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史上最悪のハリケーン「カトリーナ」の来襲によって、甚大なる被害を被っているフロリダとルイジアナのニュースを見て自然の驚異を感じつつ、その影響でこちら(マサチューセッツ)も昨日からずっと激しい雨続きで気分はちょっとブルーです。

ご存じの方も多いかもしれませんが、ハリケーンには女性の名前がつけられます(なぜかは知りません)。全米の「カトリーナ」さんは、本当に不本意だろうなぁ。「なんで今回のはわたしの名前なんだよっ!」と怒り心頭なんじゃないかと思います。そのくらい、今回のはデカかった。

 


三谷さんの「ありふれた生活」を読んでいたら、まだビデオデッキなんかが普及する遙か前、三谷さんが小学生の頃にどうしても大好きな映画(スティーブ・マックィーンの「大脱走」)を記録に残したくて、TVの前にラジカセを置いて音声だけを録音した、という話があった。

毎日毎日その録音を聞いて台詞を覚え、学校の校庭で級友に一人芝居を演じて見せて気味悪がられたりしたそうだ。 ある年齢以上の人には同じような経験があるのだと思うけれど、わたしも子供の頃、どうしてもその主題歌を歌いたくてラジカセをTVの前に置いて録音した番組があった。(実際にはうちの兄が録音したのだが)

NHKでその昔、夕方に連続人形劇を放映していた。でも人形劇とバカにしてはいけない。当時、子供から大人までを虜にし、そのビジュアルの斬新さ、物語の面白さで大人気だった、「南総里見八犬伝」を下敷きにした「新八犬伝」という人形劇だ。辻村ジュサブローの人形の素晴らしさも相まって、子供のための人形劇という枠を越えて高く評価されたドラマでもあった。

わたしと兄は、ナレーションも務めていた坂本九ちゃんの歌う ♪ 仁・義・礼・智、忠・信・孝・悌 いざとなったら玉を出せ~  力のあふれる 不思議な玉を~ ♪ という主題歌をどうしても録音したくて、夕食時に台所で忙しく働く母の後ろで息をのんで(録音ボタンを押すタイミングの逃さないように)TVの前で録音待機していたのを思い出す。カセットはどこに行ってしまったのか、確か最終回は丸々録音した気がするんだけど…。

今となってはかなりいろんなことを忘れてしまっているのだけれど、わたしたちは「新八犬伝」が大好きで、登場人物の誰がどの玉を持っているかというのを、登場人物の似顔絵入りで表を作って部屋の壁に貼っていた。(この頃から既にマニアック指向…)ちなみにわたしが好きだったのは当時一番人気だった犬塚信乃ではなく、ちょっとワイルドな犬山道節で、当時から渋好みのサブキャラ嗜好があったことが忍ばれます。

こういう、仲間が集まって1つの目的を果たすために志を同じくする、という物語を愛するわたしは、「新選組!」にはまっている現状と照らしてみても、「変わってねーじゃん!」と突っ込んでみたくなりますな。「ロード・オブ・ザ・リングス」も好きだしなぁ。「水滸伝」もいつか読んでみたいと思っているものの、飽き性のわたしにあんな長編を読了する根性はないかも知れない…。

「新八犬伝」が実は2年も続いていたことを今さっき知った。そんなに長かったのか。夢中で見ていたから知らなかったな。

残念ながらNHKにも資料映像が2,3しか残っていなくて、再び全ての「新八犬伝」を目にすることは幻であろうと思われるけれど、根強いファンの人はこの作品の面白さを後世に伝えるべく、インターネットのサイトで「新八犬伝」を紹介している。

新八犬伝をもう一度見ようよ!」はいろんな情報を網羅した代表的なサイト。ちなみにNHKのページで最終回の1部がRPかWMPで見られるようになっていたことに感動。(1分半ぐらいですが)

そうして、そうです、思い出しました、兄とよく真似して言っていたのが

「われこそはぁ~ 玉梓がぁ怨霊ぉ~~!」。 

懐かしーっ!

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TR久しぶりにトッド・ラングレンのCDを出してきて聴く。きっかけはTVでのGAPのコマーシャルだった。現在流れている最新CMで、トッド・ラングレンの「Love Is the Answer」が使われているのを耳にしたからだ。

最近あまりトッド・ラングレンを聴かなかったけれど、彼はときどき無性に聴きたくなるアーティストの1人だ。こちらに来てからベスト盤("The Very Best of Todd Rundgren")を1枚買った。

わたしがトッド・ラングレンを知ったのは確か坂本龍一のFM番組の「シブリク」(渋い曲のリクエスト)のコーナーでトッドの名曲「I saw the light」を聴いたのが最初だった。わたしはこの番組で数々の珠玉の名曲やかっこいいアーティストを教えてもらい、自分の音楽の嗜好を自覚したわけだが、それ以来トッド・ラングレンも好きなアーティストの1人になった。

 


といっても、わたしは彼のハードな面にそれほど惹かれないのでUtopia時代の曲はあまり聴かない。彼のメロウな曲の方が好きだ。今聴いている「The Very Best of Todd Rundgren」も16曲中3曲しかUtopia時代の曲は収められていない。「Be Nice To Me」「A Dream Goes On Forever」「Can We STill Be Friends」の切なさといったら。彼の繊細さを代表する名曲なのだ。

ずいぶん昔、彼の来日ツアーを見に行ったことがある。なぜか関西での公演は1回のみ、大阪でなく京都、しかも市内ではなく長岡京市という、とんでもなく不便で遠いところであった。これは今でも謎だ。

コンサートは非常に盛り上がったのを覚えている。何よりわたしを涙させたのは、彼のオリジナルナンバーの素晴らしさもさることながら、噂に聞いていたマーヴィン・ゲイのメドレーを中盤過ぎに奏ってくれたことだった。これは期待していなかったので非常に嬉しかった。本家本元も喜ぶであろう見事なメドレーなのだった。今となってはうろ覚えだけれど、そのときは確か 「Mercy Mercy Me」~「I want you」~「What's goin' on」という流れだった。まるで自分の曲を演奏するかのような愛情あふれたマーヴィン・ゲイ・ナンバーを披露してくれた。

ところで、わたしは彼の顔を未だ完璧に把握できていない。面長で長髪、これはわかる。でもわたしには写真によって彼の顔はいつも違って見えるのだ。時にはジェフリー・ラッシュのようだったり、時にはヒラリー・スワンクみたいだったりする。手元の「The Very Best of...」のCD写真を見てもどの写真も全然違った顔つきを見せている。これも彼の多面性を表現する1つの要素なのか?!

残念ながら彼のベスト盤「The Very Best of Todd Rundgren」にはわたしの愛する「Wailing Wall」は収録されていない。彼の2ndアルバム「Runt. The Ballad of Todd Rundgren」(あの彼がピアノに向かって後ろ向きに座っていて首を吊っているジャケットで有名)の4曲目に入っていて、そのCDは現在日本のわたしの部屋の片隅にある。

聴けないとなったら無性に「Wailing Wall」が聴きたくなってしまった。

うわぁぁぁ、たった今聴きたいぃぃ!





