結局、おとついはYo-Yo Maのコンサートを見ることができなかった。
当日券自体が発売されなかった(或いは1枚もキャンセルが出なかったのかも)のだけれど、それ以前に余りチケットを求めてシンフォニー・ホール前に並んでる人が山のようにいたのだった。
開演直前にもう一度(最後の望みで)訪れてみた時には、既にその人たちの行列もなくなっていて、スーツやタキシードなどのフォーマルな装いに身を包んだ紳士淑女の皆さんがホール内へと足を運んでいた。
カジュアルな服装の女の子が一人、"Ticket Please"と小さなノートにボールペン書きで記されたサインを掲げていて、運良く年輩の女性から余ったチケットを譲り受けているのが見えた。
わたしには連れがいて、この状況で2枚のチケットを入手するのはかなり無理な様子だったこともあり、残念ながらあきらめてホールを後にした。

友人の友人から「リリィ・シュシュのすべて」のDVDを又貸ししてもらっている。このDVDはリージョンコードが「3」で中国語と英語のサブタイトルになっていて、パッケージも中国語と英語表記。
ちなみに中国語のタイトルは「青春電幻物語」、英語タイトルは「All About Lily Chou-Chou」。
わが家のDVD機はリージョン・フリーなので見られるけれど、友人のはアメリカ製なので見られないのでは…。本人はわたしの後に見るつもりでいるけれど。しかも友人のPCではDVDも見られない。どーするのだ。(笑)
そんなわけで、特典映像が入ってなくてちょっとガッカリした。
映画について。
冒頭で、この映画のタイトルにもなっている歌手「リリィ・シュシュ」に関するファンサイトの掲示板の書き込みが、スクリーンにずっと打ち込まれてゆく。カタカタと鳴るキーボードの音と同時に、打ち込みが変換されて文章となって現れる。
実はわたしはこういう演出が好きではない。視力が悪いこともあるのだが、単純に読むのに疲れてしまうので。
ただ、物理的な問題だけでなく、書き込まれている内容(特に主人公が唯一生きている証として拠り所にする歌手リリィ・シュシュの放つ「エーテル」という概念について)を読んでいても、リリィ・シュシュの信奉者たちとこちら側の温度差を感じて、ちょっと引いてしまうのだ。
彼らがリリィ・シュシュと彼女の抽象的な概念である「エーテル」を語れば語るほど、見ているわたしは架空の人物と作りあげられた架空の概念にちょっと嘘くささを感じてしまって引いてしまう。
この感覚は何かと似ているなぁ、と思ったら、「エヴァンゲリオン」の世界観が語られる時の感覚に似ているのかな、とふと思った。わたしは「エヴァンゲリオン」をよく知らないのだけれど。岩井俊二はきっと好きなんじゃないかな。
物語導入部の掲示板での書き込み、というパターンは森田芳光の「HAL(ハル)」でもあった。内野聖陽と深津絵里が好演する愛すべき映画。
こちらは映画ファンのサイトで、やはり架空の映画についてファン同士がハンドルネームを使って掲示板に書き込みをしていて、それが物語のきっかけになる。バーチャルな世界と現実世界の同時進行。但し、「HAL」はまだパソコン通信の時代の話だったけど。
「リリィ・シュシュのすべて」は何とも「痛々しい」映画だった。
14歳の少年と少女たちの、瑞々しく、そして痛々しい姿が刻まれた映画だった。
この映画はすごく好きな人と、そうでない人とハッキリ分かれる映画みたいだ。好きな人はトコトン好き、でも嫌いな人は全く受け付けない。
わたしの感想は微妙だ。
何か心に引っかかってくるものはあって、それがわたしを引っ張って最後まで映画を見せてしまう。でも、じゃあ好きな映画かと問われると、ちょっと即答できない。何度も見たい映画かと聞かれると、やっぱりYesとは言えない。
「Love Letter」で描かれた2人の藤井樹が陽の世界にいるなら、「リリィ・シュシュ」の主人公達は陰の世界に生きている。でもどちらも同じぐらい、痛いほどピュアな存在なのだけれど。
わたしはこの映画の間中、登場人物たちの顔や姿形をずっと見ていた。
思春期の、子供でもなく大人でもない年齢の、その時期にしか見ることのできない表情や、顔の輪郭や、手足の細さや、そういうものに目がいってしまっていた気がする。わたしは物語よりも主人公達の「思春期」の瞬間を見ていた気がする。
主人公の市原隼人が透明感があって、少年期の危うさが出ていて非常にいい。誰かに似ているなぁと思ったら、デビューした頃の滝沢秀明を思いだした。そしてなんか田辺誠一にも似てる。
最近の市原くんの出演作は見ていない。写真を見る限りではもうずいぶん男っぽくなっていた。
わたしが好きだったのは、剣道部の先輩の高橋一生くんと市原くん、忍成修吾くんがラーメンを食べに行くところと、市原くんと蒼井優ちゃんの2人のシーン全て。特に市原くんが優ちゃんを家に送っていく(後をついてってるだけだけど)シーン。市原くんと優ちゃんのシーンはどれも胸を締めつけられてしまう。携帯電話での会話、田圃のあぜ道で踏みつけられてボロボロになる1万円札。
中1の時の市原くんたちの希望に満ちた青春の象徴として登場する、先輩役の高橋一生くんがやっぱり爽やかで目が止まる。「IWGP」の頃と同時期のはずなのになぜか若く見えるなぁ。「怪奇大家族」、見てみたいです。
あと、市川実和子と大沢たかおが、やたら印象に残ります。
「リリィ・シュシュ」は、見終わった後に何とも言えない優しい空気とモヤモヤとした後味の悪い空気が混在する不思議な映画だ。青い空と緑の田園風景が広がる地平線がいつまでも視界に残る。
岩井俊二はこれを遺作にしたいと言ったそうで、彼のこの映画に対する深い思いを知った。
しかしそんなこととは裏腹に、わたしは「エーテル」と聞くと、
「メーテル〜、エーテルが煮えてる〜」
という、江口寿史の「すすめ!! パイレーツ」に出てくる懐かしのギャグが頭を駆け巡って、映画を見ている間中、犬井さんのメーテルが現れて本当に困ってしまった。