欠席の理由には全く触れなかった。
もっと言えば「斉藤一」の存在を完全に抹殺して進行されていたのが不思議だった。「オダギリジョーさんは都合のため欠席です」と言ったっていいのに、と思ったけれど、番組中、頑なにオダギリジョーについては触れなかった。あんなに仲のいいメンバーなのにね。
いろいろ諸事情があるんだろうな。
「情熱大陸」で、番組のディレクターが「オダギリさんはやっぱりスターだ」という発言に対し、オダギリくんはちょっとムキになって、「どうしてですか?2ヶ月間ずっと僕を追ってて、僕がスターになることを目指している人間に見えましたか?」と激しく喰いついていた。
自分は最もそういう位置にいたくない人間なのに、そう呼ばれるのが嫌な人間なのに、といわんばかりだった。
思うにディレクターが言いかったことは、彼が望む、望まないに拘わらず、彼にはそういうオーラがあるのだと、彼には人を惹きつける魅力があるのだと、彼の魅力をそう表現しようとしたのだと思うのだが、オダギリくんは「”スター”なんて、オレが欲しいものじゃない!」っていうぐらい拒絶していたなぁ。
でも「TR」の時には、もう「浅野忠信の仕事の仕方がかっこいい」というようなことを思うのすらも、”どうでもいい” と思えるようになった、と語っていた。
一生懸命イメージをコントロールする、ということをやっているうちはやっぱり彼の本来の姿ではないんだろうと思う。浅野忠信でも別に今のようなポジションをガムシャラに築いてきたわけではないだろう。ただ自分が快適でいられる方法を探し出して、そしてそれを無言で実行してきただけなのだ。そうしたら「浅野忠信のカタチ」が完成されただけなのだ。
オダギリくんは今「オダギリジョーのカタチ」を形成しようとしている最中で、そして無理なコントロールがなくてもそのカタチを維持できる時が来たら、きっと誰も彼のことを”スター”って呼ばなくなるんじゃないかな。そう呼ばなくても彼の仕事ぶりが全てを物語っているだろうから。
そのためにも、独身でいると世間からの余計な干渉が多いだろうから、彼が俳優業に没頭できるいい環境をもたらすには、早めに結婚してしまうのがいい案かも知れない。
彼の様子からして、彼のクリエイティビティを理解しお互いに尊敬し合える才能のあるアーティスティックな女性を奥さんにもらうというのがベストなんじゃ… って、これだとまた浅野忠信と同じになっちゃうか。(笑)