近頃わたしは家族や友人に多大なる迷惑をかけている。
日本から遠く離れた地球の裏側にいることを言い訳に、方々にお願い事をして回っているためだ。

それはTVドラマの録画だったり、インタビュー番組の録画だったり、本や雑誌の購入だったり、新聞の切り抜きだったりする。そうして、そう、それらは全て「新選組!」に関わることだったりする。

そういう周囲の協力があって、オダギリジョー出演の「トップランナー」や「実録・小野田少尉 遅すぎた帰還」や三谷さんの朝日のコラムなどを入手することができた。(オダジョーのはまだ見ていませんが)

 


そうして、今朝、アパートのドアホンを鳴らす人がいた。郵便の配達だ。
わが家は建物の地階にあるのだが、インターカムではないために(他の階はインターカムなのに、なぜ?)ドアベルの音は聞こえても応答する手段はない。なので1階まで駆け上がっていかなければ、家に人がいることがわからない。

反応が遅れれば「不在」とみなされて不在票を郵便受けに入れられ、郵便局まで取りに出向かなければならなくなる。通常の郵便物は黙っていても郵便受けに入れてくれるが、小包になると受取人がサインをしなければいけないから、郵便受けには置いていってくれない。
その場で配達の人を捕まえないと不在票を入れていかれて郵便局戻りになってしまう。コンシェルジェがいるようなアパートなら、だいたいはそこで預かってもらえるが、うちはそういうシステムじゃないから、家人がいなければ即刻持ち帰りになる。

 わたしは朝、シャワーを浴びたばかりで頭はバスタオルターバン状態だし服もちゃんと着てないわで、思いっきりあわてて服をきて、濡れた髪を振り乱しながら階段を駆け上がっていったら、配達人は既に建物の外で車を出そうとしていたところだった。

 「うわぁぁぁぁ、待ってくれぇぇぇぇ!」
 わたしは必死に追いかけて何とか配達人を捕まえ、一旦建物に戻って郵便受けに入れられた不在票を取りに帰り、ようやく荷物を受け取ることができた。ああ、間に合ってよかったよかった。
 あまりにすごい格好だったので「ここにサインして」と言われサインしている間もクスクスと笑われた。
 「いや、シャワー浴びたばっかりだったもので…」と一応言い訳をしておいた。


こんなにパニクった状況でありながらも、アパートの鍵は忘れずに握りしめて出てきた自分にちょっと感動。
オートロックだから、もし鍵を持ってなかったらものすごく恥ずかしい格好でロックアウトされていたのです。ルームメイトも仕事が休みで部屋にはいたんだけど、ちょうどその時、入れ替わりでシャワーを浴びていたので、ロックアウトされていたらわたしは彼女がバスルームから出てくるまで待たなきゃいけなかったのだった。

 そんなこんなでゲットした荷物は…何を隠そう、三谷さんの「ありふれた生活」3冊と、「月刊TV navi」だ!(笑)
Amazonで注文した三谷さんの本は3冊とも中古だったのに、染み一つ、折り目一つついてないキレイなものだった。3冊中、2冊の帯はついてなかったものの、全く新品と変わらない状態。しかも注文した2日後には既に実家に2冊届いていた。
 ちょうどそのころ、「月刊TV navi」の発売日でもあったので、山本耕史くんの対談と堺さんのコラム読みたさに、ついでに荷物に入れてもらうことにして、こちらに転送してもらう手筈になっていた。

三谷さんの本はそれほどの良品ながら、1冊150円ほどの値段だった。アメリカに転送してもらう料金の方が高くついてしまったよ。母上、「新選組!」を愛するバカモノのためにワガママを言ってスミマセン。お許しください。

ワクワクしながら本を開いて読み始めたら、やはり「新選組!」を見ている時のように面白くて止められなくなってしまった。もちろん3冊目の「大河な日日」から読み始めたのだが、コラムの一編に三谷さんが国立劇場に文楽を見に行ったことが書いてあった。まぁ!
 ふふふ、ちょっと嬉しい。そうしてそれを読みながら、彼の脚本の練り上げられた簡潔なセリフや構成が生み出される環境は、実はこんななんだなぁ、と思うと不思議であり面白くもあった。

そんなわけで、まだまだわたしの「新選組!」ストーカー状態は続きそうな気配です。周囲の皆さんにもいろいろとご迷惑をおかけしますが、どうかひとつ…。この場を借りて御礼とお願いを申し上げる次第です。

そうそう、藤原竜也くんの2002年の「身毒丸ファイナル」をDVDで見た。
これは非常に印象的な舞台で、この「しんとく」を彼が15歳の時に既に演じていたのかと思うと驚嘆する。やはり「天才」と言われるわけだ。当時すでに大きな話題だったけれど、どっちかというとその時は彼が舞台上で全裸になるというような話題が先行していたなぁ。

宮川彬良のテーマ曲も素晴らしかったし、オープニングの演出は当分忘れられそうにない。幻想的な音楽と怪しい登場人物たちが暗闇の中から舞台にボォッと現れてくるタイミングとスピード、それらの間を縫って走る新聞配達人の動き、とにかく広く大きな舞台を存分に使ったものすごくインパクトのある世界がそこにあっ た。
つげ義春の世界を具現化すると絶対こうなる!というオープニングだった。これはもう、完全に「ねじ式」や「ゲンセン館主人」の世界。
 蜷川幸雄が特典映像のトークで「おれって才能あったんだねぇ、当時は!」と笑っていたけど、確かにこの世界観は完成されてます。

主人公・しんとくの疑似家族での「家族合わせ」という札合わせゲームのエピソード、しんとくが”母札”だけを独り占めにしてしまうくだり、泣けました。

しんとくと義母・撫子、お互いの愛情と拒絶、「お義母さん、もう一度、僕を妊娠してください!」「もう一度…もう二度、もう三度、できることならお前を産みたい、お前を妊娠してやりたい…!」と茨の道を歩むことを決意して姿を消してゆく2人の姿が痛々しかった。

母の愛に飢えた藤原くんに泣け、母よりも妻よりも「女」であることを選んだ白石加代子にノックアウトされた「身毒丸」でした。





わはははは!インターネットのニュースを読もうと思ってアクセスしたら、ヘッドラインでいきなり

「奥菜と交際?男優はうなずく」

という見出しが目に入った。あまりにキャッチーな見出しで笑ってしまった。

目下話題の(?)奥菜恵の「不倫相手の若手男優」とは山内圭哉のことなのだが、舞台「シャッフル」で共演したのが縁で交際に発展したという噂が先月出ていた。

山内圭哉は大阪の出身で、わたしは彼がまだリリパット・アーミーにいた頃の舞台を一度だけ見たことがある。最近では「新選組!」の第3話に橋本左内の役でゲスト出演していた。

 


近藤は茶店で橋本と坂本龍馬に会うが、橋本が追われている様子だったので自宅の試衛館に招く、というエピソードがあった。客人にお茶を出そうするも、養母・ふで(野際陽子)のイジワルによって道場の板の間で白湯しか出せず恐縮する近藤。そこへ養父の周斎(田中邦衛)が近藤の見合い話の相談のためにたびたび来ては邪魔をする。客と会談中と知りつつ、柱の陰で近藤に声をかけたい周斎が話の切れるタイミングを待ちつつモジモジしている様子を見て、山内圭哉演じる橋本が「…あのぉ、お呼びのようですよ」と近藤に注意を促してやる時のタイミングが絶妙で笑えた。

次の舞台の制作発表での山内圭哉のコメントにまた笑った。

「それなりに(俳優を)やってきたので“若手俳優”と言われないようにちゃんと頑張る」と自虐的にあいさつ。

頑張れ、山内圭哉(33)!

これで一気に知名度アップだ!





前々から見たいと思っていた行定勲の「ひまわり」を見る。

行定勲の劇場デビュー作であり、麻生久美子(おりょう)、堺雅人(山南さん)、田中哲司(良安先生)、光石研(第8回「どうなる日本」でエゲレス水兵を斬っちゃう伊東軍兵衛)と、「新選組!」出演者率かなり高し。

 


仲間たちが、あるきっかけによって集まり語り合いながら一夜を海岸で過ごす ― あれ、この設定はどこかで見たことが…と思ったら、同じく行定監督の「きょうのできごと― a day on the planet」と同じではないですか。

「ひまわり」では小学校の同級生・真鍋朋美の海難事故による葬儀出席のために元クラスメートたちが集まり、「きょうのできごと」では大学の同級生&後輩たちが仲間の大学院進学を祝うためにその友人の家に集まる。とりとめのないエピソードを積み重ね、最後に皆で浜辺で語り合い朝を迎える ― 展開も同じだなぁ。

それにしても、「新選組!」の時から感じていたのだけれど、麻生久美子は芝居が上手い…のだろうか?わたしは評価の高かった「カンゾー先生」も見てないし、ほとんどの彼女の出演作を見ていないので何とも言えないけれど、「新選組!」のおりょうさんを見ている限り、お芝居の上手い人という印象は受けなかった。もっと言えばかなり棒読みに近かった気がする。彼女が映画にひっぱりダコで人気があるのも、雰囲気のある人なのも知っているけど、わたしにとって初めてちゃんと見た麻生久美子が「新選組!」だったので、ちょっと意外だった。もっと上手い人なのかと思っていた。もしかしたら出番も限られていたし見せ場もそれほどあったわけではないから、彼女の持ち味が出ないままに出番が終わってしまったのかも知れないけれど、他の作品を見てないわたしにはちょっと拍子抜けだった。

「ひまわり」で彼女は主役の朋美を演じているのだが、またこれが何とも幸薄そうな、消え入りそうな存在だった。まぁ、事故で亡くなってしまうわけだからそういう風に演じた、と言われればそうなのかも知れないが…彼女のあの何ともつかみ所のないところが個性なのかなぁ。とにかく絵に描いたように幸薄そうで生命力が感じられない。

それに引き替え、わたしを脅かせたのはヘアメイクアップアーチストだった堺雅人!ちょっとポッチャリしてる!声が今より低いぞ!そしてやっぱり(?)怪しい!怪しすぎる!顔つきも今とかなり違う気がする。何だか暗い。(うちのビデオデッキとレンタルVTRの質のせいなのか)メイクアップアーティスト&お葬式ということで黒を身にまとっている堺さんですが(私服でも黒服多し)、なーんか色つきメガネだし、うさんくさいぞ!

朋美(麻生久美子)は雄一(堺雅人)のメイクの練習台になってあげていたが、別れた後も雄一にずっとメイクをしてもらっていて、彼女が事故にあった朝も、早朝に雄一を訪ねてメイクしてもらう。

麻生久美子に自宅を訪れられてドアを開けつつ堺さんの一言。(思いっきりテンション低くて面倒くさそうに)

「…ちょっと早いんじゃなぁい?」(語尾上げ)

麻生久美子にメイクした後「わたしの顔って…どう?」と聞かれ(水飲みながら)

「…いんじゃなぁい?」(語尾上げ)

このやる気ナシ具合は土方の「オネガイシマ~ス土下座」に匹敵するほど脱力感をそそります。

朋美の葬儀でかち合っちゃう、彼女に関わった男たちに光石研、北村一輝、津田寛治、堺雅人、田中哲司というのはある意味マニアックで豪華です。麻生久美子の微妙な魔性具合が見て取れます。

これといったストーリーはなく、朋美と小学校の同級生・袴田吉彦くんとの思い出のエピソードが紹介され、彼女が初恋の相手・袴田くんとの思い出をずっと胸に秘めていたことがほんのりわかるのですが、このパターンはやはり同じく行定監督の「世界の中心で愛をさけぶ」っぽくて、制作年は「ひまわり」の方が先だし「世界の…」は原作もあるわけだから偶然だとは思うものの、なんとなく行定監督の後の作品との共通項が散見される内容でした。

ついつい「ひまわり」と「きょうのできごと」を比較してしまうのだけれど、個人的には「きょうのできごと」の方が好きかな。「きょうのできごと」の方が微笑ましく、仲間が集まってのウダウダ感がよく出てて味わい深いものがあった。とりわけ関西出身者が池脇千鶴と三浦誠己、石野敦士以外ほぼいない(あ、山本太郎もいた)状態で、関西圏以外の出身である主演俳優たちが話す関西弁をかなり練習していて驚いた。特にカッシー弟・柏原収史くんと伊藤歩ちゃんがいい味を出している。

「ひまわり」では、主人公たちは今はみんな東京に出てきているのだが、朋美の葬儀に出席するために彼らの田舎に帰ってくる。地名は出てこないが、東伊豆のあたりが舞台のようで、海が近く坂道の多い町が描かれる。

水辺のそばの町っていいなぁ。川でも海でも。ボストンも海も川もすぐそばにある。わたしは日本で大阪以外の土地に住んだことがないので、どこか違う所で暮らしてみたい願望がある。友人が「博多がいいよ」と言っていた。博多かぁ。

…お魚美味しそうだなぁ、博多。





今日は朝から雨になった。気温も朝夕は20度を切る日もあったりして、だんだんと夏の終わりを感じさせる。それでも日中はまだまだ暑いんだけど。あぁ、東海岸の短い夏が終わってしまう~。(泣)

この時期、友人の誕生日が1日違いで続いいていたりして、思い返すと昨年の8月末に誕生日の食事会をたびたびしていたなぁ。去年の今頃、最も思い出に残っているのは昨年、ジョン・メイヤーのVirginでのインストアライブに行ったことだ。

 


この日も友人の誕生日で、食事をしようということになっていた。でもその友人が何日か前に「ジョン・メイヤーがHVirgin MegaStoreでインストアライブやるって告知が出てた」と言ったもんだから、整理券(こっちではリストバンドのことが多いのだが)もないのに無謀にもライブに潜入すべく向かったのだった。

そこから昨年のわたしのマイブーム(!)、ジョン・メイヤーの嵐がやってくるのだった。残念ながら彼のツアーには行けなかったものの、その半月後にあったFM局主宰の大きなライブイベントで再び彼に会い(ついでにマルーン5とレニー・クラヴィッツも堪能し)、ジョン・メイヤーまっしぐら!だったのだ。

ここ2,3年長期のツアー&ツアーで走り続けてきた彼は年末から休養に入り、現在も新しいアルバムのためにレコーディングと時々のライブにいそしんでいて、公にはあまり露出していない。その間に2つのグラミーを追加して、彼はトリプル・グラミー・ウィナーになった。グラミー賞のパフォーマンスで披露したトリオでの演奏で、この秋またツアーを行う。いつもならボストンではTweeter Centerという郊外の大きなホールでコンサートを行うが、今年はトリオだからなのかAvalonという(それでも)コンサートホール並のどでかいクラブでのライブが秋にある。今回もグラミーの時と同じトリオ・メンバーなので、従来のバンド形式とはちょっと違った趣向になるようだ。

それにしても去年の今頃、日本では「新選組!」で山南さんの切腹が放映された頃。あぁ、わたしも日本にいたらリアルタイムで見てたろうなぁ…。むぅ~、無念。

そんなわたしの今夏のヘビーローテーションはSMAPの「Bang! Bang! バカンス!」だ!この転身を誰が予想できたであろう!(笑)

わたしは元来コモリタミノルに弱いのだ。特に熱心なSMAPのファンじゃないけれど彼らは好きだし、「SHAKE」も「ダイナマイト」も「らいおんハート」も、コモリタ作品は好きだったのだ。

宮藤官九郎の歌詞は賛否両論あるようだけれど、キャッチーでいーではないか。 ”いい歌”を聴きたい場合はスガシカオやマッキーに任せておけばいいのだ。宮藤官九郎に作詞依頼を決定した時点で深い歌詞を期待したとも思えないもんなぁ。(笑)

それにしても相変わらずコモリタミノルのツボをついたメロディーとアレンジはキャッチーだ。でも「マジで~」と「まだ言ってんのぉ~」の女性バックコーラスはちょっと安っぽいぞ!あれはなくてもよかったんじゃないのか!

♪ Bang Bang Bang シャバドゥビドゥビドゥビドゥビ バカンス ♪

の部分のコーラスの重ね方は山下達郎を彷彿とさせますけど。

今の私は聴いていても慎吾ちゃんパートに耳が敏感に反応していまう。哀しい「新選組!」愛の性なのだ。だってオイシイところ、全部慎吾ちゃんが歌ってるんだもん。

なので近頃ずっと

♪ イナガキって名字の半分は ガキィ ガキィ ガキィ~ どうせガキなら迷惑なガキでいぃ~ ♪

の部分だけついつい口ずさんでしまうのです。

あぁ、罪つくりな宮藤官九郎…。





先週末の日焼けにより、体がまだかゆい。
胸の辺りはかゆいというより痛い。特に普段日光に晒されないお腹の辺りはこの痛がゆい状態が続ので、早く落ち着いて欲しいものだ。急激に焼いちゃいかん、という教訓なのですね。

昨日思い立ってわらび餅を作ってみた。
 帰国した時に日本で買って持って帰ってきたもの。やはり夏にはピッタリ…と思いつつ、この「わらび餅キット」のきな粉、粉末黒ごまが多すぎて甘味が少なく、あんまり美味しくなった。
食べる時にきな粉をかけるからと思って、本体の甘さは少な目に…という配慮が裏目に出てしまったぜ。「ほんのり甘い」を期待したけど、ほとんど甘味が感じられなくなってしまった。ちぇっ。

 


「新選組!」を引きずるわたしと友人(←どんハマリ!)の会話の中には「新選組!」エッセンスが常に見え隠れするようになった。「あ、ごめん!」なんて言われようものなら、「後悔することはない…君は正しかった」などと切り返えしてしまう日常。

「○○した」と言われれば、「やっちゃったのかぁーっ?!」、「○○だよ」と言われれば「…どの辺りが?」、チョ~やる気のない「オネガイシマ~ス」&何にでもアレンジの効く「サイヨーです!」口調…。仕舞いには友人は「ぷりーず、ごぉ、ほぉむ」を繰り返す始末。それにしても名セリフ多し。
えぇ、完全にどっぷり「新選組!」にハマリきってる(遅れてきた)バカモノたちです。

昨夜友人宅でワインパーティがあったので参加して来たけれど、一体いつになったらちゃんと社会復帰ができるのだろうか。当然ながら友人たちと英語で会話しなきゃいけないわけですがいちいち「新選組!」口調の小ネタが頭の中を巡っている間は当分社会復帰は無理とみました。非常にマズイです。

ところで、昨年の12/30に放送された「どんとこい新選組!隊士座談会」は、わたしが帰国した日にオンエアだったんだなぁ。あぁ、もっと早く知っていれば…。総集編のDVDに収録されている内容とも使われている箇所がちょっと違うとのこと、見たかったなぁ。
ウェブログを拾うことでその様子をしのぶぶのみ…。シクシク。友人が藤原竜也くんのTV誌に連載していたコラム内容がアップされたサイトを見つけてきて教えてくれた。なかなか濃い内容で読み応えありました。

最終回の翌日放映だった「スマスマ」の「局長!」コントも見た。えぇ、笑いました。2回目に見た時はもうさすがに笑いも収まったけど、ニヤニヤしつつ見てしまう。

フィルムアート社の映画本『映画的!』で著者の1人である元「ブルータス」編集者・沢田康彦が、「好きな映画への愛情を表現する方法として、わたしたちはどうやったらその映画への思いを果たすことができるか」というようなことを記していた。例えば映画パンフを買う、チラシやポスターを集める、DVDやビデオを買う、関連情報を雑誌などで追う…等々、形としてできることをわたしたちは可能な限り実践してみるわけだが、それらの行為は果たしてその映画を深く思う気持ちに十分に足るものなのかどうか…というような内容で。

今のわたしはまさに「新選組!」においてその状態なわけで、DVD-BOXを手元に置いて繰り返し好きなシーンを見てみたい、サントラを聴きたい、三谷さんの「ありふれた生活」を読みたい、インターネットに出ている関連記事を読んでみたい、そういう愛情表現の真っ最中なのだ。

でもそういう行為は「新選組!」への愛情を確認するほん一部でしかなく、どこまで行けばわたしは「新選組!」を手に入れることができるのか、どこまで行けば満足なのか…。

そんなわけで、愛情表現の1つとして、Amazonで三谷さんの「ありふれた生活」を注文してしまったわたしです。

さぁ、ここ、「やっちゃったのかぁーっ?!」でのツッコミどこです。

なので、現在届くのを心待ちにしているところなのです。





今日の天気予報は午後から雷を伴う雨ということだったのだけれど、ルームメイトがどうしても海に行こう、と強く誘うので結局わたしも行くことにした。

晴天ではなかったけれど、とても雨が降りそうなお天気でもなかった。東海岸のお天気は5分で変わると言われていて、予報もあまり当てにならなかったりする。 1日曇っていたけれど、気温は高く風があって心地よかった。でも海は昨日より冷たくて5分も浸かっていると手足が冷たくなるほどだったのであまり水には入らずに『遠い太鼓』の続きを読んで過ごした。2時を過ぎた頃から遠くで雷が鳴り出すと、ライフガードのお兄さんが笛を吹いて海に入るな、と注意をし始めたので早めに引き上げた。

そういえば(実はこちらはまだ8/14なのだが)日本は8/15のお盆なのだな。長いことお盆というものを経験してなくてすっかり忘れてしまっていた。

インターネットで日本のニュースは毎日見るけれど、最近のTV事情には当然ながら疎い。どんな人が人気があるのかとか、何が流行しているのかとか、そういうことはよく知らない。人気のあるお笑いの人もよく知らない。ラーメンズだってようやく最近ネタの1つ(読書対決)を見たところだ。この正月に帰国した時、ちょこっとだけ紅白でナマ波田陽区と青木さやかを見たぐらいだ(しかしマツケンサンバは見逃した)。さすがに5年のブランクは大きい。

 


でもふかわりょうはもちろん知っている。特にファンではないけれど、TVでよく見かけたからだ。でもわたしは彼がなぜ売れていたのかよくわからなかった。というか、彼の芸をあまり見たことがなかった。わたしの中のふかわりょうは出川哲郎と等しく「いじられ芸人」として位置していて、お笑いにしてはちょっと外見がイケてる感じの人、というぐらいの認識しかなかった。いつも無印の白いターバンをしたロン毛で背の高いお笑いの人、というぐらいの。とりわけ強い印象もなければ、お笑い芸人としてすごく面白い人と思ったこともなかった。

何がきっかけだったか忘れてしまったけれど、ある日偶然彼のブログ「ふかわりょうBlog」を読んだ。毎週日曜に更新されていて、彼が日々感じたことが綴られている。これを読んでわたしは彼に対する認識を改めないといけないことに気がついた。

彼はとても洞察力の深い、ヒューマニティ溢れる人だったのだ。文章もとても上手だ。さすがに慶應卒というのは伊達ではないのか。彼の日常に起こるささいな出来事から感じたことを、彼の視点から素直に、そして思いやりを持って綴っているのだ。彼の文章から彼がとても繊細で情の深い人だいうのが伝わってくる。もちろん実際の彼の印象は違うかも知れない。でもきっと彼はとても礼儀正しく芸術を愛する優しい人だろうというのが読みとれる。人柄は文章からも読みとれるのだ。

友人に「ふかわりょうのブログはとてもいいよ。実はわたしは彼のことをそれほど注意していなかったけれど、ブログを読んだらすごくいい人なんじゃないかということに気がついた。」と話をしたら、「えっ、それは日本に帰った時には絶対言わない方がいいよ」と言われた。「なんで?」と訊くと「だって、”ふかわりょう”だよ?」と友人は言った。

やっぱりふかわりょうは今でも「いじられ芸人」で、「ふかわりょうが好き」というと「えぇぇ~?」と非難を浴びてしまうのだろうか。それとも、ふかわりょうのブログを愛読する人は実はたくさんいて、彼の素顔は世間にも知れ渡っているのだろうか。世間の評判をわたしは知らない。もし彼のBlogをみんな知っていいるなら何となく嬉しい。なんでかわからないけれど。

でもやはり彼が今もわたしが日本にいた時と同様にちょっと半端なポジションを守っているお笑い芸人の1人、という認識のままだったらわたしは強く主張したい。ふかわりょうのブログはいいぞ、と。

DJ・ロケットマンとしても知られる彼のパフォーマンスが先日のひたちなかのRock In Japan Fesであったようだ。とても盛りあがったようだった。お笑い芸人「ふかわりょう」ではなく、音楽をこよなく愛する「ロケットマン」として観客を魅了したみたいだ。 わたしは「そうは見えないが、実は…」といういい意味での裏切りがあるのが大好きだ。ほのぼのレイクのCMで夜の東京を走り抜けるふかわりょうの姿がとてもかっこいいと思っていたら(レイクのサイトで見ました)、彼は高校まで陸上の選手だったとか、ピアノが好きで芸大付属の高校に行こうと考えていたくらいの腕前だったとか、実は隠れた能力を持っていて、こちらの予想を裏切ってくれる人なのだった。

ピアノと言えば、V6の岡田准一くんだってかなりの腕前だし、ナイナイの岡村はプロ級にダンスが上手いし、色白のひ弱な青年かと思っていた山本耕史くんが実は逞しい肉体美を誇っていたり、女の子のように華奢な藤原竜也くんが実はサッカー少年で埼玉県の中学校大会ベスト4まで勝ち上がった経歴があるとか、いい裏切りを知れば知るほど楽しくなったりしませんか。(周知の事実なのかも知れないけど、わたしにはよい意味での裏切りだったのです。)

世間がなんと言おうといいのだ。「えぇ~、ふかわりょうだよ?」と言われようとも、わたしはふかわりょうをさり気なく気にしているのだ。他人がどう言おうとわたしはブログを読む限り、ふかわりょうを応援するのだ。実際の彼のお笑い芸を見ることはままならないけれども。

お孝ちゃんも言っていたではないか、「人の値打ちは自分で見て決めなあかん!」と。

そんなわけで、毎週(日本時間の)日曜が過ぎると宮藤官九郎の「キック・ザ・カンクロー」のHP(その週の放送のダイジェストが聴けます)の更新と共に、「ふかわりょうBlog」もチェックしている今日この頃です。

ふかわりょうのブログ、いいのです、ほんと。





manchesterあ、なんだなんだ、Livedoorブログの投稿フォームが新しくなってた。なんだか慣れないから見にくいし使いにくい。ま、そのうち慣れるか。

今日は昼前からルームメイトとボストン市外(北東)に位置するマンチェスターのビーチに行ってきた。というか連れて行かれた。天気予報はシャワーあり、ということだったけれど、一日いいお天気で、海にいくにはいい日和だった。車だとうちからだいたい45分ぐらいで行ける。

 


わたしはかつて「歩くメラニン色素」と異名を取るほど日焼けしやすい質で、放っておいても夏場はすぐ焼けてしまう。なので海に行くというのは自殺行為に近いのだが、アメリカでは夏は小麦色でなければいけないのだ。別にいけなかないけど、小麦色の肌が夏の象徴なのだ。とりわけ夏の短い東海岸ではみんなこぞって海に行く。長い長い冬の間、肌は真っ白けだから。

うちのルームメイトはヨーロッパの人なのでマッシロシロだ。わたしが何もせずに普通に生活し、彼女が数回日焼けサロンに通って肌を焼いてもまだわたしの方が黒いのだ。彼女はいつもわたしの色に嫉妬し、わたしは彼女の白さが羨ましい。だからわが家では夏場、わたしが日々日焼け止めを塗り、彼女は日々日焼けローションを塗っている。

真っ黒にはなりたくないけど、ちょっと小麦色になるのは健康的でいいから、わたしも海に行くことにした。「ゆめゆめ日焼けしすぎてはなりませんぞ(by甲子太郎)」というわけで、日焼け止めもしっかり塗ってビーチに出かけた。幸いカンカン照りではなかったのでそんなに強くは焼けなかった。

マンチェスターはきれいな砂浜で、人もそれほど多くなく、とても居心地のいいビーチだった。入場するのに$2払ったけど。ビーチに入るのにお金を払ったのは初めてだ。でもその分、海辺もきれいでコンディションがいい。

水はとても冷たかったが気持ちよかった。海辺にイスを並べて寝そべり、足は定期的に打ち寄せる波が冷やしてくれる。『遠い太鼓』を借りているのでそれを持ってって読んだ。MP3プレイヤーも持っていっていたので聴いたりしたけれど、さすがにジョン・健・ヌッツォの朗々とした歌声がかかると違和感がなきにしもあらず。全米広しと言えどもビーチで「新選組!」テーマ曲を聴いてるのはわたしぐらいだろう!(自慢にならない?)

わたしとルームメイトは夕方、ほどよく焦げてわが家に戻って来た。とても気持ちよい1日だったんでルームメイトは明日もまたビーチに行くと言う。(天気予報は雨ですが。)わたしのメラニンは今日一日でかなり活性化されてしまったので、わたしは遠慮した方がいいかも…。

夜から雨になった。今も雷が鳴っている。

わたしはなぜだかまたアレルギーが出て、クシャミと鼻水が止まらなくなった。





あ、峯田和伸が公然わいせつ罪で書類送検、って。
骨折してなお脱ぐか!
「アイデン&ティティ」、まだ見てない。
Rock In Japan Fesは盛り上がったんでしょうか。

 今日のボストンは暑いっ!現在気温28度だが、風がない!風、吹いてよ~、わたしはエアコンが嫌いなのだ!

今日午後から友人が訪ねてくるので朝から掃除洗濯。
夕食に豆腐ハンバーグを出すべく下ごしらえ。最近低カロリー料理を実践中。やはり豆腐はよい。粘ったものも体にいいから、友人に日系スーパーで納豆を買ってきてもらうことに。さすがに納豆はうちの近所の中国系スーパーには置いてないのだ。残念。

今年のはじめに日本に帰った時には毎日納豆ともずく食べてた。お寿司とか天ぷらとか、そういうごちそうよりも体は納豆ともずくを要求していたのだった。酢の物も時々食べたくなるので、最近はきゅうりやもやしの「浅漬けもどき」を作って食べている。もやしの方にはごま油を少し混ぜます。


最近は日系スーパーに行くとついなめこの瓶詰(なめこおろし食べたい!)とかゆず胡椒なんかに目がいくので、知らず知らずのうちに体は和モノを要求してるのね、と実感。
わたしは別に毎日ごはんがなくてもOKだし(大好きだけど)、好き嫌いがほとんどない(強いて挙げれば貝類はあんまり…)ので、どこででもやっていけるや、と思っていた。が、やっぱそうでもないんだな。

関係ないけど、今年のはじめ日本に帰った時にボストンの友人が日本に遊びに来るというので、京都・大阪を案内することになった。
JRの京都駅で待ち合わせしていて、早めに着いたので友人たちの到着までお茶をしていた。そろそろ時間だから待ち合わせ場所に移動しようかな、と思って京都駅の1Fを歩いていると…柱の陰に立っている人に目が止まり…。

その人は白井晃さんだった。
その前日、関西で土曜の朝に放映している上沼恵美子のトーク番組にゲストで出演していたのを見ていたんで彼が関西にいることに驚きはないのだが、京都駅でお見かけするとは。
わたしには連れがいたのだが、彼女は全然白井氏のことを知らないのでわたしの興奮はちっとも伝わらなかった。

全くのお一人で京都駅の柱の陰に誰かを待っている風で立っておられた。ごく普通に。ちょっと不満気な清河八郎のお顔で。(いや、あれが普段のお顔だと思うが)

有名人に全く遭遇しないわたしに訪れた2度目の遭遇。ちなみに1度目は新宿で同じエレベーターに乗り合わせたカジヒデキです。

あ、そうそう、「スマステ4」の「新選組!最終回直前SP」の放送を意外にアッサリ見ることができた。
うちの近所の別のレンタル屋さんに放送回があったのだ。ニヤニヤしながら見る。やっぱり要所要所で三谷さん、笑わせる。
左之助の映像が流れると、後列に座ってる山本太郎に何やら話しかける。「いや、今さらダメ出しされてももう撮り終わってるんで、三谷さん」と慎吾くんが言ったんで笑った。まだダメ出しするか。

山本耕史くんと堺さんがお芝居のために地方にいるから中継で参加。山本くんはほんと、現場にいないのが面白くないのかちょっとふてくされ気味。
「俺もそこに混ぜてくれよ!」っていうのがありありと感じられました。他局だし特に盛り上がる話があったわけじゃないけれど、みんながそこに集まってワイワイしているだけでも見ていて微笑ましかった。

それにしても慎吾くんが「いいとも」「スマスマ」「スマステ」「天声慎吾」と掛け持ちして「新選組!」をやってたことが驚異的だな。どういうスケジュールだったんだ。確かに本番前後はいつも寝ていた、というのも頷けるかも。
でも誰もが言っているけど、本番にかける集中力がものすごい、と。そういうのはやはり才能なんでしょうね。

香取慎吾くんに対する見方が少し変わりました。
なぜかしら「新選組!」キャストに愛情が湧いてしまう今日この頃。

「新選組!」がとても面白かったという話を友人にしたら、実はその友人が隠れ藤原達也ファンだったことが発覚し、「是非見たい!」ということになって今晩は豆腐ハンバーグとワインで「新選組!」鑑賞(の予定)。

ものすごーく地道に「新選組!」ファンを開拓してます。
別に何のメリットもないんだけど。あの面白さを誰かと分かち合いたい。(笑)

なのでわたしは今からサラダに使う野菜と最近ヒットのマンゴーレモネードを買い出かけるところなのです。






今日は午後からひどい雨になった。
朝から気温は33度にも上がって暑い1日だなぁ…なんて思っていたら、ものすごい落雷とともに大雨になった。お陰で涼しくていいけど。

わたしはまだ「新選組!」を引きずったままだ。
うーん、なんて影響を受けやすいんだ、わたし。まぁ、昔からそうなんだけど…。

★この雑文では最終回について触れている箇所があるので、放送はとうの昔に終わり、DVDも発売されているけれど、これから見るので知りたくない、という方はどうぞ読まないでください。★

 


三谷幸喜はコメディを得意としているけれど、ギュウッと胸を締めつけるような話をたくさん書く。
いつもウィットに富んでいるからついつい笑ってしまうのだけれど、でも笑いの中に秘められた三谷さんのロマンチストな部分に、センチメンタルな部分に、必ず反応してしまう。

「新選組!」では、沖田総司がいつもその部分を担っていた。
多摩にいた頃の総司はまだまだ子供で、やんちゃで、屈託なくて、若さの象徴だった。とりわけ強い信念があるわけではなく、慕っている近藤や土方と共に自分の剣を磨きたい、ただそれだけでくっついていた青年だった。逆に彼がそうであったから、その濁りのない純粋な彼を皆が愛した。

多摩編の頃、近藤と土方の青年時代を描いているから、当然ながらこの2人が常に話の中心だった。
特に山本耕史は際立って存在感を示していて、主役の慎吾くんよりも圧倒的に魅力を放っているようにも見えた。だから、キャストのビリングがいつも藤原竜也に次いで3番目に位置していることに違和感を感じていた。「山本耕史が2番目でいいんじゃないの?」と。
そのぐらい前半のパートは圧倒的に"山本耕史"だったのだ。

浪士組が京に上った後は、芹沢鴨が話の中心になった。
「大将」じゃなきゃ拗ねるけれど、人と群れたり仲間をまとめたりすることはできない一匹狼のギラギラした魅力をたっぷり見せてくれた。

そして試衛館からの仲間として、「振り向けばいつもそこにいる」堺雅人の山南さんがいた。いつもそこにいるはずの山南さんがいなくなってしまってからの新選組は、本当に寂しくなった。35回以降、オープニングのクレジットに彼の名前が出てこないのを見るのは本当に寂しかった。
45話「源さん、死す」の回で、局長襲撃へのリベンジを図ろうとする土方たちを「今はその時ではない!」と源さんが諫めた。これは以前なら確実に山南さんの役割だったのだ。
山南さんの死後に「寺田屋大騒動」の回が挟まれたことで、彼の遺志が仲間に影響を与えつつ新選組が次の段階に進んでいく様子が上手く描かれていたので、山南さんの死をそれほど後まで引きずることはなかったけれど。

芹沢鴨や山南さんを失い、後半に入ると俄然、沖田に目が奪われる。
池田屋で吐血してからの沖田には以前のような天真爛漫さは見られなくなっていく。
「限られた命をいかに生かすか」――沖田はそのことに腐心する。それまで以上に剣に打ち込み、激しく仕事もこなす。自分の存在意義は何なのか、それを必死で見つけようとする。37回以降からの沖田は明らかに以前と顔つきが違う。厳しく、そしてストイックに。

三谷さんは沖田のセリフを書くのが一番難しかったという。いつも藤原くんが三谷さんの期待するものを軽く上回る芝居をしてしまうからだそうだ。
「新選組!」に出る前からもちろん藤原竜也のことは知っていたし、彼が舞台で活躍していることも知っていたから特別驚くべきことではないのだけれど、彼の沖田(特に後半)を見れば見るほど、彼の天才的な巧さに見入ってしまった。
沖田の縁側から遠くの空や桜を見上げる目を見る時、彼の人間的な成長と、そしてそれが長くは続かないことが察せられて哀しかった。そういうセリフのない芝居も抜群に上手い。

後半で最も好きな場面の一つに、姉のみつが総司を見舞いに来るところがある。「再会」の回だ。

死を予感する総司が、京での経験から人間的に成長し、これからようやく近藤たちのために働けるという時に役に立てないことの無念さをみつに告げる。

「あなたは悪いけどまだまだ死にません!シワシワになってみんなにクソジジイって言われるまで生き続けるの!沖田さんとこの総司さんは若い頃はいい男だったのにねって、あの時死んでればねって、そう言われるまで生き続けるの!」

総司の限られた未来を知っていても、それを受け容れたくないみつの姿が痛々しく、この場面を見るたびに涙してしまう。このシーンの藤原君と沢口靖子が本当にいい。
見舞客と縁側で話をする沖田の場面はどれもしんみりと、そして胸を打つ。近藤、土方、斉藤、みつ、お孝、どの場面も沖田のはかなさが際立って切なかった。沖田が土方に「稽古つけてあげましょうか」と言って庭で手合わせする場面も、試衛館時代を思わせながらも彼らがもう昔と同じところにいないことを感じさせた。
後半の要は圧倒的に藤原竜也だった。

薩長の影響力が強まってからの新選組は次第に輝きを失っていく。鳥羽伏見の戦の描写も(思いの外)ショボくて(池田屋のセットで予算を使い果たしたのか?!)、余計に侘びしい感が募る。彼らにもう明るい未来がないことがありありだった。

彼らの終焉を見るのが次第に辛くなってくる中で、俄然輝きを放ったのは「流山」。この回は圧倒的に香取慎吾が素晴らしい!

贔屓目もあるし、大河の主役として求められるスタンダードが高いこともわかっているけれど、それでも「主役がダメだ」という批判には全く同意できない。
彼の嘘のつけない真っ直ぐな性格を物語るエピソードの数々は、この「流山」の最後の場面のための長い長い伏線だったと思わせるほど。
真っ白な着物をまとった近藤のあの微笑みは、穏やかな安堵と覚悟の笑みで美しかった。
最終回の1回前の、しかも最後の最後でこう来たか!
えぇ、三谷さんの術中にはまってもう、大泣きですわ!ほんとに憎らしいほどツボを押してくるなぁ、三谷さん!

事実上の最終回の山場は(1回前とはいえ)完全に「流山」だった。
49話の「愛しき友よ」は最後の仕上げの回だ。 "ウタノマエ" もシリーズ最短ではないかと思われる1分36秒でOPタイトルが始まる早さ!
出演者の数も少ないから、わずかワンシーンしか登場しないはしのえみすらもピンでのクレジット。

そしてやはり近藤の最後のシーン。
その清らかさに安らぎすら覚える。ヘッドフォンをつけて見てると、虫の鳴き声や鳥のさえずりや川のせせらぎの音など、最期を迎える近藤の耳に"自然の声" が届くようにずっと流れている。
一匹の蛙がスーッと泳いで岩に辿り着くのを見ると、「ヒュースケン、逃げろ」の回でヒュースケンが日本を喩えて「井の中の蛙、大海を知らず」と評したことに、近藤が「でも知っていますか?それには"井の中の蛙、大海を知らず、されど空の高さを知る"と言う続きがあるのです」と教える場面が蘇る。

そうして、暗転後のカーテンコール!テーマ曲が流れ始める時の、自信に満ちたいい顔で行進する新選組の隊士たちの姿に大泣き。
回想シーンは挿入しないという三谷さんの掟を最後の最後まで取っておいて、ここで使うか!!
そしてトドメの一発、京に上る前の、希望に満ちあふれた試衛館の8人。(号泣) 
*(追記)オンエア分の総集編でこの後、近藤がかざした刀を振り下ろすシーンがあったことを知りました。確か本放送ではこのシーンはなかったですよね。*


これは「ディア・ハンター」でやられてしまったパターンと同じではないか! あぁ、またもややられてしまった!
あんなにもあんなにも哀しいクリストファー・ウォーケンの最期の後に、美しいテーマ曲「カヴァティーナ」の調べにのせて、一番幸せだった時のみんなの満面の笑顔の映像がクレジットと共に流れる。(もちろん号泣です)

素晴らしいラストシーンだったけれど、個人的な意見を許してもらえれば、暗転後の「完」のテロップは必要なかったんじゃないかと思う。
太陽にきらめく刀が振り下ろされ、暗転してから「完」の文字が出るタイミングがとても早い。
最後に近藤はたった一言、つぶやくセリフしか言わない、その余韻を壊さないためにも、ちょっと長めの暗転で、そのままテーマ曲に流れ込む方がよかったんじゃないかな。最後の最後の試衛館の面々が並ぶシーンの後に、「完」、でもよかったんじゃないかと今でも思う。
きっといろいろと議論はあったんじゃないかとは思うけれど。

それにしても、三谷さん、ほんとに全精力注ぎましたね。
この構成と演出に、三谷さんとスタッフが「新選組!」にどのぐらい愛情を注いでいたかを見た思いです。

やっぱり「新選組!」はわたしにとって近年稀に見る傑作なのであります。
単純に「いいドラマだった」で片づけられない〔何か〕にあふれた名作だったのです。友人には「どこまで熱くなるんや!」と笑われたけれど、そのぐらい揺さぶられたのでした。

ほんと、すごいドラマでした。(毎回そう言ってるな)

【追記】あちこちでニュースが流れておりましたが、三谷さんの朝日のコラム「ありふれた生活」で、続編についての記述があったそうですね。続編は90分で、土方の最後の1日を描くことになるそうで。「新選組!」を応援してくれた視聴者と、山本耕史くんへのささやかな御礼なのだとか。…あぁ、そのコラムが読みたい!




ついに見終わってしまった…。
そうです、「新選組!」です。

感想は山ほどあるのだけれど、何から書いたらいいのやらわからない。
1話1話にそれぞれ思い入れがあるから、多分書いていたらキリがないのだろうと思うけれど、「寺田屋大騒動」以降の、屯所が壬生から西本願寺に移ってからの新選組はとにかく痛々しく切なかった。隊士がどんどん減って(死んで)いき、そして時代にどんどん取り残されていく。

そもそも近藤や土方の夢というのは「百姓の出身ながら、武士よりも武士らしくなり、一旗揚げてやるぞ!」という立身出世を目指したものだった。その目的を支えていたのが「尽忠報国の志」であり、そのために「ご公儀に楯突くものは斬る!」だったのである。

徳川幕府が崩壊に向かっていた世の中で、彼らが生きてきた社会の骨組み自体がなくなっていく中で、彼らが願った武士よりも武士らしくあれという姿はもはや何の意味もなさなくなった。

 


49話の中でも五指に入る傑作「流山」で斉藤一(オダギリジョー)が病床の沖田総司(藤原竜也)を見舞う場面。

斉藤
 「人を斬るしか能のない奴はこれからどうやって生きていく…」

沖田
 「近頃思うんです…この200年ずっと戦がなくて、いよいよ世の中が不穏になってきたら刀の時代は終わっちゃった…そのほんの短い間に私はこの世に生まれて近藤さんたちと出会って、京で新選組として働けた。何て自分は運がいいんだろうって…」

沖田の言葉に泣けてしまった。
剣士として生きてきた彼に新時代はこなかった。彼は武士の世界で天命を全うする運命だった、それが切なかった。

「流山」が傑作たる所以の、その最大の見せ場であり、また近藤勇という人物を最も見事に描き出した最後のシーンでまた大泣き。
あぁ、どうしてあなたは…。 (涙) 
糸井さんが「近藤は宗教家である」と言ったのに全く同意。この瞬間の近藤は清々しく、そして穏やかだった。

最終回を見る前に、どういうラストだかを既に知ってしまっていたので多分リアルタイムで見ていた人よりも動揺は少なかったかも知れないけれど、それでも暗転の後の展開にまたまた大泣き。
江戸の片田舎から集まった、理想と情熱に燃える若者達の笑顔が鮮やかであればあるほど胸を打つ。でもただ悲しくて涙するのではなく、わずか数年の間であっても自分の本望を遂げた姿の美しさに涙する、というのが近いのか…。

土方の兄が言う。
「お前達は時代と闘ったのだ。何が正しくて何が間違っていたかなんて100年後、200年後の者たちが決めればいい」

結果的には新選組は新しい世の中に逆行する存在であったけれど、彼らは彼らの信念に従って生きた。その姿を、三谷幸喜はいろんなキャラクターとエピソードを積み重ね、140年前の日本に生きた”ある若者達”として描き出した。
史実に基づいてはいるけれど、歴史的な臭いが少なかったのは、三谷幸喜の新選組のそれぞれの隊員に対する愛情の深さをわたしたちが感じとれるから…彼が創りだしたキャラクターのように愛情を感じるからだろう。
そして俳優達の確かな演技力とキャラクターに対する愛情が伝わってきて、ますますわたしたちは魅了される。

作家、俳優、スタッフたち作り手が、いかにこのドラマを愛していたかが見る側にも伝わってくる――結局はそれが「新選組!」にコアなファンを生んだ理由だろうと思う。
単なるイケメン若手俳優が多数登場していたというだけで片づけるのには惜しいほどの名演、名ゼリフ、名場面の数々。

49話中、好きなシーンやセリフは数え切れない。
強いてわたしが好きな回10本を挙げると、

第4回 天地ひっくり返る
第5回 婚礼の日に
第13回 芹沢鴨、爆発
第20回 鴨を酔わすな
第25回 新選組誕生
第28回 そして池田屋へ
第32/33回 山南脱走/友の死
第34回 寺田屋大騒動
第38回 ある隊士の死
第48回/最終回 流山/愛しき友よ

星の数ほどある名シーンの中でも特に好きな場面は…

12回「西へ!」での京へ立つ近藤が見せたツネへの一瞥(あのスローでの無言の「行って来る!」という決意が見える歯をくいしばった表情)
13回「芹沢鴨、爆発」での村上×山南の睨み合い対決
20回「鴨を酔わすな」での勘定方・河合入隊決定時の山南さん「採用です!」
25回「新選組誕生」での近藤「強いぞ、敵は…侮るな。」
28回「そして池田屋へ」での池田屋激闘   
   沖田「たぶんこっちですよ、わたし運がいいから」    
   近藤「アタリだ、土方に知らせろ」    
   土方「かっちゃん、後ろだ!&待たせたな!」
26回「局長近藤勇」での近藤×内山「ですから先に失礼と謝ったぁーっ!」  32回「山南脱走」でのウタノマエ、近藤&土方「俺でもか?」「当たり前だろ」   33回「友の死」でのウタノマエ、山南さん「沖田くん、ここだ!」
34回「寺田屋大騒動」での近藤「皆、それなりにアリガトーッ!」
39回「将軍死す」での沖田「今夜のあなたには殺気がない」
44回「局長襲撃」でのお孝に「沖田はんは子供みたいやし!」と言われた後の沖  田の「…ふん」っていうスネた表情
47回「再会」でのミツと沖田の縁側での会話   
   沖田「剣を抜くのが楽しくて仕方がない時もあった…でも今は人を 斬ることの辛さも知っています」      
   ミツ「沖田さんとこの総司さんは若い頃はいい男だったのにねって、あの時死んでればねって、そう言われるまで生き続けるの!」
48回「流山」 
   沖田×斉藤「わたしは何て運がいいんだろうって…」    
   近藤×加納「加納くん…お久しぶりです」
49回「愛しき友よ」   
   土方「前歯がデカイ女は情が深い。姉さんも大きかったが妹もデカイ」    
   沖田「ほんとだ…前歯が…カワイイ…」

なんか、挙げていたら全部のシーンになってしまいそうだな。
こうやって見ると、わたしは芹沢鴨とオダギリ斉藤にはあまり動かされなかったことがわかる!(笑)斉藤は寡黙過ぎたかな。
現在初期のエピソードを見直せないので、もしもう一度見直したら好きなシーンはグンと増えることでしょう。

それにしても、どの役者もみんな上手かったけれど、生理的に受け付けなかったのが左之助(オチャラケ過ぎて)と勝海舟(軽すぎる野田秀樹の話しぷりと声の高さ)、そして演技派揃いの新選組にあってある意味一人異彩を放っていた大西鍬次郎(…どうして彼?)&浅野薫(お母さん似ですね。でもムカツキ度は No.1です)。

脚本、キャスト、演出、音楽、照明、音声、美術、どれか1つ欠けてもこんなに楽しめなかったであろう「新選組!」。

今すぐDVD-BOXを入手できないのがくやしい!
今すぐサントラを聴けないのがくやしい!
今すぐ三谷さんの「ありふれた生活・大河な日日」が読めないのがくやしい!

最終回前日に放映された「スマステ」の新選組スペシャルが見られないのが超くやしい!(レンタル屋に尋ねましたが今年の1月分以前のビデオは消去に回されたそうです…く~、もうちょっと早く見ておけば…(涙)。どなたか、わたしに見せてください~!)

ちょこっと脱力感とちょこっと残念な気持ちを残しつつ、とりあえずは「新選組!」を見終えた感想をアップ。いやはや、すごいドラマでした!




Niagara-daytime友人と1泊2日でナイアガラの滝を見に行く。ボストンからだとバスで8時間ほど。 

1日目はオンタリオ湖の北にある Thousand Island のクルーズ。アレクサンドリアというところにある1000以上あるといわれる小さな島々に別荘が1つずつ建っていて、おもちゃのような風景が楽しめる。クルーズしながらも船はカナダ側も横切ったりしていて、パスポートなしでカナダ国境も越えちゃうところが面白い。

Niagara-night

夜、ナイアガラに到着し、荷物を置いて夜の滝を見に散歩に出る。わたしたちはアメリカ側にいるのだが、通常カナダ側からの方が(離れてはいるが)滝の全景が見渡せるので、ほとんどの観光客はカナダ側から滝を見るはず。ただアメリカ側だと川から流れ落ちる水のすぐ際まで近寄ることができるので、迫力を楽しむにはアメリカ側からの方がいい。

 


滝はカナダ側からのライトによってライトアップされているので夜景もきれいだ。真っ暗な中でゴウゴウと音を立てて流れる迫力ある滝を見ていると、ちょっと吸い込まれそうになって神秘的。この日、激しい雨が夕方に降ったので、いつもより水量が多くて余計に迫力があった。不思議なことだが、水の流れを見ているのは飽きない。自然の力のものすごさを目の当たりにすると、ただひたすら目は釘付けになる。ただ動かずじっと水が大音響で流れ落ちるのを見ていた。

Niagara-daytime2日目にMaid of Mist(霧の乙女号)に乗ってナイアガラ川をクルーズ。カナダ側のカナディアン・フォールズの方が、アメリカ側のアメリカン・フォールズよりも滝の規模が大きいため、船で滝側にさしかかるとレインコートを着用していても大量の水を浴びて顔はびしょ濡れ。その後、Cave of the Winds(風の洞窟)のツアーに参加。ここでは特別なサンダルにはきかえて(滝のそばまでいくので滑らないようになっているサンダルを入場時に着用しなければならない)、再びレインコートを着て徒歩で滝下に向かう。チャチなビニール製のレインコートを着ているものの、やはり滝に打たれてみたいという気持ちは皆同じで、子供も大人もずぶ濡れになりつつ滝の下に行って実際に自然の力のものすごさを実感。水量がすごいんで痛かったけど暑い日だったので気持ちもよかった!

2日間めいっぱい使ってのミニ旅行。夏のいい思い出になりました!







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